【後付設定】
暗黒死滅大陸――亜神や概念レベルの高次元モンスターが結界内にひしめく悪夢的地帯。
聖神ルマの干渉によって歪められた世界の一側面である。
その大陸を地響きが揺るがす。閃光。爆発。
認識した者を発狂させる概念邪神を拳の一撃で爆砕した小柄な少年は、剣タツヤ!
「うしっ!」
タツヤは、この暗黒死滅大陸全体を戦闘訓練のための養殖場と化していた。ここに生息するあらゆる凶悪モンスターは、もはやタツヤの経験点のためだけに存在するのだ!
「こんな深夜まで経験点稼ぎか。とっくに世界最強だというのに、ご苦労なことだな」
転生者といえど、スキルレベルを上昇させるためには、当該のスキルを使用し経験を積む必要がある。経験点はその実経験の質と量をドライブリンカーが数値化したものだ。これに取得IPが乗算されることで、転生者は現地の存在を遥か圧倒する絶対的な能力を入手できる。
「そんなんじゃねーよ。夜の内に運動しとかねーと、朝飯までに腹が空かねえ……! そういうお前はどうなんだよ? やっぱり鍛え足りねえか!」
「……。俺は貴様の努力がいつまで続くか確かめに来ただけだ」
剣タツヤ転生スタイルには迷いがない。
とうにこの世界で最強の強さを持ちながら、鍛錬を一日も欠かさずにいる。
「貴様の転生スタイルはいつもそうだ」
話しながら、全長100m程の真人使徒を斬り伏せている。触れたものを根源情報ごと腐食させる緑色体液が嵐の如く降り注ぐが、純岡シトの体には一滴足りとも触れることはなく、仮に回避できずとも〈完全抗体SS〉の前ではまったく無意味だ。
「型破りのようでいて結果的に正しい道を選んでいる……その直感は何だ? 俺と貴様とでは見ている世界が違うのか?」
「俺は、ただ俺が気分のいいようにやってるだけだ。野球やってた頃、コーチによく言われ……」
極悪外次元植物が襲来! 旺盛な捕食意志を持ち破壊されても細胞一つからプランク秒内に肉体を完全再生する恐るべきモンスターだったがタツヤの裏拳一発で細胞一つも残らず消滅した。
「……よく言われたたもんだぜ! 自分で自分を気分良くできるやり方が、一番いいやり方だってよ……! たとえ異世界だろうと、手を抜いたり、見て見ぬふりをするのは、俺は全然気分良くねー……話したいことを、話さないままでいるのもだ」
「なんだと?」
「シト。お前は俺を見てねえ」
「……」
「お前は今も決勝戦……外江との戦いを考えてやがるだろ。ド素人のこの俺のことや……お前と戦うためにわざわざ出てきた黒木田のことだって、途中で戦う敵の一人くらいにしか考えてねえんじゃねえのか」
「……フン。当然だ。関東最」
生と死の概念を同時に与える智天幻魔が襲来! シトは爪先で蹴り殺した。
「関東最強、外江ハヅキ。奴に借りを返す。それがこの大会に出た理由だ」
「ヘッ……正直な奴だ。だけどな……覚えてるかシト。俺の相棒……【超絶成長】は初めて会った時にお前がくれたCメモリだったよな」
「……あれはただの気紛れだ」
「あれから色んな奴らと戦って、異世界転生の楽しさも厳しさもたくさん味わってきた……ルドウや――それこそハヅキちゃんや、凄え奴らはいくらでもいた」
タツヤは、足元の石を拾う。
「だけどな、シト」
そして投げた。
投石は襲いかかりつつあった現象魔の30m級巨体を一撃貫通し、全身をバラバラに破砕して大陸を囲む結界障壁へと叩きつけた! 分子レベルまで分解され完全消滅!
