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6-5 恋情



 集団から少し離れたところに行き、広い場所を確保してゴーレムをつくる。

 前回つくったのは四人乗りのゴーレム。今度はもっと乗れる人数を増やしたい。

 乗り心地とスピードを考慮しながら、石を組み、仮初めの命を吹き込む。


(とりあえず、十二人……詰めればもう少しいけるかな)

 出来上がったのは亀みたいな平たい形のゴーレムだった。一見鈍重そうだが、速度は出せるはずだ。馬での全力疾走と同じくらいには。

 試しに走らせてみると、思ったスピードよりは少し遅かった。自重と地面の感触の兼ね合いだろうか。


(特に問題はない、かな)

 実際に運用してみて改善していくことにする。

 歩いている姿は相当目立つだろうが、新型馬車の試験走行という力業で押し通すつもりだ。

 ゴーレムの強みは、馬や人と違い、休憩なしに長時間進み続けられること。使わない手はない。


 ゴーレムを伏せさせ、背に腰を置いて座る。集団に背を向ける格好で。

 一仕事を終えた達成感。大きく息を吐いて、空を仰ぐ。

 空は少しずつ夜に染められていっていた。鈍い青と濃紺が混じり、星が輝いていた。


 東の空を見つめる。

 帝都のある方角を。

(カイウスは、いまごろどうしているんだろう)

 皇帝は死んだ。

 ノアの甥であるカイウスが殺した。

 マグナファリスの指示なのか、それとも記憶が戻り、帝国に復讐を果たそうとしているのか。


 マグナファリスはどうなったのか。何故、闘技場に姿を見せなかったのか。

 考えても答えの出ないことが、ぐるぐると頭の中で渦を巻く。

 答えが知りたいのなら、帝都に行くしかない。しかしいまのノアは正反対の方向へ逃げている。


 アリオスに帰りたい気持ちと、帝都に行きたい気持ち。それらはほとんど同じ強さで身体を、魂を、引き裂かんばかりに引っ張る。

 身体がふたつあればと、いまほど思ったことはない。もどかしさが身体を焦がし、掻き立てる。どうしようもないことなのに。

 胸が詰まる。

 いっそこのまま、溶けて、夜に消えてしまいたい。




「――ノア」

 朦朧としていた意識の中に、ヴィクトルの声が響く。

 慌てて声のした方に顔を向けると、ヴィクトルがすぐ近くまで歩み寄ってきていた。

「ヴィクトル」

 急いで顔を引き締める。ただでさえ問題が山積みなのだ。呆けた顔を見せるわけにはいかない。


「お疲れ様。何か用?」

「隣に座ってもいいだろうか」

「え、うん、もちろん」

 ノアが頷くと、ヴィクトルは隣に座る。

 少し手を伸ばせば届く距離に。


「身体の方はどうだ。怪我は」

「だいじょうぶ、もう治ってる。ありがとう」

 膝上の手を見つめながら答える。顔が上げられない。緊張している。


 変な話を聞いたからだ。ノアがいない間、ヴィクトルが落ち込んでいたとか、そんな、まさか。

 寂しかったのはノアの方だ。

 離れていた間、本当はずっと会いに行きたかった。


 するべきことがたくさんあったから、そんな感情は封印して、マグナファリスの元で研究に没頭していられたが、一人になったときや、ふとした瞬間、よくヴィクトルのことを考えていた。

