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6-29 巨大なる人





 神の時代、大地は巨大な人間が支配していたという。彼らは神代の終わりと共に姿を消した。

 そしていま再び現れる。歪められた摂理によって。

 ――巨人、あるいはネフィリム。


 ルスラーン公子の身体が、見る見るうちにあり得ない質量に膨れ上がる。何とか止めようと――肩に撃ち込まれた鉄を取り出そうと導力を伸ばしたが、腕の一振るいで阻まれた。

 何とかぎりぎりで避けたところに、唸る風が吹いていく。


 ルスラーン公子を押さえつけていた兵たちが吹き飛ぶ。周囲の人々が悲鳴を上げて逃げ出す。馬の化け物――スレイプニルに続いて現れた異形の巨人は、瞬く間に公爵兵たちを恐怖に陥れた。

 巨人が立ち上がる。黒い髪を振り乱し、昏き眼に破壊の衝動を灯して。知性の光は既にない。失われたのか自ら捨てたのか。


 咆哮が天を突く。

 巨人は再び四つん這いになると、急造の舞台に手を伸ばした。そこに倒れた公爵の死体へと。変形するほどに強くつかんで、口の中に放り込む。


「巨人から離れて!」

 あまりにも本能に即した行動だった。

 だからこそ戦慄した。超越者が食事という行動を取ったのは見たことがない。超越者が持っていたのは、人の理性と破壊衝動。

 しかしこの巨人には理性は見えない。知性も。


 巨大な本能の獣に、脆弱な人間は逃げるしかない。しかし巨人は地上のそれらにはまったく興味を示さなかった。

 巨人は立ち上がり、城壁を見る。

 アリオスの城壁は頑丈で高い。巨人は頭半分その壁より高い。


 巨人は壁に向き合うように立ち、右肘を大きく引き、拳を壁に打ち付けた。

 轟音が、空を、大地を揺るがす。頭が割れそうな破壊音。だが壁はびくともしていない。いつもと同じようにそこにある。


 もう一度、殴る。もう一度。もう一度。悪夢のような音の攻撃だった。

 やがて殴っても無駄だと判断したのか、今度は左足を大きく引いて、思い切り壁を蹴る。

 巨大な破城槌を打ち付けるような勢いで、執拗に。だが壁はびくともしない。何故ここまで壁にこだわるのか。


(中に入るつもり?)

 あの巨体では門はくぐれない。中に入りたいのなら壁を壊すしかない。しかし、壁は壊れない。どれだけの猛攻を受けても、城壁はヒビ一つ入らず、その姿を一切変えはしない。アリオスの城壁はマグナファリスがつくったものだ。どんな災厄を受けても壊れはしないだろう。


(何を狙っているの?)

 壁に執着する理由は何か。食事をしたいだけなら周囲に人がたくさんいる。だが公爵兵には目もくれない。獣人にも。


 唯一手を出したのは公爵の死体だけだ。まさか高貴な血にしか興味がないとでも言うのだろうか。

(イヴァン様……?)

 現在アリオスにいる高貴な血の持ち主は、侯爵邸にいるイヴァン皇太子、そしていまは姿が見えないヴィクトル・フローゼンだけだ。


 巨人は城壁の破壊を諦めた。両腕をだらりと下に垂らし、喉から低い唸り声を鳴らす。

 その両腕が大きく上げ、壁に指をかける。

 ぐっと巨体を持ち上げ、足の指を壁にかけて、よじ登ろうとする。

(乗り越えるつもり?)

