【弱小技能】
WRA認定異世界全日本大会は、学生選手権などの上位者に加えて、各地区ごとの予選トーナメント上位者から最大二名が出場者として選出される。
関東予選の枠は二名。剣タツヤとの準決勝を制し、関東地区上位二名に確定したシトは、これによって全国行きの切符を手にしたことになる。
「ふふ。いい戦いだったね、シト。さすが、天才美少女中学生転生者のこのぼくを、二度も負かした男だ」
「タツヤ。えーっと、その……アタシも、準決勝見ててさ。なんていうか、まあ? ……頑張ったじゃない?」
「つーか、なんで俺までこいつらと一緒くたみたいな感じになってやがんだ」
激闘を終えた両者を迎えるのは、黒木田レイ、星原サキ、大葉ルドウの三名だ。
「おうサキ! 負けて悪かったな! お前の応援があったのに勝てなかったのは、俺の力不足だ……! 三倍の密度で特訓してりゃあ、シトの【不労所得】だって越えられたかもしれねえ……次はもっと……鍛え直して、出直さなきゃあな!」
「また、バカばっかり言って」
互いに笑い合うタツヤとサキの一方で、シトは不機嫌そうに顔を背ける。
「フン……俺は馴れ合いは好まん」
「喜びなよ。勝った時くらいはいいじゃないか。これで、きみの念願の外江くんとの戦いだろう?」
「ねえ、なんか、みんな外江ハヅキの話してるけど」
サキは、かねがね疑問に思っていたことを尋ねた。
関東最強、外江ハヅキ。彼女以外にとって、その存在は共通認識のようであった。
「どれくらい強いの?」
「外江ハヅキは中学生では関東最強って呼ばれる転生者でね。すごく強い……ってだけだと具体的に分からないかな。【弱小技能】使いだ」
レイが答えた。
「【弱小技能】?」
「転生開始時にランダムで一つ、ボーナスの一般スキルを習得できるスキルだね。〈鍛冶〉とか〈料理〉とか、〈鑑定〉とか」
「へえ……なんか、普通だね」
「だからこそ怖いのさ。敵を直接ステータス画面で見ても、どれが【弱小技能】のスキルなのか分からないだろう? しかもこのボーナススキルは、経験点効率、スキルツリー分岐、限界ランク……とにかく全部が最大値になってる。最終的にはほとんど第二のCスキルと言っていいくらいの万能スキルになるってこと」
ただの〈料理〉が〈万物滅殺料理〉と化し、あるいは〈鍛冶〉が〈聖遺物無限生成〉と化す。転生者の立場から見れば、その領域に達してなお一般スキルであるからこそ、効果を熟知しているCスキル以上に恐ろしい、意識の裏をかく一手となり得る。
「……反面、使い手を選ぶCメモリでもあるけどな。最初がランダムで、しかも序盤の内でもそのスキルを上手く使ってやりくりしなきゃあ、伸びていかねえ。外江はその辺の応用力が群を抜いてる」
「器用なタイプなんだ」
「ケッ。クソ野郎だよ」
だが、サキの評も的を得たものではある。外江ハヅキの転生の最も恐ろしい点は、一つの技能を変幻自在に使いこなす器用さなのだ。
【弱小技能】のスキル一つを軸に、戦闘、経営、内政などの戦型を状況に合わせて流動的に使い分けるデッキ。アーキタイプ名を、一芸型という。
「……そうだな。奴のデッキ構成を予測し、対策を打たなければ……勝てない」
「やれやれ。余裕のない奴だなあ。大葉くんからも何か言ってやってよ」
「知らねェーよ! 大体、剣! 何負けてやがんだ! テメーに一回戦負けした俺が最弱みたいになってんじゃねーかふざけやがって!」
「ハハハハハ! ルドウも悪いな! やっぱりシトは強えや! まあ機嫌直せ! 帰りにメンチカツ奢ってやっからよ!」
「テメーの奢りなんざ誰がいるかよッ!」
「まったく……タツヤもルドウも、いつもどおりなんだから」
サキが呆れ混じりの笑みを見せた、その時だった。
「まあまあ皆はん、仲がよろしゅうて。うらやましいわぁ」
いま一人の転生者が、選手通路に現れている。関東の転生者ならば誰もが知る顔。
シトは、畏怖と敵意の声を漏らした。
「外江ハヅキ……!」
萌黄色の鮮やかな着物に、長く艶めく烏の濡れ羽色の髪。圧倒的な余裕を感じさせる落ち着いた佇まいは、関東最強の称号に恥じない。
