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5-16 竜殺し



 地下から近い裏口から外に出る。鍵がかかっていたのをヴィクトルが蹴破って。

 星空と風に出迎えられて庭の方にいくと、公爵家の上空を旋回していた飛竜が、待っていたかのように翼をはためかせて滞空姿勢になる。


 大きな金の眼は月のように静かで、太陽のように激しい炎を灯している。

 戦いを渇望する目は、天からヴィクトルを狙っていた。好敵手を見つめるように。


「そう逸るな」

 地上から竜を見上げ、喉の奥で笑う。

(会話している?)

 そんなまさか。いやでも。人と竜ならそんなこともあるのだろうか。


「……無理はしないでください」

「百万の味方を得たかのようだ」

 楽しそうに冗談か本気かわからないことを言って、槍を一本地面に深く刺す。

「離れていてくれ。ここは戦場となる」


 邪魔にならないように、風に吹き飛ばされないように、建物の陰に隠れる。飛んできたものができるだけ当たらないような場所に。

 遠くにはいかない。見届けたい。


 ヴィクトルはもう一本の槍を、天の竜に向けて構えた。

 身体と槍が一体となったような錯覚。

 身体がしなる。極限まで引き絞られた弓のように。


 全身の筋肉を使って放たれた槍は、空を引き裂かんばかりの勢いで、夜を、風を貫く。光のような速さで。

 飛竜の身体が大きく揺れる。

 片翼の付け根付近に、槍の穂先が吸い込まれるように突き刺さった。


 翼皮を突き抜けはせず、半ばで止まって翼の動きを阻害する。

(本当に人間?)

 人外の力、卓越したコントロール、研ぎ澄まされた勘と精神力。すべてが人間を超越している。


 飛竜の身体が天空で揺らめく。異物によって傷つき、バランスを崩した身体が、ゆっくりと、抗うように地上に墜ちてくる。

 その影響か、風が少しずつ強まってくる。


 ヴィクトルが地面に突き刺していた槍を抜いた。

 喉元にある逆鱗は小さい。確実に仕留めるためか、一気に距離を詰めて近づく。

 あと数歩、という瞬間。

 風が爆発した。

 猛る怒りを体現したかのような烈火のごとき風が、地上のすべてを吹き飛ばさんばかりに荒れ狂う。


 庭のバラ園が吹き飛ぶ。花が舞う。葉が飛ぶ。蕾が散る。

 噴水の水が舞い上がり、散り、消える。

 ヴィクトルは槍を地面に突き刺して、身体を低く、前傾姿勢にして飛ばされるのを防ぐ。

 そして風が弱まった瞬間に、一気に飛竜に近づく。


 飛竜は逆鱗を守るかのように身体を前に倒して、ヴィクトルを迎え撃つ。

 風を操りながら頭を大きく動かし、迫る槍を巧妙に弾き返す。

 振り回された尾が地面を叩き、穴を穿つ。噴水が破壊され、石の残骸となる。

 破壊、破壊、破壊。

 美しい庭は破壊の化身により面影すら失っていく。


 飛竜の一撃をまともに受ければ、それだけで人体も破壊されるだろう。

 ヴィクトルはそれを絶妙に避けて立ち回っている。

 速度はヴィクトルに、重さは飛竜に分がある。力は俄かには信じがたいことにほぼ拮抗しているようだが、体格の差は圧倒的だった。


 力を受け止めきれず、槍の柄が折れる。

 ヴィクトルは立ち止まることなく、短くなった槍を捨て、飛竜の翼に刺さっていた槍を抜く。そしてその槍で飛竜の片足を貫き、地面に縫い留める。


 飛翔能力への深刻なダメージを受けているはずの飛竜の身体が、にわかに浮く。

 足が縫い留められているので本当に少しだけ。

 喉元の逆鱗を露わにして。

 ヴィクトルが剣を抜いた、その時。


 風がヴィクトルの真後ろから吹く。身体を吹き飛ばすほどの強さで。

 尾の先が素早く動き、足元を払う。

 バランスをわずかに崩したその瞬間。

 飛竜の身体が真上からヴィクトルを押し潰した。




 ヴィクトルの身体が、飛竜の下に消える。

 悲鳴を飲み込む。口も開けられないような強風の中で。

 ――死んだ?

