表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/182

6-11 条件交渉




 息が詰まるような重い沈黙が続く。

 突然、最高権力者の暗殺を依頼されて、すぐに決断できる人間がどこにいるだろうか。

 窓辺にいたルスラーン公子が、座ったままのノアの方へ歩み寄ってくる。部屋の入り口にいるトルネリアがぴくりと動いた。


「神聖なる決闘の場で、皇帝陛下と皇太子殿下を殺害しようとしたのは誰だと思いますか」

 公爵以外にいないだろう。皇帝が死んだあとの行動を見ればあからさまだ。

 イヴァン皇太子の暗殺は失敗し、皇帝の暗殺はカイウスに乗っ取られたが。


 ――カイウスは今頃どうしているのだろう。ルスラーン公子は、カイウスのことを知っているのだろうか。


「矢に塗られた毒には気づいていましたか? これまでフローゼン侯に降りかかった数々の苦難、その首謀者は誰なのか、もうお判りでしょう」

 次々と言葉が降ってくる。

「父はもう、その地位にいて良い人間ではありません」


 言の葉ひとつひとつが氷のように冷たい。

 ルスラーン公子は父親を完全に見限っている。


「父が皇帝になれば帝国は崩壊する。この地も、フローゼン侯も、滅亡するでしょう」

 言いながら椅子に座り直し、長い足を組む。

 これは脅しだ。依頼ではなく脅迫。


「……その提案を聞くよりも、あなたを人質にして皇太子殿下の戴冠を公爵に承諾させた方が、こちらの危険は少なくなりそうですが」

「私に人質の価値はありません」

 きっぱりと言い切る。


「このまま私が戻らなければ、近日中に我が兵が動きます。この街を攻めるために。まあ、手ひどく負けるでしょうが」

「負けるとわかっていて、どうして」

「必要な犠牲というものです」

 あっさりと答える。


「犠牲が出てしまえば、もう止まらない。戦の火蓋が切られ、内乱の火は瞬く間に燃え広がるでしょう。終わりのない戦乱の火が、大地に満ちる。それは私の望むところではありません」

 それは初めて聞こえたルスラーン公子自身の望みだった。

 内乱を避けたい――それが暗殺の依頼を決意させた理由。


「内乱になれば、どちらが勝ったとしても国は疲弊する。異国からの干渉でこの国は滅びるでしょう」

 その未来はノアにも容易に想像できる。

 それでも簡単に頷ける依頼ではない。

 自分の手を握る。指先が冷たい。


 錬金術師のできることは、暗殺にも適している。潜入も、実行も、普通の人間よりよほど成功率が高いだろう。 それでも、人を殺すことへの拒否感を消すことはできない。


 適当に返事してアリオスから追い返すこともできるだろうが、それはそれで、次に何をしてくるかわからない。かといって変に言質を取られるわけにもいかない。


 しかしその依頼は、成功すればこちら側にもメリットが大きいのも事実だった。

 戦争を発生させずにすべてが解決するかもしれない。

 そうなれば、どれだけの命が奪われずに済むだろう。




「……何故、公爵は皇帝になろうとしているのですか? 何故戦争を起こそうとしているのですか?」

「ただの野心ですよ。理解しがたいかもしれませんが」

「野心だけで、肉親を手にかけることも躊躇わないと?」

 ルスラーン公子は躊躇なく頷く。


「父は、王国に関するものすべてを嫌っていた。すべてを消し去りたいと常々言っていました。そのあたりにも、フローゼン侯爵を目の敵にしていた理由があるかもしれませんが」


 ならばどうして錬金術師を囲っているのか。マグナファリスとも懇意にしているのか。まさか錬金術と王国が無関係と思っているとでもいうのか。

 問い詰めてみたかったが、はぐらかされるだろう。


「父だけではありません。古い貴族はほとんどがそうです。皇帝陛下も」

 悪い冗談と思いたい。

 だがノアが帝都で見てきた貴族たちの中には、確かにそういう人々がいた。


「そしていま、それが成されようとしている」

「…………」

「古き血を、その象徴を、終わらせてください。貴女の力で」




 冷たい静寂が。

 こちらの返答を促す沈黙が、部屋に満ちる。

「……報酬は?」

 初めての前向きな言葉に、ルスラーン公子の口元が弧を描く。


「この地の安寧、フローゼン侯の冤罪を晴らすこと、皇太子殿下の戴冠をお約束します」

「足りません」

 それらは大前提であり、当然のことだ。

 それではルスラーン公子の懐は痛まない。


「では何をお望みですか」

「あなたの錬金術師、ファントムさんを私にください。もちろん成功報酬で構いません」

「ああ、そんなことですか。喜んで」

 随分とあっさり承諾される。


「あと、こちらは前払いでお願いしたいのですが。マグナファリスの現在と、従者であったカイウスのことを何かご存じですか?」

 ルスラーン公子は少し考え込むように首を捻り。

「いいえ、何も」

 嘘を言っているようには見えなかった。



##



 宿の外に出て、青い空と白い雲を見てほっと息をつく。

 空の高さと風の感触が心地いい。あの部屋は、寒かった。空気が。


「あやつは毒だ」

 侯爵邸へ向かう道すがら、隣を歩くトルネリアはルスラーン公子を評してそう言った。嫌悪感を隠さずに。

「嫌な臭いしかせん。どうする気だ」

「私の一存では決められない」


 ノアの意思だけで言えばやりたくない。暗殺なんて、人殺しなんてやりたいはずがない。

 だが個人の意思だけで決められる問題ではない。戦争にも繋がる問題だ。


「僕なんかにあの方の真意は理解できないけれど、戦争を避けたいのは事実だと思うよ。あの方は実利を何より重視するからね」

 後ろを歩くファントムが言う。

 部屋にいなかったのに内容をよく聞いている。


 トルネリアは振り返り、ファントムを睨み上げた。

「そもそもどうしてお主がついてきている」

「案内役を仰せつかったからねぇ」


 公爵の元への案内人として。依頼の見届け役として。ルスラーン公子はファントムをノアに付けた。監視の意味合いも強いだろうが。


「それに僕はもうノアの物みたいだし」

「成功報酬だろう! 厚かましい!」

 怒りを炸裂させて叫ぶ。


「そもそもどうしてこんなものを要求した!」

 吊り上がった目と、烈火のごとき怒りがノアに向けられる。

「え、えーと、なんとなく?」

「なんとなくで面倒事を抱えるな!」


「まあまあお嬢様」

「その言い方も気に喰わん」

「それではトルネリア」

「……なんだ」

「僕だって自分の立場は理解しているつもりだよ。せいぜい役に立ってみせるさ」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


次にくるライトノベル大賞2023にノミネートされました!!
「捨てられた聖女はダンジョンで覚醒しました」に清き一票をよろしくお願いいたします!!
sute01tugirano.jpg



書籍発売中です
著者サイトで単行本小話配信中です!

horobi600a.jpg

どうぞよろしくお願いします



◆◆◆ コミカライズ配信中です ◆◆◆

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