「――俺にとっては、お前が関東最強なんだ!」
剣タツヤにとっては、この関東予選トーナメントで勝つことだけが目標ではない。異世界転生で、最強のライバルと全力で戦いたい。そのために来たのだ。
「俺にとっては、お前がそれなんだ! お前と出会ったお陰で、俺はこうして異世界転生をやってる……! 特別な相手だからこそ正面から勝ちてえって思うし、納得行く形で決着をつけてえ……!」
「フフ」
「……何だ。何だよ。何かおかしなことでも言ったか!?」
「ああ。まったくお前は甘い奴だ」
シトが高笑いではない笑いを浮かべたのは、久しぶりだったかもしれない。
純岡シトにとっての異世界転生はずっと、憎悪と憤怒の対象でしかなかったのだから。
――――――――――――――――――――――――――――――
二人の出会いは一年前。駅前の某デパートである。
取るに足らぬ転生者との野試合を繰り返し、果たせぬ目的を憂うのみの日々。その日の試合を終えて帰ろうとするシトを、エスカレーター前で呼び止める声があった。
「おい! 待て、待てって!」
「……何だ貴様。さっきから」
「貴様じゃねえ。俺は東佐上中の剣タツヤだ」
「……」
振り返ったシトは、自分が上着を羽織っていないことにようやく気付いた。転生筐体に忘れたままの上着を、この少年は届けに来たのだ。
「チッ……俺の迂闊か。剣と言ったな。俺の名は純岡シト。礼は言っておく」
「さっきのゲームは何なんだ!?」
シトの無礼を咎めるよりも先に、タツヤはそのように問うた。
「異世界転生だ。取るに足らん、たかが遊戯に過ぎん」
「たかが遊戯だと……? ヘッ、嘘つくんじゃねーよ。遊びでやってる野郎が……あんなに集中して、真剣な表情でやれるもんかよ」
「俺の試合を見ていたのか?」
「ああ……! こんな熱い戦いがあるなんて知らなかった! シトって言ったよな? 俺は……!」
「逃避ならば他の遊戯にしろ」
シトは、タツヤの右膝に視線を向けている。
小柄ながらも鍛え込まれた体躯。あからさまに体育会系の少年が、部活の練習があるはずの放課後に、このようなデパートのゲームコーナーに立ち寄っている。
右膝には痛々しい包帯が巻かれている。練習をしたくてもできぬ理由があるに違いなかった。
「異世界転生は魔物だ。俺は娯楽のためにやっているわけではない」
「……じゃあ、なんでやってるんだ? 楽しくもねえのに」
「……」
無言で少年へと近づき、自分の上着を奪い取る。
その胸ポケットに入っている、一つのメモリを取り出してみせた。
「それは……あれだよな。試合の時に装填してた……」
「――ああ。Cメモリだ」
それは尋常のCメモリのようでいて、決定的に違う。
クリアカラーを基調とする他のメモリに対し、警告色めいた赤のカラーリング。
ただ一人、純岡シトのみが保有する、ドライブリンカーが読み込むことのない不正規メモリ。【世界解放】というCスキル名だけが分かっていた。
「父さんは、このCメモリだけを残して失踪した。……異世界にな! どことも知れん異世界に転生したまま、もう五年も戻ってきていない!」
「シト……」
「俺は……俺を一人きりにした父さんと異世界転生を許さない……。全ての異世界を俺が救済し、この世から異世界転生を根絶する……!」
「……すまねえ。悪いことを聞いちまった。確かに俺は……俺も、逃げたかったのかもしれねえ」
剣タツヤは、素直にその頭を下げた。
一方的に憎悪を吐露していたのは、シトの側だというのに。
「チッ……初対面の相手に、話しすぎた。……いいか、剣」
シトは、タツヤにCメモリを投げ渡した。
【超絶成長】。最も扱いやすく強力な、初心者向きのCメモリの一つである。
「上着の礼だ。貴様が俺に見たような異世界転生は、貴様自身が転生してみせるがいい」
――――――――――――――――――――――――――――――
純岡シト IP855,134,133,690 冒険者ランクSSSS
オープンスロット:【超絶成長】【全種適性】【実力偽装】
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈絶対斬権SSS-〉〈神格覚醒S〉〈完全魔法SS〉〈知覚消去S+〉〈精神抵抗S〉〈完全言語SSS〉〈完全鑑定SSS〉〈不敗の軍勢S〉〈覚醒促進SS+〉〈絶対回避A〉〈完全防御S〉〈無限再生A〉〈完全抗体SS〉〈神域裁縫A〉〈楽聖の極限A+〉〈聖餐の担い手S〉〈神なる陶芸A++〉〈清掃絶技SSS+〉他118種
