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1-1 三百年後の世界



「あの馬鹿王! よくも義姉にこんな仕打ちができるわね」

 部屋の窓から外を眺めて憤慨する。

 地には王国軍の騎士団。灰色の空には飛竜騎士団。

 これから敵国の街を攻め落とそうとするくらいの兵力が、屋敷の周りを取り囲んでいた。

「元婚約者がこんな王になるとは思わなかったわ。エミィも苦労したでしょうね」


 カーテンで外の悪夢を閉ざす。

 侯爵令嬢であり錬金術師であるエレノアールが王都の外の森に建て、ずっと一人で暮らしていた別邸は、もはや陥落寸前だった。

 小さくため息をつき、天井を仰ぐ。

「うーん、前回一気に戦闘不能にしたのがまずかったかしら」


 前回騎士団の小隊が来たときは、事前に地盤を緩めておいて一気に落として壊滅させた。もちろん全員助けたので死者も重症者もいない。

 そんな温情を見せたのに。この仕打ち。

「めんどうすぎる……」

 大きくため息をついて、膝を抱えて座り込む。

「――よし、寝てやり過ごそう。三年も経てば、ほとぼりも冷めてるでしょう」

 良いアイデアだ。


 自分ごと部屋を封印すれば、外からは決して手を出せなくなる。三年も見つからなければ死んだと思われて警戒も緩んでいるはず。その後こっそり国外に逃げて、自由気ままに暮らせばいい。どうせこの国に未練はない。

 近しい親族は錬金術に傾倒した侯爵家長女をとっくに見放している。いまごろはエレノアールのことなど忘れ、聖女に選出され王妃となるも夭折した双子の妹の喪に服しているだろう。


 この国にもこの時代にも未練はない。

 錬金術の研究が詰まったこの部屋自体を空間からすばやく切り離し、寝心地を追求したベッドの上に寝転ぶ。

「おやすみなさい現世。三年後に会いましょう」

 時間の流れから、この部屋を切り離す。

 嘘のように穏やかな静寂が訪れて。



 そして、三百年後。



##



「あー、よく寝た! 勢いあまって五年ぐらい寝ちゃったかも」

 鏡を見る。金色の髪に赤い瞳。肌の調子もいい。封印はうまくいったようだ。外見は眠る前のまま。

 さわやかな気分でカーテンを開ける。そこには王国軍も飛竜隊もいなくなっている。

 その代わりに血で染めたように赤い空が。

 魔素が増した空気が。

 不穏な雰囲気を漂わせて広がっている。


 窓の横の机に置いていた望遠鏡を手に取る。遠くに見えていた輝ける王都は森に飲み込まれて消えていた。かろうじて城の先端だけが見えたが、煤けぶっていて王の住む気配はない。廃城と化している。

