【実力偽装】
「む……無法者では……?」
星原サキの率直な感想である。いくら相手が悪党といえど、ここまで躊躇なく暴力的手段に訴えることが許される競技は他にないのではないだろうか。
「大丈夫だよ。異世界の人間に強烈なインパクトを与えて、その無敵さで主導権を握る……これが異世界転生の勝負の世界さ」
シトらと同じく中学生転生者である黒木田レイの解説は初心者である彼女を慮った冷静かつ的確であったが、それがこの状況を『大丈夫』と思わせてくれるかどうかは怪しいところである。
「と……とにかく、その主導権を数値化したのがIPってことなんだよね」
「そう。世界救済の時点で敵転生者よりもIPを多く稼いでいる方が勝ちなんだ。もちろん世界救済は最大のIP獲得チャンスだけれど、それまでの時点で引き離されすぎていたら、自分が世界を救ったって逆転できないことだってある」
「ルドウがさっき言ってた、速効型はもっと大差をつけなきゃいけないってのはそういうことか」
つまり、剣タツヤは先行逃げ切りの転生スタイルを取っているということになる。転生序盤、通常ならばあり得ない速度で能力成長と成り上がりを重ね、中盤戦の時点で既に逆転不能の大差をつける攻撃的デッキだ。
「……でもいいのかなあ、異世界に勝手にそんな事して……」
「ケッ。どうせ放っときゃ滅びる世界だろうが」
隣の席に座る大葉ルドウが吐き捨てるように言う。
「転生者同士が競争して爆速で世界を救う……異世界のバカどもにとっても悪い話じゃねーだろ」
「り……理屈ではそうだろうけどさ」
「――どっちみち異世界の脅威は、Cスキルを持ってる転生者くらいにしか倒せねェ連中なんだからな……何でもアリだ」
――――――――――――――――――――――――――――――
「うう……助けて……」
「ギャハハハハ! 回せ回せ~ッ! その無意味な棒をよーッ!」
可憐な少女が、息も絶え絶えに棒を回している。中央の回転軸と、軸を回すための一本の棒。
中心軸は何らかの動力源に繋がっているわけではない。ただ回転するだけだ。この施設にそれ以外の機能は何一つ存在しないのだ。
「貴様ら奴隷どもが無意味に過労死する様を見るのは何よりの生きがいだぜ――ッ!」
助けを求めたところで、救いの手が差し伸べられるはずもない。ここは奴隷商ゲボドルフが管理する倉庫であると同時に、無意味な労働に従事する奴隷を眺めることでストレスを解消することを目的とする、極めて非人道的な娯楽施設であった!
「ヒャハーッ! さぼるんじゃねぇ!!」
「ううう……」
幼気な少女を鞭打つ悪漢の背後から、唐突に外の光が差した。その中央に立つ男は……シト・ハインデル! 我らが主人公、純岡シトの転生体の名である!
「な……なんだお前は!?」
「シト・ハインデル。ここの奴隷は俺がもらう」
「はぁ!?」
――奴隷商の襲撃は、転生者にとって極めて効率の良いイベントであるとされる。
強大な社会悪を破滅させることによる力の誇示と、その結果として得られる奴隷資源……すなわち召使の所有権。どちらも大量のIP獲得に直結する。
「代わりに貴様らには俺の最下級魔法をくれてやろう」
「何を偉そギャアアアアア!」
爆発! 絶叫! 奴隷施設壊滅! これが中学生全国ランクの転生者の力である……!