剣タツヤ IP2,641,090,121,582 冒険者ランクSSSSS
オープンスロット:【超絶成長】【酒池肉林】【絶対探知】
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈我流格闘SSSSSSSS++〉〈業魔竜血SSSS〉〈滅びの否定SSSSS〉〈空間の覇者SS+〉〈因果逆転A〉〈完全言語SSS+〉〈完全鑑定SSS〉〈禁呪氷雪魔法SSS〉〈禁呪風雷魔法SSSS-〉〈人界の王A〉〈概念創造B〉他37種
――――――――――――――――――――――――――――――
「そろそろラスボスに挑むか……随分早えな」
大葉ルドウが、鮫めいた歯でストローを噛みながら呟く。
「早い、って」
隣に座る星原サキが、思わず問い返した。
限度を知らぬ二人のステータス表記を見て、身を震わせていたところだ。
「なんか……神とか、もうアタシじゃよく分かんないようなやつとか、ワンパンで倒しまくってんじゃん……!? あんなの、とっくにクリアしてていいくらいなんじゃないの!?」
「ケッ。だからだろ。あの程度のステータスで勝てる脅威レギュレーションなら、全国クラスの転生者がやったらすぐ終わっちまう。何しろこっちには四つもCスキルがあんだからな。『単純暴力』カテゴリなら、敵が形而下存在って時点で小学校の部活レベルが関の山だ」
「えっと……タツヤの世界のラスボスって、聖神ルマだっけ。創造神みたいに言い伝えられてるけど、本当は二つに別れた概念のうちの一つが信仰で神の形を与えられてるだけ……みたいな。確か、言ってた気がする」
「カーッ、よくそんなくだらねー設定覚えてやがんな。真面目チャンか。ま、そう言われてる以上はあの世界じゃ実際そうなんだろうよ。……一般スキル程度じゃあ、どんな強力なスキルも相当ランクが高くねェとまず通らねェ。ザコ相手にどんだけ全能に調子こいてたところで、それ以上の防御スキルで防がれて終わりだ」
「……つまり」
サキは、これまで聞いた解説を思い返す。レイとルドウの二人の解説を聞きながらこの試合を眺めていたことで、彼女にも異世界転生への漠然とした感覚は掴め始めてきた。
「それをひっくり返すのが、Cスキルと……IPってことなんだよね」
「……」
「え。違う? し……仕方ないでしょ! アタシ異世界転生は分からないんだから」
「……いや……驚いただけだ。テメーの言う通りだよ。Cスキルにはスキルランクなんて存在しねえ。どこのどんな野郎にも、問答無用で通用するからこそのCスキルだ」
ディスプレイに映る二人を睨みながら、ルドウはこの試合を観戦する他の転生者と同じ事柄を考えている。
この終盤まで、タツヤもシトも、シークレットスロットを公開していない。
――それは逆転の一手であるはずだ。どのCメモリを、二人は選び取ったのか。
「IP差は終盤の展開には関係ないの?」
「当然関係してくる。異世界転生の勝ち組は勝てば勝つほど無限に勝ち続けるからな……終盤になるほど、これまでの実績で積み重ねた大量のIPが、とんでもねェ倍率でスキルを成長させる。だからどいつもこいつも四つしかねェCメモリのスロット枠まで割いて、躍起になって獲得倍率を上げようとするわけだ」
「……じゃあ純岡クンは、もう追いつけないのかな」
「まァな。一番強え攻撃スキルがSSS-ランク? ラスボスの髪一本も切れやしねーだろ。言葉通り、速攻型の剣にイニシアチブを取られた結果だ。冒険者ランクだって中途半端にSSSSランクにまで上がっちまってやがる」
「そうか。ランクって……普通は高ければ高いほどいいもんだって思っちゃいそうだけど……純岡クンにとっては違うんだ」
先程シトのデッキ構成について解説してくれたのは、黒木田レイだ。彼女が答える。
「――そう。シトのデッキは最弱型だからね。周囲からの評価が元々高いほど、活躍をしても評価との落差によるボーナスが得られない。剣くんの旅に同行させられてしまったことで、シト自身が世界最強パーティの一員になってしまっているんだよ。剣くんのランクが上がれば上がるほど、それに引っ張られてシトのランクだって上がってしまう」
このランクに達してしまえばもはや、国を救ったところで驚かれはしまい。
しかも彼の横にはそれ以上の戦闘力を誇る英雄、剣タツヤがいるのだ。
「なら……純岡クンはパーティから抜けた方がいいんじゃ?」
「……難しいだろうね。一度遭遇してしまった以上、剣くんの側は【絶対探知】で簡単に再会イベントをサーチできる。そもそも動かせる召使が少ないシトじゃ、追いかけっこを続けながらイベントを並行して進行できる手数がないんだ」