(嘘、そんな)

 そんな呆気なく死ぬはずがない。


 飛竜の身体が持ち上がり、地面に打ち付けられる。

 腹下の敵を押し潰そうと。何度も。

 ――死んでいない。

 確信する。死んだ相手を執拗に押し潰す必要はない。


 おそらく剣か、もしくは鞘を支えにして、地面と飛竜の間に隙間をつくって耐えている。

 即死ではない。だが飛竜は竜族の中では身体が軽い方とはいえ、人の身体で受け止められるようなものではない。あれではいつまでもは耐えられない。


(飛竜の気をこちらに向けさせられれば――)

 ずっと隠れていた物陰から出る。荒れ狂う竜気が体現したような強い風。

 風を正面から受け止め、前に進む。


「この、トカゲ! 遊びたいのなら、私が遊んであげるから!」

 風に声が掻き消される。

 届いていないはずの声。だが飛竜の動きが止まる。

 金色の眼が、こちらを見る。視線が、合った――


 バチンッ


 頭の中で雷が弾ける。

「――――ッ」

 衝撃で身体が縮こまる。その場にしゃがみこんだ。

 熱い。

 身体が熱い。


 身体の中で何かが流れている。血ではない何かが。いままで落ち着いていて、存在さえ感じられなかったそれが、先ほどの衝撃で呼び起こされた。

 頭に響くのは、自分のものではない意思。


 声なのか、感情なのか、命令なのか。

 強い意思が流れ込んでくる。それが、理解できない。聞こえない。だが響く。耳ではなく、頭に直接。

 頭が、痛い。無理やりこじ開けられているようだ。


《――錬金術師!》


 怒りに満ちたその言葉だけが理解できた。

 憎悪に塗りつぶされた真っ黒な感情と、その言葉だけが。

(竜の、意思……?)

 真っ暗な視界で光が弾ける。雷のように広がり、弾け。

 唐突に、消えた。


 風が弱まり、凪いでいく。

 眼を開いて見えたのは、首を持ち上げた竜が硬直した姿。

 首元にある赤い逆鱗が、剣によって砕かれていた。短い、折れた剣で。わずかに開いた隙間で、折れた剣を抜き、急所を刺したのだ。


(あ……)

 涙が零れる。生きている。ヴィクトルが生きていることに、言葉にならない感情が込み上げる。

 飛竜の身体が崩れていく。砂で出来た像が、風で崩れるように。光の粒となって、夜に溶けて。

 消えた。



##



「なんだこれは!」

 ドミトリの激しい声が庭から響く。

 まだ夜は深く朝は遠い。ブランケットを羽織り直してバルコニーに出ると、兵と共に庭にいるドミトリの姿を見つけた。異常を察知して兵を連れて様子を見にきたようだ。

 美しい庭は悲惨な有様になっていた。噴水が壊れ、バラ園は倒れ、芝生はあちこちに大きな穴が開き、土がむき出しになっていた。


「ああエミィ、無事だったか!」

 こちらに気づいたドミトリが駆け寄ってくる。憔悴しきった顔に、安堵の色が浮かんでいた。

「ここでいったい何があったんだい」

「……ごめんなさい。眠っていましたので……何か起こっているのですか」

「あ、ああ。大したことではない。無事でよかった。ゆっくりと休んでいてくれ」

「はい。それでは、おやすみなさい」


 中に戻り、窓を閉める。あの強風で窓が割れなかったのは奇跡だ。

 部屋の椅子には、ヴィクトルが座っていた。上半身の服を脱いだ状態で。

 脱がせたのは自分だ。均整の取れた身体に巻かれた包帯には、いまも赤い血が滲んできている。


 飛竜が消滅した後、ヴィクトルを怪我の手当てのため部屋に入れた。

 もし見られたら言い訳できないなと思いながら、怪我の治療に戻った。




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