かつてのシトも、彼女に屈辱を味わわされている。敵の心理を計算して構築した戦術の全てが躱され、一辺境騎士止まりの、初心者同然の敗北を喫したのだ。
「純岡さんも、お久しぶりですなぁ。なんでも準決勝、勝たはったみたいで。おめでとうさん」
「ああ。異世界ナルニア杯での借りを返す時が来たぞ。外江ハヅキ」
「借り。はて」
ハヅキは、とぼけたように首を傾げて、パチパチとまばたきをした。
「――なにかを純岡さんにお貸しした覚え、どこにもあらしまへんけど。まさか、うちと戦うためにこの大会に?」
「いつもの余裕面か。ならばそれを決勝で、その余裕を剥ぎ取って……」
「負けました」
「……何?」
涼しい顔で告げられた事実に、シトの気勢も止まった。
外江ハヅキは胸の前で両指を合わせて、あくまでにこやかに続ける。
「せやから、うち、準決勝で負けました。……いややわあ。純岡さんがそないにうちのこと思うてくれはったんなら、ふっふふふふ、もうちょびっとくらい頑張れたかもしれへんのに。残念やけど、決勝で当たるのは別のお方です。うちはもう帰ろ思てました」
「う、嘘だろアンタ……! 何あっさり負けてやがる! 関東最強なんだろ!」
ルドウもまた、動揺を隠せず叫んだ。関東地方の転生者ならば誰でも、決勝戦に残る一人は外江ハヅキだと信じていたはずだ。
ハヅキは、閉じた扇子で口元を隠した。
「勝手に関東最強言われましても、うちはたまたま栃木に越してきただけです。別に関東さんの代表になったつもりはありまへんから」
「相手は誰だ。何をされた」
「……鬼束テンマ」
シトの問いには、その横で携帯端末を覗くレイが答えた。
「大会の出場記録はない。無名の……選手だ。けれど、彼は……もしかして……」
「そやからうちもね。何してきはるか分からへんし、いつも通りに【弱小技能】デッキで戦おう思うとったんやけど。ふっふふふふ! さすがにあれは読めへんわぁ。まさか、あないなCメモリがあるなんて――」
「お、おい……鬼束とかいう野郎はどんな転生をしてきやがったんだ!? そいつ……次にシトが戦う相手なんだろ!」
たまらず、タツヤも口を挟む。彼が真に関東最強を下した敵であるなら、異世界転生の実力はそれ以上。ならば準決勝でタツヤを下したシトの実力といえども、及ばぬのではないか。
「それは――あ」
「あ?」
「やっぱりやめときましょ。うち、純岡さんの仲間やあらへんもん。どっちかに肩入れするんは不公平やわぁ」
「なんだそりゃあ!」
「うちは、うちが楽しいようにしとるだけです。……ほな、純岡さん。せいぜいお気張りやす」
「この先――」
シトは、ハヅキが現れた選手用通路の奥を睨んでいる。
彼女は既に試合を終えてきていた。つまり彼女が戦っていたBブロック準決勝も、シト達と殆ど同じタイミングで勝負が決まっていたはずだ。
しかも、超速攻の勝負を繰り広げたシトとタツヤにも劣らぬ速度で。
「試合の結果を見て判断しろということだな?」
「……」
ハヅキは僅かに微笑んで、踵を返した。
「さて。ほんならうち、原宿寄って帰ります。シュークリーム食べたいわぁ。ふっふふふふふふ! ……では皆さん、ご機嫌よろしゅう」
スキップで去っていく着物姿が見えなくなった後で、ルドウは苦々しく呟いた。
「……あの外江が簡単に負けるとは思えねェ。純岡」
「ああ。見に行こう」
通路を渡り、第二会場へと出る。予選トーナメントBブロック準決勝の会場。そこに鬼束テンマの姿はなかったが……
試合終了後の異世界を映し出したままの超世界ディスプレイは、彼の戦いの結末を克明に映し出していた。
「なにィーッ! なんだ……この世界はッ!?」
「何……だと……!?」
タツヤとシトが、同時に叫んだ!
テンマとハヅキが戦ったBブロック準決勝の、これが結果だというのか!?
燃え盛る大陸。荒れ狂う海。死体を喰らうハゲタカ。空は暗黒に染まり、雷鳴が絶え間なく鳴り響く。
あらゆる人の営みが壊滅し、死に絶えた、それはまさしく終末の光景であった!
「異世界が――滅亡していやがるッッ!!!」
次回、第五話【運命拒絶】。明日20時投稿予定です。