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6-18 公爵誘拐




 東の夜闇が薄紫に変わり、赤く染まり、黄金の光が差し込み始める。

 フローゼン侯爵領に着いたときには、すっかり明るくなっていた。

 バーミリオン卿は風を抱くように翼を丸く広げ、侯爵邸の中庭に向けてゆっくりと降りていく。


(翼で風を受け止めて、抵抗で速度を落としているんだ……)

 ふと思う。

 こんな翼があれば高いところから落ちても大丈夫なのでは?




「ゴーレムとやらの次は竜かおい。とんでもねぇなぁ、お前らは」

 早朝の中庭には、リカルド元将軍とニールが上を見上げて立っていた。武器を持ってはいたが、飛竜に敵意がないことを見たのか、それが振るわれる気配はない。


 バーミリオン卿が地面に降り立ち、まずヴィクトルが飛び降りる。

「旦那様、お帰りなさいませ」

「ああ」

 ニールに応え、バーミリオン卿に向き合う。


「バーミリオン卿、ご助力ありがとうございました。礼はすぐに用意いたしましょう」

 ヴィクトルが深く礼をしている間に、ノアは公爵の縄を外し、身体を包んでいるシーツを外していく。

《うむ》

 バーミリオン卿の返答を得てから、ヴィクトルはニールに顔を向けた。


「公爵家の兵がこちらに向かっているのが空から見えた。規模は千。騎馬隊が主力だ。早ければ四日後には到着するだろう。城壁の装備の補強と、戦闘の準備を進めていく」

「はっ」

「もう来んのか、せっかちなもんだな」

 ノアは臨時軍議を上から眺めながら、首を伸ばす。


「あのー、皆さん、降ろすのを手伝ってもらえますか」

 飛竜の背にシーツに包まれて乗せられている公爵その人を見て、ニールとリカルド元将軍の顔面が引きつった。

「……ったく、とんでもねぇなぁ……お前らは……」



##



 思い立ったらすぐに行動。

 バーミリオン卿への謝礼である肉の手配をまず済ませてから、ノアは侯爵家権力を使ってシルクの布と糸を朝一番で集めた。


 侯爵家にそれらが届き次第、自室で針仕事に勤しむ。

 針を持って、指貫をつけて、大きなシルクの布の端をシルクの糸で、一針一針ほつれないように縫い合わせていく。アニラに手伝ってもらいながら。


「あのぉ、これはいったいなんなんですか?」

 アニラが不思議そうに聞いてくる。

「これは、高いところから落ちても大丈夫なようにするもの。空気抵抗をつくって落下のスピードを遅くして、着地の衝撃を和らげるの!」


 バーミリオン卿の翼をヒントに得ての道具だ。

 使用場所が限られているような気はするが、画期的なのではと自負しているが、アニラの反応は薄い。


「はぁ、そうだったんですね。婚礼衣装をつくるのかと思いましたのに」

 針が指の皮膚を突き破る。痛い。

 血が滲む指を咥えて、平静さを装いながら前に座るアニラを見やる。


「どうしてそんな発想に?」

「だって、シルクですし」

 シルクはドレスだけをつくるものではない。シルクを選んだのは頑丈な素材だから。その一点に尽きる。


「それに皆さん、結婚式はいったいいつなのかって気にしてますよ」

(皆さんとは?)

 深くは考えないようにする。

 確かに、婚約者扱いされてから、それなりに時間が経っている。そろそろそういう話も出てきてもおかしくはない。


 だがこの婚約は元々は戦略的な、いわゆる嘘のものであって。皇帝から結婚許可を貰っているという話だが、具体的な話はまったくない。一切ない。

 いざ話が進むとしても、いまのこの状況で結婚式だなんて考えられないだろう。もっと情勢が落ち着いてからの、遥かな未来の話だ。


「いつかは、そういうこともあるかもね」

 それだけ答えて、はぐらかす。


(ヴィクトルのことは好きだけど……)

 素直にそれを認められるようにはなった。だが。

 結婚なんて本当にあり得るのだろうか。今更、侯爵夫人なんて務まるのだろうか。いまの自分は貴族令嬢ではなく錬金術師だ。

 政略での結婚なら相手は帝国貴族か、外国の要人の令嬢の方が相応しいのではないか。


(……レジーナさんとか?)

