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6-6 ゴーレムとゴーレム



 真上の空は青く晴れているが、北西から吹く風が湿り気を帯びてきている。山脈から吹き下ろしてくる風が。山の中ほどには灰色の雲が浮かんでいる。雨が近いかもしれない。

(雨は少し困るけど、足跡は消える)

 悪いことばかりではない。


「やはりすごいな、ゴーレムというものは。余はこんなに格好いいもの他に知らない! ナギもそう思わぬか」

「ゴーレムはカッケーけど、一番すごくて格好いいのは錬金術だ!」

「ああ、錬金術師はすごい! エレノアの闘技場での勇姿に余の心は震えた。余も錬金術師になる!」

「お前は皇帝になるんだろ。錬金術師になるのはオレだ!」


 いますぐゴーレムから飛び降りたい。

 少年たちの無邪気な声を聞きながら、ノアはひたすらそう思った。とてつもなく恥ずかしいというか、身体がむずむずする。

 聞こえていないフリをして思索に没頭する。

(雨が降ったら布をかけるか、屋根をつくるか……濡れないようにしないと、体力を奪われる)


 イヴァン皇太子には一番いい馬車を用意したのだが、本人がゴーレムに乗りたがったため、ニールが護衛に、ナギが話し相手として共に乗っている。

 ノアもゴーレムの制御のため一番後ろに座っているが、前から流れてくる声が何とも賑やかだ。

 ふたりが打ち解けてくれたのはありがたい。皇太子と孤児という違いなど、些細なことらしい。ナギの面倒見の良さと、イヴァン皇太子の人なつこさゆえか。


(幌馬車みたいにするのが一番かな。次の休憩時に支柱を立てる場所をつくろう)

 ゴーレムの前後では馬を早足で駆けさせている。このまま次の街まで向かう。

 来るときにあちこちで帰りの馬を手配していたので、早めに馬の交換ができ、ほとんど休憩せずに移動することができている。


 帝都の一件、皇帝の死とヴィクトル・フローゼン侯爵の叛逆疑惑はまだ地方には届いていないようで、いまのところトラブルもなくスムーズに進めている。

 旅は順調だ。

 順調すぎるほど。


 アリオスから帝都に行くまでは二十二日かかった。

 このペースだと行きの半分以下の時間で帰れるかもしれない。

 士気が高い上、獣人は頑丈で体力がある。そして交代で馬車やゴーレムで休憩を取っているので、昼夜問わず移動できているのが大きい。


 街にもほとんど入らない。前もって連絡役を走らせ、馬の交換と食料の補給をして、すぐに街を出ている。

 フローゼン侯爵に友好的な貴族も多くはいるが、いつ情報が広まり、いつ公爵家の勢力に取り込まれるかはわからない。


 これが大所帯ならここまで早くは動けなかっただろう。もともと少ない手勢で帝都に行き、帝都から合流した人数も多くはないので、何とかなっている。少数精鋭が功を奏したといえる。


(イヴァン様は大丈夫かしら)

 前にいるイヴァンの後ろ姿を見つめる。

 いつまで経ってもゴーレムに飽きることのない少年は、道中で弱音ひとつも零していない。


 ずっと大皇宮で育ってきた皇太子には過酷な旅のはずだ。最大限のサポートはしているが。

 祖父である皇帝が目の前で殺されて、そのままほとんど休みなしで移動しているというのに。


 ――ふと。

 後方が騒がしくなる。

 振り返ると、後ろを走っていた騎馬の一団から一頭が飛び出す。ヴィクトルの騎乗する馬が。

「後方に妙な気配がある」

 ゴーレムに並走しながら、ヴィクトルが告げてくる。


「連れてって」

 ヴィクトルに差し伸べられた手を取る。手を引かれてゴーレムから馬へ飛び移る。

 馬の首とヴィクトルの身体の間に降り、落ちないようにヴィクトルの身体にしがみつく。

 乱暴な途中客も、馬は気にせず受け入れてくれた。いい馬だ。


「皆は前に進め! すぐ戻る!」

 そう叫ぶと、ヴィクトルは馬の進行方向を変えて、皆の流れから逆走する。速度を上げて。

 開けた平原だったため、異変はすぐにわかった。

 土煙を上げて、かなりの速度でこちらに迫ってくる巨大な黒い人影。いや、人にしては大きすぎる。

 重い地響き。ごつごつとしたシルエット。ただ一つの意志を持って進む姿。


 それは正しく石の巨人。黒い石でできた巨人。

「ゴーレム?」

 



