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6-12 密かな会議




 侯爵邸に戻ったノアは、すぐにヴィクトルとリカルド元将軍に相談した。

 会議続きで忙しいにもかかわらず、ふたりはすぐにノアのために時間を取ってくれた。

 大きいソファにヴィクトルとリカルド元将軍が並んで座り、ノアはテーブルをはさんで向かいに座る。

 二人とも表には出さないが疲れているだろうから、手短に済ませることにする。まずはルスラーン公子と会談した内容をすべて話した。


 一通り聞いてから、リカルド元将軍は呆れたように頭を搔く。

「公爵の暗殺依頼とはなあ。あいつら、一族の中ですら喰い合うか」

 顔にも声にも、疲労の色が濃い。


「それにしても、まさかもう入り込まれていたとはな」

 新たに飛び込んできた問題以前に、その件も悩ましいことではあった。

 検問は強化しているものの、人の出入りは止めていないので仕方ないことではあるが、それにしても早い。


「警備を増やさねえとなぁ。それにしても、どうしてエレノアに接触してきたんだ」

「私が一時的に記憶喪失になっていたとき、公爵家に保護されていた関係で、面識があって」

「なにぃ!」

 腰を浮かせて立ち上がりかける。


「その、大丈夫なのか」

「はい」

 頷くと、リカルド元将軍は安堵したように腰を下ろした。


「……まあ、無事なら良かった。俺にできることがあったら何でも言えよ」

「ありがとうございます、お義父様」

「保護ではなく、あれは監禁だ」

 ヴィクトルが不機嫌そうに呟く。顔を固く顰めて。

「そのあたりは済んだことだしいまは置いといて」


 本題はそこではない。ノアは話を戻す。

「ルスラーン様は、とにかく内乱は避けたいように見えた。戦争になれば国が疲弊すると。そのための公爵暗殺で、成功すればイヴァン様の戴冠を支持し、ヴィクトルへの冤罪も晴らすと仰られていたわ。だから、一考の余地はあると思う」


 短い沈黙の後、ヴィクトルは眉根を寄せたまま口を開いた。

「イヴァン様がご存命の限り、公爵には正当性がない」

 血筋的には公爵は皇帝の直系の子だが、皇太子は皇帝の長男の長子であるイヴァンだ。まだ幼いとはいえ、正式に皇太子として認められている。


「それは血や伝統を重んじる貴族にとっては汚点となる。たとえいまは権力で抑え込めたとしても、公爵は一刻も早く、イヴァン様を消したいと思っているだろう。それを阻止するためには確かに有効な手ではあるが……」


 有用性を認めながらも、ヴィクトル自身は否定的なようだ。表情が険しい。

 当然だ。皇帝と皇太子を暗殺しようとしたボーンファイド公爵と、同じことをしようとしているのだから。公にできない手段で行われる誅殺に正義はない。


「ルスラーン公子はどういうやつなんだ」

 リカルド元将軍が隣に座るヴィクトルに問う。

「常に兄や誰かの影にあって、機会を窺っているような男でした。だがいまは――餓えた狼のように、牙を剥き出しにしている」


 帝都でゴーレムを騎馬で追ってきたルスラーン公子の姿と、宿で対面したルスラーン公子の姿を思い出す。宿で会った時にはどこか人間味がないように感じたのは、己の心を完璧に制御していたからか。

 ルスラーン公子の本質は、ヴィクトルの言う通り、餓えた狼に似ている気がした。


「坊主がそう言うなら、油断ならない相手なんだろう。そんなやつがわざわざ公爵の暗殺を依頼してくるとは、何か企んでいるとしか思えねぇ。そもそもやるなら自分でやれって話だしな」

 それはノアも思ったことだ。部外者より肉親の方が絶対に成功しやすい。


「成功すればこっちとしても言うことはないが、土台無茶な話だ」

「やるとなれば、やります」

 ノアは真っ直ぐに顔を上げ、決意を口にした。

「駄目だ」

 すかさずヴィクトルが止めてくる。


「危険すぎる。あなたがそこまですることはない」

 語気を荒めた声で。

「そもそもが馬鹿げた話だ。失敗しても成功しても、やつ自身は痛くも痒くもない。こんなもの無視すればいい」


 迫力に気圧されそうになる。

 だがノアはぐっとこらえて前に出る。

 馬鹿げた話だなんてわかっている。ルスラーン公子にとっては、成功すれば邪魔な父親が消えて、失敗しても邪魔な錬金術師が消える。どちらになっても利しかない話だ。それでも。


「ひとつだけルスラーン様に賛同できることがある。内乱を、戦争を、起こすわけにはいかない」

 そのためになら、罠だろうと、手を汚すことになろうとも。

 ――心を決める。


 ヴィクトルを見つめる。真っ直ぐに。その青い瞳を。

「ヴィクトル、私は今日ここで死んだことにして」

「何を――」

「もしかしたら、失敗して、自分自身で始末もつけられなくなるかもしれない」


 捕らえられ、自害すら許されなくなるかもしれない。

 そうなった時、ヴィクトルたちとの繋がりが判明すればどうなるか。新たな火種になる。


「だから、私は死んだことにしてほしいの。何を言われても知らぬ存ぜぬを突き通して」

「できるわけがない!」

 雷鳴のような怒号に、身体が、空気が、部屋が揺れる。

 屋敷中に響き渡ったのではないかと思えるほどの衝撃に、思わず目を閉じた。


 ゆっくりと瞼を開いて見えたのは、立ち上がり、歯を食いしばり、ノアを見つめているヴィクトルの姿だった。

 怒っている。

 いままで見たこともないくらい、怒っている。

 そして、悲しげだった。


「落ち着け、ヴィクトル」

 湧き上がる激情を押さえきれず肩で息をするヴィクトルを、リカルド元将軍がなだめる。

「とりあえず座れ」


 静かながらも強い声に促され、ヴィクトルは崩れ落ちるように腰を下ろす。そしてそのまま膝に肘をつき、頭を抱える。

 重い空気が書斎に満ちる。


「エレノア」

 リカルド元将軍に諭すように名前を呼ばれ、顔を上げる。

「坊主が怒るのも当然だ。お前さん、何をそんなに焦っている」

「……焦ってなんて」


「俺もお前さんを実の娘のように思ってる。こんな仕事をさせるわけにはいかねえ。この話はなかったことにする。いいな?」

「……ごめんなさい、頭を冷やします」


 冷静になって、考える。

 ヴィクトルやリカルド元将軍が、暗殺計画を認められるわけがない。皇太子を戴く正義の軍が、卑怯な手段に手を染めるわけにはいかない。

 そう。

 すべてはノアの独断でしたことにしなければならない。


 心配をかけているのはわかっている。

 怒らせていることも、悲しませていることも。

 だが、いまは気づかないふりをした。





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