聞けば聞くほど、タツヤがシトの戦型を完璧に封殺している状況だ。
サキはルドウに向かって尋ねた。
そのための一手がパーティメンバーとしての同行。
しかもシトと直接遭遇した以上、オープンスロットに【実力偽装】が装填されていることも目視できるのだ。これ以上の好機はあるまい。
「【実力偽装《Eランカー》】を死にスキルにされた時点で――純岡の野郎に勝ち目はなかった」
ルドウもこの盤面からのシークレットによる逆転パターンを考え続けているが、やはり不可能だ。
単発発動のみで1,785,955,987,892以上ものIPを稼ぎ出すCスキルなど存在しないし、剣タツヤが真に速攻勝負を仕掛けるつもりであれば、シークレットの内容もおおよそ想像がつく。
黒木田レイも、ルドウに追従するように試合の総括を呟く。
「……剣くんの速さは驚異的だった。IP獲得速度だけじゃない……一般スキルの経験点獲得量も。スキル成長も、IPと訓練による経験点の掛け合わせだから……習得数を絞っていたのも、集中してスキルを伸ばすためだった。【全種適性】で横伸ばしの成長を選んだシトとは真逆だ。しかも同じ【超絶成長】型であっても、剣くんの成長速度の方が明らかに速い!」
「――【酒池肉林】だ。あれが効いた。剣の野郎……成長補助型の召使ばかりを集めてやがった……!」
「成長補助――」
はたと思い至り、サキは端末のステータス情報を改めて確認する。
ずっと、対戦する二人のスキルにばかり注目していた。タツヤが引き連れる召使の保有スキルはどうだったか。
「〈覚醒促進B〉、〈内助の功S〉、〈勝利の女神A〉、〈不敗の軍勢A〉、〈進化の種子B〉……これって……!」
「ケッ。ようやく気づきやがったか。あのウブが、女ってだけで仲間に加えてるわけねェだろうが。剣は純岡に本気で勝つつもりなんだよ……! Cスキルだけじゃねえ。奴自身のスキルも、全部使ってな」
「剣くんのシークレットは」
レイが結論を口にする。
ラスボスとのスキル相性次第では完封される危険すら孕む一点集中型の成長。完璧な速攻型の盤面を構築したタツヤのデッキだからこそ、次の一手が分かる。
「きっと【後付設定】だ」
「俺もそう思う。この低レベルでラスボスをブッ殺すには、それしかねェ……!」
【後付設定】。使用したその時点で『実は敵の反存在であった』『実は唯一対抗する兵器であった』などの設定を過去に遡って獲得し、所有スキルの全てを対象への特効スキルであったかのように取得し直す。
速攻型アーキタイプの、まさに必殺技。スキルレベルが十分である限り、このCスキルで殺せぬ敵はいない。
「あの野郎……また下馬評をひっくり返しやがった!」
――――――――――――――――――――――――――――――
『――ヒト。信仰し、嘆き、そして死んでいくだけの、哀れな種族。あなたがたを何もかも救済しようというのに、何故私の手を拒むのです? あなたがたの望みの通りに、私はあるだけなのに――』
「うるせーぞクソ野郎……!」
形状すら持たぬ、光めいた概念実体に対峙して、タツヤはただの拳を構えた。
彼の召使は【酒池肉林】によって死亡こそ免れているものの、光の照射のみであらゆる行動を封じられ、この場に動けるものは剣タツヤと、辛うじて純岡シトの二人しかいない。
「どんなにゴチャゴチャ言い訳しようが、テメーが人殺しのクソ野郎なのは分かってんだよ!! あまりにムカついたから……神の座? だかなんだか……よく分かんねーけどよ! 直接ブン殴りにきてやったぜ!!」
聖神ルマは、さらに神々しい光を垂れ流した。
無論、タツヤの〈第十一感SSS〉及びシトの〈超越視覚S〉の前では目眩ましにもならぬ。
『――その感情。その思考こそが、全ての苦しみの根源なのです。タツヤ・フェム・ファイゲルツ。基底次元の、儚きヒトの一個体。あなたの苦しみを消去しましょう。この世界の全存在とともに――』
「世界は何も関係ねェーだろうが!! ブン殴る!!」
『――不可能です。私を打ち倒せるものは、ひとつ。始まりの光に対する、始まりの闇。それはこの世界の始まりとともに失われたもの……。全ては光より生まれ、光に朽ちる。それが世界の理――』
「ぐ……う……! そのレベルで挑む気か、剣……!」
「……悪いな。抜け駆けさせてもらうぜ!」
ロクに動けぬままのシトを尻目に、タツヤはドライブリンカーを操作。
シークレットスロットカバーが開放され、残る一つのCメモリの外観が明らかとなる!