 無茶をしていないか、ちゃんと休んでいるか。そんなことばかり。


 ずっと会いたかった。

 抱きしめて欲しかった。

 そんなこと言えない。言えるわけがない。周りに人もいるのに。

 そもそもこんな状況で何を考えているのだろう。不純だ。不真面目だ。そう、しっかりしないと。


「ノア、頼みがある」

 改まった言い方に、気が引き締まる。顔を上げると、ヴィクトルの青い瞳が真っ直ぐにノアを見つめていた。

「もしもの時はイヴァン様をお連れして、単独でアリオスに向かってほしい。我々は、イヴァン様を失うわけにはいかない」


 ゴーレムでなら昼夜を問わず駆けることができる。ノアとイヴァン皇太子のふたりきりなら、かなりのスピードを出せるだろう。

 道中の世話も問題ない。錬金術で火も水も出せる。非常食も持っている。野宿もお手の物だし、ふたりなら変装も容易い。街の宿にも泊まれる。

 集団で移動するよりも、ずっと短い時間でアリオスに辿り着ける。


「……わかった。でもそれは、最後の手段だから」

 その手段を選ばざるを得ない時は、きっと最悪の時だ。想像もしたくない未来。それでも想定しておかなければならない未来。


「そんな最後は訪れさせないから」

 必ず、守り切る。この場にいる全員を。

 全員でアリオスに帰る。誰ひとり欠けさせたりはしない。


「……あなたには負担をかけてばかりだな」

 ヴィクトルは安堵したような、どこか寂しそうな顔で笑った。自嘲気味に。

「気にしないで」

 明るく笑ってみても、ヴィクトルの表情は晴れない。


 すぐ近くにいるのに、暗く深い溝がふたりの間に横たわっているかのようで。

 ――遠い。

 こんな風に距離を感じたのは初めてだった。

 体温すら感じる距離にいるのに、遠い。


「あなたのことを真に想うなら、手離した方が誠実なのだろうが――」

「いや!」

 気がついたらそう叫んで、ヴィクトルの手を握り取っていた。

 両手で強く、包み込むように。縋るように。必死で。

 ヴィクトルは驚いた顔でノアの目を見つめていた。


「私だって本当は、引きこもってのんびり過ごしたい」

 胸が苦しい。声が震えている。

 それでも、この気持ちは言葉にしなければ伝わらない。

 喉に詰まりそうな声を、必死で絞り出す。


「でも、この力を、錬金術を思いっきり使いたい気持ちだってある。傷ついている人を助けたいし、病気で困っている人を助けたい。稼いだお金を思いっきり使いたいし、私の力でみんなが豊かに暮らせるようになるならすごくいいなって、そんな利己的なことも思ってる」


 誰かのためではなく、自己満足のために。だから聖女や女神だなんて言われたくない。その言葉にはまったく相応しくない。そんな立派な人間ではない。

 それでも。


「ヴィクトルはいつも、私のやりたいことを助けてくれた」

 大きな手を、強く握りしめる。

「私もヴィクトルの力になりたい。支え合いたい。助け合いたいの」


 立派な人間ではないから。

 迷うことも逃げ出したくなる時もある。

 それでも。

 ヴィクトルの力になりたい。離れたくない。


 いつからだろう。こんな気持ちを抱いたのは。

 完璧なようで危うげで。誰よりも強いのに敵が多くて。何度も傷ついて、死にそうになっても。それでも前に進もうとしている姿に惹かれたのかもしれない。

 隣にいられなくてもいい。ただ、ヴィクトルの行く道の先を、見たい。


「お願い。私を離さないで」




 静けさが、鼓動を強めていく。胸を締め付けていく。

 ヴィクトルの手を握ったまま、ノアは固まっていた。汗が背中を流れ、呼吸がうまくできない。

 ヴィクトルは何も言わない。動かない。

 顔を伏せる。ヴィクトルの顔を見ることができない。


 嫌われたかもしれない。呆れられたかも。こんな自己中心的な考え。

 周りには人がいるのに。誰かに聞かれたかもしれない。恥ずかしくて確認できない。


「わ、私、何言って……」

 目が熱い。涙が込み上げてきている。いま、泣くわけにはいかない。

「ごめんなさい、頭冷やす――」

 手を離す。早くここから逃げ出したくて、震える身体を立たせようとした、その時。


 腕を引かれ、倒れるようにヴィクトルの胸に飛び込む。

 一瞬何が起こったかわからず、反射的に離れようとしたが、背中に腕が回って抱きしめられる。


「行かないでくれ」

 耳元で響いた懇願に、心臓が跳ねる。

「もう、どこにも」

 低い声が響くたびに、抱きしめる力がわずかに強くなる。


 離れたくない。

 離したくない。

 この人が欲しい。

 自分だけのものにしたい。


 自分の中に、こんなに熱くて、どろどろとした欲望があったなんて。知らなかった。







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