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7-1 プロローグ





「エレノア、君との婚約をなかったことにしたい」

 アルカッサスの花が咲き誇る春の日、十二歳のエレノアール・ルーキスにそう告げたのは、同い年の王太子アレクシス・フローゼン本人だった。


 その日の王城の空は薄い雲に覆われて、柔らかな風が吹いていた。王城の庭には薄紅色の花びらが軽やかに舞い、ふたりの金色の髪に触れては、ひらひらと落ちていく。


「理由をお聞かせ願えますか、アレクシス様」

 少女に動揺はない。子どもらしくない凛々しい面持ちで、赤い瞳で、真っ直ぐに王太子である少年を見つめる。

「君のことは嫌いじゃない。でも僕にはエミィ――エミリアーナが必要なんだ」

 少年の凛々しい声と青い瞳には、揺るがない決意が込められていた。


 エミリアーナはエレノアールの双子の妹だ。婚約相手が少し変わるだけで、ルーキス侯爵家の安泰は変わりない。

「承りました」

 少女は一礼する。完璧な淑女の所作で、君主に対して礼を取り、微笑む。

「可愛い妹です。大切にしてあげてください」




 アレクシス王太子が護衛と共に庭を去っても、エレノアールはアルカッサスの樹の下に佇み、花びらが舞い落ちる様を眺め続けていた。両の目からぽろぽろと涙を零しながら。


 どうして涙が出ているのか、エレノアールにはわからなかった。

 どうして妹が選ばれたのか、エレノアールにはわからなかった。

 顔も同じ。魂も同じ。それなのになぜエレノアールは捨てられて、妹は必要とされるのか。


(アレクシス様にとっては違ったのね)

 生まれた時からの婚約だった。

 エレノアールは王を支える存在になるように、いままで生きてきた。

 これからもそうして生きていくのだと、何の疑いもなく思っていた。

 それも今日で終わり。


 たくさん泣いてしまおう。誰も見ていない内に。たくさん泣いて忘れてしまおう。この痛みを。この恋を。

 すべてをかき消すような風が吹き、花が舞う。淡雪のように舞い、落ちて、降り積もる。


「こんにちは」

 風がふと止み、女性の声が得れの上に落ちてくる。エレノアールは小さく息を飲み、ドレスを軽く摘んで頭を下げた。

 挨拶を返すべきところなのに、泣きすぎたせいか声が出てこない。


 細い指がエレノアールの顎に触れ、軽く上を向かされる。顔を見せろと言わんばかりに。

 ドレスではなく白いローブを着た美しい女性。その人の名をエレノアールは知っていた。

 ――錬金術師マグナファリス。


 夜のような蒼い髪も不思議な輝きを帯びていたが、何より特徴的なのは緑がかった金色の瞳だった。

 何故だろう。いままでにないほど近くでその瞳を見たとき、まるでおとぎ話に出てくる竜の王様のようだと、エレノアールは思った。


 マグナファリスはふっと笑みを零す。

「やはり君にはおもしろい才能を感じる。どうだ、錬金術師にならないか?」




 この日から四年後、十六歳の年にエレノアールは国家錬金術師にとなった。

 貴族社会とはほとんど関わらずに過ごしている間に、王都では盛大な結婚式が行われ、アレクシスとエミリアーナの間には息子カイウスが産まれた。


 その後、エミリアーナが死んでからだ。歯車が狂っていったのは。

 アレクシスは戦争に手を染め、戦争に明け暮れ、やがて王国は滅びた。


 ――間違いはどこで起こったのか。




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