「――【後付設定】!」
変貌は一瞬だ。タツヤの衣装と瞳は宇宙を思わせる漆黒に染まり――そして!
〈我流格闘SSSSSSSS++〉は〈暗黒始原格闘SSSSSSSS++〉に!
〈業魔竜血SSSS〉は〈闇の血脈SSSS〉に!
〈滅びの否定SSSSS〉は〈永劫なる闇の輪廻SSSSS〉に!
〈空間の覇者SS+〉は〈始まりの闇の空間の覇者SS+〉に!
〈因果逆転A〉は〈始まりの闇の因果逆転A〉!
〈禁呪氷雪魔法SSS〉は〈始まりの闇の禁呪氷雪魔法SSS〉!
〈禁呪風雷魔法SSSS-〉は〈始まりの闇の禁呪風雷魔法SSSS-〉!
これこそが【後付設定】!
ありとあらゆるスキルは今、聖神ルマを抹殺するためだけのスキルと化した!
「今、なっちまえばいいだろうが! その『始まりの闇』とやらによ!!」
「クッ……剣……貴様……!」
「この勝負は、俺の勝ちだ! シト!」
「――いいや。シークレットが見えた今、結果は確定した」
ドライブリンカー作動の電子音。
それは、シトが同時にシークレットスロットを開放したことを意味していた。
「貴様の負けだ」
この局面を逆転するCスキルはない。創造神を越えるほどに急激成長するスキルも、単独でIPを大量獲得するスキルも存在しない。……だが、ただ一つ。シトが隠していたスキルがある。
「【不労所得】」
――――――――――――――――――――――――――――――
「【不労所得】だって!?」
黒木田レイは、立ち上がって叫んだ。
二つ隣の席に座すルドウも、逆転の瞬間に言葉を忘れていた。
まさか。そのような手が。ならばこの戦いは、最初から。
「そうか……なんてことだ。前提がそもそも違っていたんだ……!」
「え、ちょっと、どういうことなの!? だって、もう純岡クンが逆転するCメモリなんてないって、さっき……!」
「単独ではな! 単独の、話だ!」
ルドウが答えた。それはこの場の転生者の誰も予想だにしていなかった妙手。
「こいつ……最初から使ってやがったんだ。さっきの黒木田の話を覚えてるよな! 【不労所得】は、周りの連中の経験点を吸い取り続けるCスキルだ……! 剣の野郎が稼ぎまくった分も、周りのハーレム召使の経験点も、何もかもだ! しかも、奴本人も毎日訓練してやがる! 奴はそれを隠したまま、あえて剣と同行してやがった! しかも今、剣は【後付設定】で高レベルスキルを取得し直したな! どうしようもねェ量の経験点だ!」
「シークレットが解放されたから、それで稼いだ分のIPが加算される……ってこと? で、でも、それって表示上の話だよね? 実際にそんなに強くなっていたなら、さすがにタツヤも気づいて……」
サキの漏らした疑問には、レイが即座に答えた。
「【実力偽装】」
剣タツヤが【絶対探知】を見せていたのと同じように。それは最初からオープンスロットにあった。最弱型のアーキタイプの中核と思われた、そのCメモリが。
「剣くんが使った【後付設定】と同じように……シークレットスロットのCスキルは、公開するまでは、データ上のステータスと獲得IPには反映されない。そして、実際の実力を隠すためのスキルは……【実力偽装】だ。最初から、剣くんが思う以上に強かったんだ……!」
それだけではない。この局面は最初からシトの思惑通りにコントロールされていた。
「オープンスロットに【実力偽装】が見えている限り、剣くん自身か……あるいは剣くんの仲間が自分を監視すると読んでいた。【実力偽装】を……寄せ餌にしたんだ! 見せているCメモリまで、シトの計算の内だった……!」
直接戦闘レギュレーションに不可欠の【超絶成長】。自分自身の戦術を欺瞞し敵の動きを誘導する【実力偽装】。そして【全種適性】すら。
「や、やりやがった……【全種適性】も、最初からそのためのCスキルだ! 剣がどんなスキルを伸ばしてこようが、全部に【超絶成長】の倍率を掛けて、盗むつもりでいたッ!」
【超絶成長】。【全種適性】。【実力偽装】。【不労所得】。
四本のCメモリは、最初からこの戦術のためにあった。
だがたった一つの札を伏せるだけで、まるで全く別のアーキタイプであるかのように、剣タツヤを、観客すらも欺いた。
これが、異世界転生の申し子たる、純岡シトの真の実力!