――――――――――――――――――――――――――――――
「……シト様。行ってしまわれるのですか?」
一ヶ月後。シトの後ろ姿に声をかけるメイド服姿の少女は、シトが救出したあの奴隷であった。異世界においてはこの間に実際に一ヶ月の時間が経過しているが、異世界転生を観測する超世界ディスプレイは試合展開に関わる主要なイベントのみを切り取って映し出すことが可能である。
「本当に世界を救うおつもりなのですね」
「……ああ。俺は聖神ルマを倒す。一刻も早くそうしなければならない理由がある――」
この準決勝の世界脅威レギュレーションは戦闘能力による脅威打倒を求められる『単純暴力A+』。最終目標である聖神ルマは異世界の創造神そのものであり、地区大会のレベルでいえば最強クラスの戦闘能力を持っていると見ていいだろう。
剣タツヤのデッキが速攻型であると読んだ以上、純岡シトとて無駄なイベントに時間を費やす猶予はない。
「シト様がわたしをお救いになってから一ヶ月……シト様はこのアナメイアに衣服をお与えになり……お食事をともにすることをお許しくださいました。こんな人間らしい生活は初めて……」
大きな瞳に涙をため、少女はシトの袖にすがりついた。
「シト様は素晴らしいご主人さまです! どうかこれからも……世界を救う戦いのお側に置いてくださいませ!」
「……。却下だ」
「そんな……」
(……保有スキルは〈資産運用A+〉〈神代言語B-〉〈護身術D〉〈隠されし身分S〉……! やはり、どう育成しても内政型のスキルツリー。SSR級の召使であることは間違いないが、今回の単純暴力レギュレーションには不向きだ。適切な探知スキルなしで有効な召使を引き当てられるかどうかは、やはり運次第だな……)
転生者であるシトは当然、ドライブリンカーのステータス画面で視界内の存在の保有スキルをも確認することができる。今回の攻略に連れ歩く価値がある召使であるかどうかは判断可能だ。
「連れて行ってはいただけないのですか!」
「俺は聖神ルマを倒すと言っただろう。連れていけばお前を巻き込むことになる……」
シトは、少女を優しく抱きしめながら言う。
「お前を死なせたくはない」
「シト様……」
危険な前線で戦い続けなければならない『単純暴力A+』のレギュレーションで召使を連れ歩くということは、シト自身が彼女を守り続ける義務を負うことを意味する。戦闘の中で仲間を失う者……特に美少女の仲間を失うような者に、人生の優越者たる資格はない。
ヒロインの死亡はIP大量損失のリスクである。異世界転生において美少女は資源なのだ!
「……お前には経済学の素養がある。俺が11歳の頃に起業したレトルトカレー工場の経営を任せたい」
「まさか、このアナメイアにそのような大役を……!」
「お前にしかできないことだ。頼むぞ」
「はい!」
故に、このようにして厄介払いをする必要があるのだ。
シトの設立したレトルトカレー工場は膨大な特許権と市場独占によって、彼自身が何もせずとも莫大な富を生み出し続けている。
スキルや人脈、財力といった資産を持つ者がより資産を獲得し続けるのが異世界転生である。無論今回のゲームプランにおいても、経済的な要因で進行の手が止まることがあってはならない。
「フン……戦闘型の召使を獲得できればよかったが、そうそううまい話はないか」
旅を再開しつつ、シトは独りごちる。
「まあいい。高レベルの戦士職召使の加入はサブプランに過ぎん」
アナメイアが有していた〈資産運用B〉〈神代言語A〉〈護身術S-〉程度のスキルであれば、純岡シトは既に習得済みである。 彼の第二スロットは【全種適正】。属性魔法はおろか、尋常のスキルツリーを無視してありとあらゆる分野のスキルの経験点を無節操に獲得可能なこのCスキルは、【超絶成長】と組み合わせることで、まさに万能の勇者を作り出すスキルと化す。
しかし彼の今回の戦術の核は、第三スロットのCメモリにある――
――――――――――――――――――――――――――――――
星原サキは、真剣に会場の大画面モニタを眺めている。それまでの暴力一色の試合展開よりは、異世界のヒロインの恋愛模様が彼女の興味を引いたのだった。
「……純岡クン、一人旅するつもりかな。奴隷の子の告白、断っちゃったけど」
「断った!?」
それまで拗ねたようにディスプレイから目を逸らしていた黒木田レイが、サキの言葉に大きく反応した。
「う、うん……レトルトカレー工場に就職させるんだって。……レトルトカレーって。どうやったら異世界でそんなの作れるのか、アタシ全然想像できないんだけど」
「――ふ、ふふふ。そうかそうか! まあね。シトはストイックな転生者だからね。たとえ異世界だろうと、そうそう簡単に美少女にたぶらかされはしない。ぼくは知っていたともさ」
「えっと黒木田さん……召使? は沢山連れてたほうがいいの?」
「そりゃもう。仲間は多いに越したことはないだろ? 自分で持っていないスキルを代わりに使わせることもできるし、戦闘型の召使を持ってれば戦術の幅も広がるだろ?」