 ノアのゴーレムとどこか似ている黒いゴーレムは、こちらを目指してひたすら真っ直ぐに駆けてくる。おそらくそう命令されている。

 ヴィクトルはまた馬の進路を変え、黒ゴーレムに背を向けて、皆を追って進む。集団の最後尾の位置で。


 あの黒ゴーレムがこちらを追ってきていることは明白だ。公爵側の錬金術師のゴーレムだろう。ゴーレムをつくれる錬金術師がいることには驚いたが。このままにしておけば、すぐに甚大な被害が出る。


(ゴーレムと戦うことになるなんて……昔はあったなぁ)

 王国の錬金術師の間で、ゴーレム同士を戦わせて勝った負けたの大騒ぎをしていたことを思い出し、懐かしい気持ちになる。

 いまノアのゴーレムは移動手段としての任務遂行中だ。ゴーレムは基本的に一度に一体しか使役できない。

 ゴーレムを戦わせるわけにはいかない。形態的にも不利だ。


「ヴィクトル、黒いゴーレムの進路上に入って」

 馬は走る。

 ノアの希望通りに。

 骨が当たるくらいに密着していれば、風が吹き荒び、騒音が響く中でも声は伝わる。耳ではなく振動を通して。


 直線上に向かってくるゴーレムへの有効な対処手段はひとつ。

 穴を掘って、落とす。


 疾走する馬上からやや斜め後ろの地盤を円形に壊す。

 重量物が乗れば崩れる程度に。

 黒ゴーレムは前のゴーレムを追って、吸い込まれるようにその場所を踏み締め。


 がくりと、足元が抜けて半身が落ちる。這い上がろうとして、またがくりと、身体が下に落ちていく。大地に空いた突然の大穴に、落ちる。落ちる。落ちて。

 消える。深い地の底へ。


 ノアは馬上から、ヴィクトルにしがみついてそれを見届ける。

「穴まで戻って。埋めるから」

 開けたままでは事故が起きるかもしれない。埋め戻しは大事。


「いまのは、地面を崩したのか」

「うん」

 馬を軽く走らせながらのヴィクトルが聞いてくる。

 昔は討伐しようとしてきた騎士団を丸ごと壊滅させたりもしたが、殺しはしなかった。ほとんどの場合は怪我も治した。助けられる範囲で。


 錬金術は、戦争向きの力だ。直接的な戦いには向いていないが、落とし穴や壁などの地形づくりや、水や火の調達。薬の作製。そして恐れも疲れも知らない巨人、ゴーレム。

 いくらでも兵器として利用できる。


 ヴィクトルの、揺らぐことのない大きな身体を抱きしめる。

 誰かを傷つけるために錬金術を使うつもりはないが、極限状態のときは、きっとそうは言っていられない。

 守るため、錬金術に対抗する以外にはこの力を使うつもりはないが、感情が暴走したとき、ノア自身も自分が何をするかわからない。


 とん、と背中が優しく叩かれる。

 緊張に固まった身体をほぐすように。

 言葉はなくても、その手のひらのあたたかさだけで安心できた。




 穴に近づいたところで、馬から降り、地面に立つ。久しい大地の感覚。

 地面に手を着く。底なしのように見える大きな穴の、側面に圧縮させていた土を元の位置に戻し、穴を埋める。地表あたりは特に強度を高め、馬車が上を通っても落ちないようにする。


 穴の底には黒ゴーレムがいるのだろうが、這い上がれはしないだろう。できないように、途中硬い石をつくり蓋をする。

 穴を埋め戻し終わってから、騎乗したままのヴィクトルを見上げる。


「素晴らしい手際だった」

「慣れてるから」

「窮地を脱せた。ありがとう」

「どういたしまして」

 笑い合いながら、伸ばされた手を取って、馬の上に戻る。ヴィクトルの身体の前に座ると、すぐに馬が走り出す。前方の一団を追いかけて。


 見晴らしがいい場所だから、前がよく見える。すぐに追いつけるだろう。

「他のゴーレムは初めて見たな」

「私も、この時代では初めて」


 ゴーレム自体は脅威ではない。問題は、敵対勢力に、ゴーレムを作れる錬金術師がいることだ。

(グロリア? カイウス? マグナファリス? それとも帝国の錬金術師?)


 ぽつりと、冷たい粒が頬を叩く。

 いつの間にか空には灰色の雲がかかっていて、雨が降り出し始めていた。





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