 勝手な想像で、勝手に胸がざわざわする。

 血統的にも、性格的にも、お似合いかもしれない、と。


(――嫌だ)

 こんな時に何を考えているのだろう。二人に失礼であり、不謹慎だ。だが。

 ヴィクトルには幸せになれる相手と結婚してほしい。

 ノアよりも相応しい相手がいるのなら、その方が――


(――いや! 私が幸せにするから……私だけを愛してほしい……って、身勝手すぎる! じゃなくて、こんな時に何を考えてるの!)

 自分の頭を殴りたい。壁に打ち付けたい。恋心というものはなんて厄介なのだろう。自分勝手で、欲深くて。制御ができない。おそろしい。


「集中、集中、集中……」

 ぶつぶつ言いながら運針に集中するノアを、アニラが少し引きながら見つめていた。




「よし、完成!」

 部屋いっぱいに広がるシルクの布を見て、ノアは満足して頷く。

 アニラはとっくに本来の仕事に戻っているので、仕上げと補強と改良は一人で行った。出来上がりは非常に満足できるもので、これがあればもしもバーミリオン卿の背中から落ちても大丈夫と胸を張れる。


「さて、と」

 布を身体に固定するロープと共に、亜空間ポーチの中に放り込む。急ぎの用事は終わった。

 ちょうどそのタイミングで扉がノックされる。


「ノア様、失礼します」

 ニールの声が外から響いた。

「公爵様の容態が安定しました。いまなら話が可能です」



##



 昼食を摂ってから、ノアは侯爵邸の屋根裏部屋に向かう。

 中庭が見える窓からは、食事中のバーミリオン卿の姿が見えた。

 ノアとヴィクトルが献上した大量の肉を、ゆっくりと味わっている。食休みが終わったら、近くの森に行くとのことだ。人目は苦手らしい。


 隠し階段を上がり切ると、短い廊下の先に扉がひとつ。

 扉の鍵を開け、中に入る。やや天井が低い屋根裏部屋だったが、中は日当たりもよく、調度品も質の良いものが揃えてあった。


「こんにちは。ご加減はいかがでしょうか、公爵様」

 ベッドに寝ているニコライ・ボーンファイド公爵に声をかける。

 人質とはいえ相手は公爵。現在のこの国で最も権力が強い貴族の一人だ。まさか地下牢に入れるわけにはいかないため、暫定的に侯爵邸の屋根裏部屋に置かれることになった。


 公爵は起きて、ベッド横の窓から外の景色を眺めていた。拘束はしていないが、暴れる素振りは欠片も見せない。

「どういう魔術を使った。フローゼンの魔女」


 無視されるかと思ったが、向こうから声を掛けられる。意外に話好きなのかもしれない。

 問いかけてくる姿は、悠然としていて、とても落ち着いていた。不思議に思えるほどに。

 敵地に捕らわれているというのに、むしろどこかほっとしているようにも見えた。


「秘密です」

 教える義理もないのではぐらかす。

 公爵にとっては、気絶させられて目が覚めたら東の端から西の端。魔術の類としか思えないだろう。

 ノアの答えに、公爵は小さく笑う。


「お加減はいかがでしょうか」

 もう一度聞く。

「問題ない」

 今度は返事があった。


「それはよかったです」

 食事も問題なく摂っているといると聞いている。

 腹を探り合うような関係でもないので、ノアは素早く本題に入ることにした。


「公爵様。あなたは何が目的で、玉座に着こうとされているのですか?」

「帝国を更に強きものにするためだ。当然だろう」

 外を見たまま答える。

 その理由は少し弱い。いくら高位貴族でも愛国心や高潔さだけを持ち合わせているわけではない。もっと個人的な理由があるはずで、ノアが知りたいのはそこだった。


「賢者の石ですか?」

 問いかける。帝国の権力の頂点に立っていた公爵へ。

 権力者の求めるものは悲しいくらい皆同じだ。強大な力と、永遠の命。皇帝でさえそれを求めていたと、マグナファリスは言っていた。

 皇帝を殺そうとしたこの男も同じなのか。それが知りたかった。





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