「前提が間違っていたッ! シトのデッキは、寄生型だ!」
――――――――――――――――――――――――――――――
純岡シト IP855,134,133,690(+95,869,100,319,134)
冒険者ランクSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS
オープンスロット:【超絶成長】【全種適性】【実力偽装】
シークレットスロット:【不労所得】
保有スキル:〈絶対斬権SSSSSSSSSSSSS+〉〈神格覚醒SSSSSS〉〈完全魔法SSSSSSSSS-〉〈知覚消去SSSSSSS〉〈精神抵抗S〉〈完全言語SSSSSSS〉〈完全鑑定SSSSSSSSSS〉〈不敗の軍勢SSSS+〉〈覚醒促進SSSSSS〉〈絶対回避SSSSS〉〈完全防御SSSSSS+〉〈無限再生SSSSS〉〈完全抗体SSSSSSS〉〈神域裁縫SSSSSS〉〈楽聖の極限SS+〉〈聖餐の担い手SSSS-〉〈神なる陶芸SSS〉〈清掃絶技SSSS〉〈我流格闘SSSSS-〉〈業魔竜血SS+〉〈滅びの否定SS〉〈空間の覇者S+〉〈因果逆転B〉〈人界の王C〉〈概念創造D〉〈暗黒始原格闘SSSS〉〈闇の血脈S〉〈永劫なる闇の輪廻SS〉〈始まりの闇の空間の覇者A〉〈始まりの闇の禁呪氷雪魔法S〉〈始まりの闇の禁呪風雷魔法S〉他2968種
――――――――――――――――――――――――――――――
『――な、なんなのですか……。あなたは一体、何者――』
「面倒だから申告せずにいたが……俺の本当の冒険者ランクはSSSSではない」
もはや筆舌に尽くし難い無敵存在と化した純岡シトは、不敵に宣告した。
最後の最後まで、恐るべきIP獲得言動。
「SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSランクだ!!!」
凄まじいまでの存在圧に、タツヤも、聖神ルマまでもが動きを止めた。
もはや勝てぬ。
「うおおおおおおーッ!!」
それでもタツヤは気概を失うことなく、聖神ルマへの攻撃を仕掛けた。全てが特効となる一撃。十分に創造神と戦うことが……
その真横を光が抜き去り、そして。
『――ギャアアアアアアアアーッ!?――』
「転生……完了!!」
創造主は両断されていた。
それは戦いですらなかった。
WRA異世界全日本大会関東地区予選トーナメントAブロック準決勝。
世界脅威レギュレーション『単純暴力A+』。
攻略タイムは、16年8ヶ月21日9時間10分32秒。
――――――――――――――――――――――――――――――
異世界へと転生者でを転送したドライブリンカーは、世界救済完了と同時に自動的に彼らを本来の世界へと送還する。役目を終えた転生者ではただ世界を去るのみなのだ。
「……シト……お前は」
「どうした? 卑劣と詰るならそうすればいい。異世界転生は虚仮の一心だけで勝てるほど甘い世界ではないと、これで知れたはずだ」
「いいや。逆だ。お前は最初から、俺にハンデをくれてたんだ……違うか」
「……」
二人の体は光の走査線に分解されていく。
世界救済が成れば、この世界で手に入れたものを現実に持ち込むことはできない。
確かにあった一つの勝負の、記録と記憶以外は。
「お前は最初に、俺のデッキ構成を読み当ててみせた。【絶対探知】を持ってることを読んでて、そいつに封殺されることを知ってて、【実力偽装】入りのデッキを組んでたんだ。俺は……その先の読みまで辿り着けなかった」
「フン。だから言っただろう。異世界転生はデッキ構築と戦略だとな」
「……違う」
だが、送還までのこの僅かな間は……二人は単なる中学生の転生者であると同時に、この世界で多くの戦いを共にした二人の英雄でもあるのだ。
英雄の視線が交錯した。
「お前は、俺がお前を仲間にすることを信じていた。……そいつだけは、心だ。俺の心が分かってたからできたことじゃねーのか」
「……」
「ヘヘ……悪かったな! 外江ハヅキしか見てないなんて言ってさ……ありがとよ。シト。楽しかった!」
そして、彼らの姿は消える。だから純岡シトのその声も、ノイズに消え行くだけの呟きであったかもしれない。
「……ああ。俺もだ」
次回、第四話【弱小技能】。明日20時投稿予定です。