 首を傾げる。

「たった三年で何があったのよ」

 望遠鏡を下ろす。まるで世界が一度滅びたかのようだ。


「外の様子、見てこないと」

 不安と苛立ちを覚えながら独り言をつぶやき、外に出る準備を始める。

「独り言多くなったなぁ」

 双子の妹が王子と結婚し、王子は国王となって以来。別邸で一人で過ごすようになって以来。独り言を言わないと声の出し方すら忘れてしまう。


 探索のための道具――携帯望遠鏡にナイフ、手袋、縄、自炊のための道具と食器、携帯食料、清潔な布、を亜空間を発生させたポーチの中に詰める。

 それを腰のベルトに取付けて、防水防風加工を施した黒いローブを頭から被り、扉を開けようとして、思いとどまった。


 封印を施していたのは部屋の中だけ。

 直前の状況を思えば、部屋の外がどうなっているかわかったものではない。罠が仕掛けられているかもしれない。

「よし、窓から出よう」

 先ほどポーチに入れたばかりの縄を取り出し、窓を開ける。

 窓縁に縄の端を引っ掛けて、そのまま二階からするすると下まで降りる。


 改めて、屋敷を見上げる。

 外から見る別邸は寂れたものだった。長年風雨に晒され朽ちかけている。

 耐久性重視でつくってあるので、飛竜の炎や弓や槍などではかすり傷くらいで済むのだが。侵攻を受けていたとはいえ、たかが三年でここまで劣化するものだろうか。


「何かがおかしいような……」

 その理由を考えたいような、考えたくないような。

 悩みながら縄を回収していたときだった。

 遠くから地鳴りが聞こえてきたと思ったら、足元が小刻みに上下し始める。

「えっ? 地面が、揺れ、て?」

 初めての経験。

 ここにいてはいけないと本能が告げる。

 揺れる地面を走り、とりあえず屋敷から離れる。

 ガラガラと音を立てて、屋敷が軋み、傾き、崩れていく。

「いやあああああああああーーーー!」

 絶叫が森に響いた。




「再建は骨が折れそうね……」

 地面の揺れが収まり、屋敷の崩落が終わったのを確認して、大きくため息をつく。

 長年の錬金術の研究成果が瓦礫の下に埋まってしまった。

 頭が痛い。

「まさか地面が揺れる日が来るなんて。世も末よ。とりあえず発掘は後回しね……まずは探索……と、その前に」


 大量に転がる瓦礫の中から適当にいくつか選び、導力を通して人型を組み、仮の命を与える。大人二人分ほどの背丈の石人形が誕生する。

 顔も表情も感情もないが、可愛くてお役立ちな存在、石人形――ゴーレム。

 使い方のコツは一つ。

 命令は単純明快に。

 木の枝を拾い上げ、地面に長い線を引いていく。


「この種類の石はこの線からあっち。それ以外のものはこっちに持っていって」

 建材だった石を指定して、それ以外のものをより分けるように命令する。これで必要なものがほぼ分別できるはずだ。その後のことは分別した後に考える。

「それじゃあゴーレムくん、お願いね。終わったら私のところにまた来てね」


 命令に沿って動き出したゴーレムに手を振って、歩き出す。

 ひとまずの目標はかつての王都。

 遠目から見た限り滅びてなくなってしまっていそうだが、それならそれで確定させておきたい。

 かつての故郷が滅びているかもしれないのに、足取りが何故か軽かった。




 森と言えども、背の高い木ばかりで下草はほとんどない。だからこそ歩きやすいが生態系は単純だ。

 鬱蒼とした影。乾いた地面。冷たい空気。

 このあたりは引きこもり前から変わらない。

「鳥すらいない……」

 人の気配はおろか。

 かつては飛び回っていた鳥すら姿を消している。虫の鳴き声もない。

「さすがに少しさびしい」


 響くのは乾いた砂を擦る足音と独り言だけ。寂寥感が募っていく。誰でもいいから人に、いやそんな贅沢は言わない。生き物に会いたい。

 しばらく歩き続けていると、森の奥の方からこちらに走ってくる影が見えた。

 一瞬獣かと思った。いや獣でもいいのだが、その影は人間の姿をしていた。

「人が、いた!」


 歓喜に震える。

 良かった。世界に一人きりじゃなかった!

 抱きしめたいくらいの気持ちで近づいて来るのを待つ。

 見えてきたのは少し小柄で、全身黒一色の共感できる服装の人物。おそらく男性。

 手には剣。血の付いた剣。

 そして、走りながら揺れる猫のような尻尾。


「尻尾? 最近の人間って尻尾生えてるの? 引きこもっていた内にそんなことに? そんな馬鹿な」

 もしかしてまだ夢を見ているのだろうか。

 困惑している時に、黒ずくめは一気にスピードを上げて距離を詰め、必殺の間合いで血のついた剣を振りかぶった。

「ええっ! 最近の人間って凶悪すぎない?」

 後ろに飛んでなんとか避ける。

 肉弾戦は苦手だ。いまのを避けられたのも奇跡に近い。


 黒ずくめは避けられても一向に気にせず、さらなる凶刃を振るってくる。諦めが悪い上に気が短い。

「待ってってば」

 大地から成分を抽出し、相手の手首と足首を包み込むように石を生成し、関節を固める。

 黒ずくめの男は受け身も取れずに地面に転がった。


「お話を、しましょう? 気に障ったのなら謝るから」

 両手を挙げ、戦う意志はないと示す。

 距離を取りつつ様子を見ていると、地面に倒れた男の体がびくりと揺れた。かと思うと、口から勢いよく血を吐く。


「なっ? 私なにもしてないわよ」

 慌てて駆け寄ると、男はすでに死んでいた。口の中から異臭が漂っていた。

 おそらくは奥歯あたりに即効性の毒を仕込んでいたのだろう。それを嚙み砕いた。

「自分で? 諦めよすぎじゃない?」

 初対面で出会ってすぐに殺しに来て、殺せないなら自害だなんて。なんてスピード感だ。


 ため息をつく。ああ、せっかくの手掛かりが。尻尾のことも聞いてみたかった。

 どうして尻尾が生えているのか。生まれた時からか。後から錬金術で結合したのか。どんなふうに役立っているのか。

 死体の関節から石を分解し、地面に穴を開け、死体を埋める。

 きれいに土を被せ、軽く目を閉じ頭を下げ、死者を弔う。

「ごめんね。死んじゃった人間は治せないの」


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