6-3 合流
ゴーレムの速度を全力疾走から駆け足程度に落として、街道を走る。
帝都の外はまだ平和そのもので、のどかな風景が広がっていた。帝都に向かう人々とも当然すれ違うが、平然とした顔で挨拶していれば、向こうも新型の馬車とでも思ってくれるのか、呆然としながらも挨拶を返してくれる。
追っ手がくる気配はない。ひとまず追跡は振り切れたと思っていいだろう。後は先行している味方を追いかけるだけ。
「どこへ向かうのだ?」
「我らの都、アリオスです」
イヴァン皇太子の問いに、ヴィクトルが答える。
「ヴィクトルの街か。楽しみだ」
フローゼン領の街、アリオスにまで帰ってしまえば、公爵と言えども簡単には手出しできなくなる。あそこは城郭都市。王国との戦争のためにつくられた街。
加えていまは旧王都も要塞としても使用できるようになっている。
流れる白い雲を見上げる。
(医薬品も、食糧の備蓄も充分ある。兵の練度も高い)
近隣諸侯との関係も悪くない。
簡単には負けない。負けさせない。
気になることといえばアリオスまでは通常で二十日ほどかかることくらいで、それは重大すぎる問題だった。
(考えても仕方ない)
悩んでも距離は縮まらない。
いまは肩に刺さったままの矢じりを抜くことに集中する。
肩に手を当て、意識を集中する。体内の鉄を変形させ、抜きやすい形状に変える。血管を修復しながら異物を体外に出し、傷口を閉じる。
取り出した矢じりを――いまはただの流線型の鉄の塊になったそれを見ながら、肩で良かったと心底思った。
頭や心臓や、即死する部分に当たっていたらと思うとぞっとする。
もっとおぞましいのは、毒が塗られていたことだったが。
あの矢は、ヴィクトルとドミトリ公子の決闘中に降ったものと同じものと見ていいだろう。
やはりボーンファイド公爵の仕業だろうか。
(でも、あの場にはドミトリ様もいたのに。自分の息子を捨て駒にする?)
実の息子を。爵位を継ぐ嫡男を。
もちろん、考えてもわかるはずがない。
これ以上考えることは諦め、亜空間ポーチの中から黒のローブを引っ張り出す。
ぼろぼろのドレス姿と、黒ローブ姿、目立つのはどちらだろうかと悩みながらも、錬金術師のローブを被る。
今風の服も、男物のジャケットもたくさん着たけれど、やはり黒のローブが一番落ち着く。
(空気が重い……)
風は気持ちいいのに、こんなに天気もいいのに、なんで気まずいんだろう。
イヴァン皇太子ははしゃぎ疲れたのか、ニールの上ですやすやと眠っている。
ニールもヴィクトルも、イヴァン皇太子を起こさないようにか何も話さない。
ノアも明るい話題が思いつかない。
とにかく疲れた。疲労が身体も頭も支配していく。
我慢できず、隣に座るヴィクトルの肩にもたれかかる。
「ごめんなさい、何かあったら起こして……」
睡魔に耐え切れず、そのまま眠りに落ちる。
こんな状況だというのに、この場所はとても安心できた。
これからどうなっていくのだろうという不安も、忘れることができた。
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先行隊に合流できたのは、その日の夕方のことだった。
馬を駆るクオンが単身でこちらにやってくる。ノア達が乗るゴーレムに警戒しながらも。
「旦那様、ご無事で何よりです」
「ああ。ノアのおかげだ。皆は無事か」
「もちろん。それで、『それ』は?」
訝しげな目がゴーレムを見る。
「私のゴーレム。私の友だち? 私の命令でしか動かないから安心して」
「これだから錬金術師は……」
呆れながらも危険はないと判断したようで、馬をゴーレムと並走させる。
「皆これに警戒しています」
そういえば、ヴィクトルとニールの前以外でゴーレムを動かしたことはなかった。
「こんなに可愛いのに」
「そのセンスには賛同しかねます。先に行って伝えてきますので、失礼」
馬を走らせ、前方で待っている一団の元へ戻っていく。
「ご無事でよかったですぅぅ」
メイドのアニラが、目元に涙をためて一番に飛び出してくる。
先行隊は商隊に偽装しており、一部の護衛の兵を除き軽装だった。どこからどう見ても、少し規模の大きな商隊だ。荷馬車には来た時と同じように荷がふんだんに積まれている。
全員がいた。使用人のアニラやマリーも、クオンもナギも、アリオスからここまでついてきてくれた兵たちも。あえて帝都に残ったという執事のマークス以外の、侯爵邸にいた全員が揃っている。
クオンが前もって説明してくれていたようで、ゴーレムを見ても未知のものに対する恐れはあるが恐怖はない。
主との不穏な別れからの再会、その喜びを、街道脇の平地で皆が噛みしめていた。
その賑やかさで、ずっとニールに守られて眠っていたイヴァン皇太子が目を覚ます。身体を起こし、不思議そうにあたりを見回す。
見知らぬ人々、慣れない状況。
「ヴィクトル」
「はい、ここに」
イヴァン皇太子に降揚げな声で呼ばれ、ヴィクトルはゴーレムの上に立った。
敬うようにイヴァン皇太子の手を取り、その姿勢でヴィクトルは己の民たちに視線を向ける。
身体を正面に向け、真っ直ぐに立ち、口を開く。
「皆、聞いてほしい」
良く通る声が、夕暮れの中に響いた。
全員がヴィクトルを見て、その言葉を一言も聞き漏らすまいと意識を集中させる。
ノアはゴーレムの足下から、その光景を見ていた。
「皇帝陛下が、何者かの手によって殺された」
静かな動揺が走る。
その事実を初めて聞いた人々が受けた衝撃が、大きな波となって場をうねる。
「ボーンファイド公爵は卑劣にも、私に陛下を殺した罪を着せようとした。既に公爵家の追手がかかっている」
動揺の中にさらに大きな衝撃が広がる。
目を見開き、息を飲み。絶望と怒りの感情を溢れさせる。
ヴィクトルはそれを静かに受け止めていた。
ゆっくりと、静かに、言葉を続ける。
「これより我らが行く道は、苦難の道だろう」
――皇帝の死。
犯人がわからない中で、ヴィクトルに叛逆者の汚名が着せられたことへの、公爵への怒り。
これからやってくるだろう追撃軍の脅威。
いまいる場所が故郷から離れていて、周りは敵だけかもしれない。無事に帰れるのか、これからどうなるのかという、不安。
状況は絶望的。
「だが、皇太子殿下が我らと共におられる。帝国の正統なる継承者であるイヴァン皇太子殿下が」
視線が一気にイヴァン皇太子に注がれる。
八歳の、状況をよく理解していないと思われる少年は、場の迫力に驚きながらも、にこっと笑った。民の期待に応えるように。
「皇太子殿下を我らの手でアリオスの地までお守りするのだ」
新たな使命を帯び、人々の表情が変わる。
「恐れるな、正義は我らにある!」
絶対的な指導者による、堂々たる声での力強い鼓舞に、人々の心が震える。
絶望は希望へと変わり、使命感と正義に彩られる。
ヴィクトルの目元が少しだけ和らいだ。
「誰一人欠けることなく、故郷へと帰ろう」






