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6-25 共闘




 黒いゴーレムに乗って、死の大地を駆ける。

 血の匂い、土の匂い、命の匂い――すべて混じった風の中を突っ切って。

 ゴーレムの背後では八本足の巨大な馬、蒼いスレイプニルが新しい遊び相手を見つけて楽しげに走っている。


 ノアはファントムが操るゴーレムに乗りながら、スレイプニルの動きを観察する。

 超越者は変化する前の意識が残っているものだが、このスレイプニルは人ではなく馬だったのかもしれない。

 前足が力強く大地を叩く。ゴーレムのすぐ近くで。ノアはその瞬間、地面に穴を開けた。


 踏み出しのための力が行き場を失い、虚が生まれ、スレイプニルが体勢を崩す。

 倒れかけた巨体を支えるために曲がった反対側の足、その関節に槍が刺さる。

 太く長く鋭い、槍のような巨大な矢が。


 スレイプニルが悲鳴を上げる。

 矢が貫いた怪我はすぐに治っても、貫いた矢は返しが付いているため、自然な治癒力では抜けない。

 異物により関節の動きは制限され、走るスピードも落ちる。


 ――弩砲。

 槍や石弾を飛ばす弩。アリオスの城壁や、壁上の装備を破壊するための攻城兵器。

 射出した槍はノアの特別製で、強度と靭性を増している。関節の中で折れないように。

 砲手はルスラーンと護衛ふたりが、森の中から撃っている。

 狙い、角度、威力。すべてが完璧。ノアは心の中で感嘆する。


 ルスラーン公子の傷は深かったが、ノアが治療した。生き延びるために。

 トルネリアはノアのゴーレムに守ってもらっている。ルスラーン公子を治療したことにトルネリアは何かを思うかもしれないが、まずは生き延びることが第一だ。そのためになら何でも使う。


 スレイプニルが立ち上がり、穴から足を抜く。その双眸から最後の理性が消えた。

 歯頚を剥き出しにして、こちらに駆けてくる。傷ついた足を庇いながら。

 ――再び、穴を開ける。

 それは回避されるが、さらにその先に開けた穴に、先ほどと同じ前足が落ちた。


 再び放たれた槍が、別の足の関節に突き刺さった。コントロールが良すぎる。いまは頼もしい。


 穴を開ければ開けるほどこちらのゴーレムの行動も制限されてくるが、それは相手も同じことだった。

 森の周囲は瞬く間に落とし穴だらけになる。そして穴が開くほど、スレイプニルの動きも鈍ってくる。痛みと、行動制限と、穴だらけの地面への忌避感から。


 スレイプニルが空を駆ける。

 穴だらけの地を飛び越えてゴーレムのすぐ上に影が落ちる。ファントムはすぐさまゴーレムを動かして間一髪逃れるが、急スピードと遠心力で、ノアの身体が振り落とされる。

 身体が宙を浮き、地面に叩きつけられる。一瞬の間に地面を柔らかくはしたが、全身に衝撃が走り、呼吸が止まる。


 すぐ傍に降り立ったスレイプニルが、足を一本上げる。生意気な邪魔者を踏みつけるために。影が落ち、蹄が迫る。逃げられない。周りの死体と同じ運命が、すぐ目の前にまで迫っていた。


(死にたくない!)

 生きたい。生への渇望だけがノアを突き動かす。

 蹄が振り下ろされ、大鐘を打つように大地が鳴った。




 目の前にあるのは暗闇だけ。そして土埃。

 スレイプニルは満足し、歩き出す。その瞬間、ノアがつくった穴の中に光が差し込んだ。人ひとりがなんとか入れる、細くて深い穴の中に。


 ノアは自分を穴に落とすことで、スレイプニルの蹄を回避した。穴ごと潰されなかったのは強運というしかない。

 底から穴を埋めていき、なんとか穴から這い出す。


(まずい)

 ファントムがスレイプニルを引き付け続けてくれればいいが。平野で遊ぶのに飽きて他の場所――村や町を襲うようになれば大惨事となる。このままではそれも時間の問題だ。


(私は、無力だ)

 悔しさに打ちひしがれそうになる。そんな余裕はないというのに。

 歯を食いしばって立ち上がり、地面を踏みしめる。

 風が吹く。背後から吹き付ける風が、髪を揺らす。

 強い風が、唸り声を上げる。


 どこまでも青く澄んだ空を、大きくて黒い影が飛んでいく。竜の形をした影が、平野の上を悠然と旋回する。スレイプニルの頭上を。

(バーミリオン卿……?)


 飛竜の背には、人が立っていた。

 ノアは、その場所に立てるような人間はひとりしか知らない。

 人が、落ちる。飛竜の背中から、地上のスレイプニルに向かって。

 その両手に一本の槍を携えて。

 槍は天からの雷のように、スレイプニルの頭を貫いた。


 脳天を貫かれ、スレイプニルの身体が硬直する。作り物のようになった巨体が、横に傾ぎ、そのまま倒れる。穴だらけの大地の上に。

 重い地響きと共に、大量の土埃が舞い上がった。




 ファントムの操るゴーレムが、ノアのところへとやってくる。

「相変わらず反則だなぁ」

 スレイプニルを眺めながら、乾いた笑いを喉に貼り付けて。


「ファントムさん、あの場所に連れて行って!」

「そんな慌てなくても。侯爵様もうまく降りれたみたいだし」

 危機が去り緊張が抜けたファントムの視線の先で、スレイプニルの身体が動く。

 足をばたつかせ、力を込めて、再び立ち上がろうとする。


 まだ何も終わってはいない。

 超越者は、普通の方法では死なない。どれだけの生命力が残っているのだろうか。

「頭やられて生きているとか、本当悪い冗談だ……」

 引きつった声で言っている間に、ノアはファントムのゴーレムの上に乗る。その瞬間だった。


《やれやれ》

 億劫そうな声が頭の中に響いたかと思うと、空を飛んでいた飛竜がスレイプニルの上に降りる。

 大きな口を開き首に噛みつき、その部分を引き千切る。千切った肉は地面に捨て、また喰らいつく。

 それを繰り返すうちに、やがてスレイプニルの身体が硬直し、八本の足がだらりと下がり、首と身体が引き離される。


 首が落ちた身体は、頭の方から再生され始めた。肉が盛り上がり、失われた身体を再生しようとする。

《そちらか》

 再び億劫そうな声が響く。


 首の肉に牙を立て、引き千切って捨て。引き千切って捨てを繰り返して削いでいき。

 頭の皮を剥がし、骨を噛み砕き、露出した脳に喰らいつく。

 口をもごもごとさせ、ぺっと何かを吐き出した瞬間。


 スレイプニルだったものが、光の砂となって崩れていく。大地に寝転ぶ身体も、千切られた肉も、血も。すべて消えていく。

 最初から何もなかったかのように、暴虐の痕跡だけを残して、消えていく。


「……錬金術師って無力だよねぇ……」

 穴だらけの大地に、ファントムの虚しそうな声が響いた。





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