 執着が強すぎる。


 アリオスの中に入れるわけにはいかない。なんとしても。

 ノアはゴーレムをつくる。無理やり引きずり落とすため、腕と手と指を巨大化させたゴーレムを。

 石の巨人が、壁をよじ登る巨人の足首をつかんだ、その刹那――

 轟音と共に火花が散り、巨人の頭が吹き飛んだ。




 壁上の装備から放たれた爆弾による、破裂。

 火薬による強力な爆発により頭部を失った巨人の身体が、落ちる。

 地響きが起こり大量の煙が上がる。

 地面に倒れ伏した巨人の身体は、その程度では絶命しなかった。見る見るうちに首から頭蓋骨、頭部が再生していく。


 ゆらりと立ち上がりかけた巨人の身体を、背後から銛が撃ち抜いた。

 壁の上から弩弓によって撃ち出された鎖付きの三本の銛が、胸と脇腹、ふくらはぎに突き刺さる。

 がっちりと刺さった銛は、超越者の再生能力により、もう二度と外れないほど深く血肉と一体化した。


 そのタイミングで、三本の鎖がピンと張る。

 巻き取り機械によって、鎖が強い力で壁へと引っ張られて行き、巨人の身体も引きずられていく。

 どれもこれも超越者に備えたような装備だ。

 考えるまでもないことだった。この城郭都市は王国と戦うために作られた場所であり、ずっと昔から錬金術による獣と戦ってきた。

 古も、いまも。最新の装備を備えているに決まっている。


 巨人の身体がぐっと止まる。地面に深い足指の跡を刻み付け、引く力に抗う。このままでは力比べになる。そうなれば、壁上で戦っている兵たちの身に危険が迫る。

 ノアはゴーレムを巨人の足下に突っ込ませた。

 巨人とゴーレムでは大きさに差がありすぎる。大人と子どものようなものだ。だがゴーレムは力が強い。両手で巨人の片足をすくい、浮かせる。


 力の行き場がなくなった巨人の身体が浮き、鎖に引っ張られる。ゴーレムが巨人を強く押すと、巨人はそのまま壁に叩きつけられた。

 ジャラジャラと鎖が巻き上げられる。

 巨人の背中が壁に磔になる。怒りに満ちた咆哮が世界を揺らす。しかし鎖は切れない。食い込んだ銛は抜けない。


 ノアはその姿を確かめて、ずっと付いてきていたトルネリアと再び手を繋ぐ。

「トルネリア、力を貸して」

「無茶だ! あんなものとどうやって戦う!」

「右肩の部分を吹き飛ばす」

 ファントムに撃ち込まれた場所を。


「埋め込まれた鉄を摘出するの」

「無茶だ」

 恐怖に因われた瞳が揺れる。繋いだ手を強く握った。


「だいじょうぶ」

「何故そう言える」

「根拠は何もないけれど、きっとうまくいく」

「……楽観的すぎるぞ」

 トルネリアの目元が緩んだ。




 光が落ちる。銀色の影が。

 城壁の上から、長剣を携えたヴィクトルが、壁に拘束された巨人めがけて飛び降りる。

 閃光のような剣は、巨人の右肩に食い込み、肉を切り、骨を断つ。

 巨人の右腕が身体から外れかける。だが、落ちない。皮一枚ほど残して止まる。傷口はすぐに再生し、離れた肉を引き寄せ、元の姿に戻ろうとする。


 ヴィクトルは空中で巨人を蹴って、大きく距離を取る。

「いま!」

 トルネリアに合図をした瞬間、爆発が起きる。小範囲、だが強力な爆発は、巨人の右肩から胸まで吹き飛ばす。


 トルネリアとノア、ふたりの力を合わせての錬金術だった。

 ノアは導力の射程は短いが、トルネリアは射程が長い。トルネリアの爆発の錬金術に、ノアの力を流し込んで威力を高めて、ヴィクトルがつくった傷の中を爆発させた。


 再生しかけていたルスラーンの肩部分が吹き飛んで、爆風でバラバラに散らばっていく。

 流星群のように飛び散る、巨人の欠片。

 壁の巨人はだらりと弛緩し、打ち込まれた銛のみに支えられている。再生はしていない。

 ――核となる鉄は排出された。


「再生しているものを探して!」

 声を上げる。医者や重傷者を守っている兵にも聞こえるように。

 散らばり落ちる肉片、このどこかに核を内包したものがある。再生はそこから始まる。


「生きている! こいつ動いてるぞ!」

 恐怖に引きつった悲鳴が、すぐ近くで響き渡る。

 声の方へ駆け出す。視線の先で、巨人の肩からと腕、首、口が瞬く間に再生し、大きな口を開けて近くにいた兵士を飲み込もうとしているのが見えた。


 ノアは地面に手をついて、導力を地中に走らせ兵士の前に石壁をつくった。

 巨人の口が勢いよくそれにぶつかり、石壁が崩壊する。勢いを失った巨人の首を、ヴィクトルの剣が両断した。続けて腕を、斬り飛ばす。

 肩だけになった巨人に呼び戻したゴーレムを覆い被らせる。動けないように、そして再生を阻害するように。


「消えろ!」

 トルネリアがゴーレムの隙間を縫うようにして爆発の錬金術を発動させる。

 爆音と共に巨人の身体が粉々になって消えた。爆発は巨人を爆散させる。ゴーレムもを焼け焦げさせて。

 溶けた、小さな鉄の塊だけが、巨人のいた場所にポロポロと零れ落ちた。




 星の最後の瞬きのように淡く輝き、巨人の身体が夜明けの光に溶けていく。

 霧が浮かぶかのような光景ともに、すべての終わりが告げる静寂が訪れる。

 城壁には銛がぶらさがるのみで、それが捕らえていた超越者はもういない。終わった。


 ノアは振り返り、トルネリアを見つめる。

 トルネリアは泣いていた。声もなく、悔しさをにじませて泣いていた。

 復讐を果たしても、心は癒されていない。握りしめた手からは血が滴っている。自分で自分を傷つけている。


 ノアはそっとトルネリアの手を取り、指を一本ずつ、ゆっくりと開かせる。血が溢れる手のひらを治し、その顔を真っ直ぐに見つめる。

 トルネリアの頬に、朝の光が差していた。




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