何やら余裕を取り戻したらしく、レイは饒舌に語った。彼女が初心者のサキに対して親切なのも、元々、知識を披露できること自体が嬉しいタイプなのだろう。
「たとえば、自分の周りの人物が獲得した経験点の一部を吸収する【不労所得】ってCスキルもあったりするんだけど。それを使って、戦闘を含めた全部の労働を召使に任せる寄生型ってアーキタイプもあったりするのさ」
「へえ……頭いいな。ただCメモリで自分を強くすればいいだけだと思ってたけど……アタシの想像以上に、みんな色々考えてるんだね」
「異世界転生はまさしく第二の人生だからね! 沢山の定石が編み出されては消えていって、消えたアーキタイプが掘り起こされたりもする。将棋や囲碁にだって勝るとも劣らない。異世界転生は戦略のゲームなのさ」
レイの話を聞いて、サキも対戦データをもう一度眺めている。これまでは何となく、ステータスに表示される数値やスキルランクの大小で優劣を判断していたが――
「あれ?」
観客の端末内のステータス表示には、純岡シトのCメモリが開示されている。剣タツヤも使用していた【超絶成長】、ありとあらゆるスキルを得られる【全種適性】、そして【実力偽装】なるサキには未知のCメモリ。
だが、ドライブリンカーのCメモリスロット数は四つである。最後の一種だけは、観客が閲覧できるステータス情報でも【????】の表記で隠されているのだ。
「この【????】って?」
「シークレットスロットさ。ドライブリンカーのCメモリスロットは、三種類のオープンスロットと一種類のシークレットスロットで構成されててね。シークレットスロットだけは、たとえ相手の転生者が直接相手のステータスを見たって分からないようになってる。観戦者のぼく達にもね」
先程、純岡シトは奴隷の少女をドライブリンカーのステータス表示機能で確認して保有スキルのチェックを行っていた。転生者同士でもそれが可能であるなら、シークレットスロットこそが互いにとっての不確定要素ということになる。
「そしてこの予選トーナメントではフルシークレット制が採用されている……つまり対戦者同士は相手のオープンスロットの中身すらも知らない状態から戦うんだよ」
「そうなんだ……じゃあ相手がどんなCスキルを持ってるのか考えなきゃいけないんだね」
「そういうこと。相手の戦略を読んで対応するのさ。シトはそういう読み合いに関しては中学生転生者の中でも最強レベルだからね」
「……」
サキは黒木田レイの横顔を眺めた。
異世界転生のことは理解しきれていなくとも、モニタ内のシトを見る彼女の心の内に、尊敬や憧れだけではない複雑な感情があることは伝わる。
レイは、この関東地区予選トーナメントの第二回戦で純岡シトに敗北している。それは彼女自身が言うように、戦略の読み合いの差であったのかもしれない。
「じゃ……じゃあ、純岡クンの転生スタイルって何なの?」
「少なくとも、この試合でのシトは……」
――――――――――――――――――――――――――――――
超世界ディスプレイが映し出す映像の中では、屈強な戦士達がシトを取り囲んでいる。その一団を率いているのは、上質な武具に身を包んだ、一見して爽やかな優男だ。
「さて。シト・ハインデル君と言ったかな? ああ、間違っていたら申し訳ない……人の名前を覚えるのは苦手なんだ。特に、取るに足らぬEランク冒険者の名前はね。何しろ僕は、君とは格が違いすぎる。国家公認勇者なんだからね」
国家公認勇者ムンデルク。獣人や奴隷を虐げる下劣な本性をその裏に隠し、魔族討伐の本業においても数々の不正を働いている男だ。表向き強者としての知名度も高い。
「……その国家公認勇者様とやらが、一体どういう風の吹き回しだ?」
「ははははは。見て分からないのかな? ――決闘だよ!」
「ヒャハハハ! 今日はこのガキをいたぶっていいんですかい、ムンデルク様!」
「早く人間を切り刻みたァい!」
衆目が集まり、見るからに剣呑なムンデルクの傭兵達がシトを取り囲んでいるが……
――――――――――――――――――――――――――――――
「――最弱型。今回のシトみたいな戦術はそう呼ばれてる」
レイの答えに、サキは面食らった。
「最弱……って? いや、でもさっき中学生転生者の中では最強って……」
「ふふ。あくまで転生スタイルの話だよ。【実力偽装】を軸にしたアーキタイプをそう言うんだ」
無数の疑問符を浮かべたままのサキに、ルドウが解説を挟む。
「さっきから純岡がナメられ続けてる理由がそれだ。【実力偽装】のCスキルが発動してる限り、異世界のマヌケどもには純岡がEランクのクソザコ冒険者にしか見えねェ。つまり……どんな奴らからもバカにされることができるCスキルってわけだ」
「ええ~!? そんなことして意味なんてあるの!?」
いくら異世界といえど、待遇や地位は思い方が良いに決まっている。自分と接する誰かに侮られ、軽んじられることが有利になるような局面などあるのだろうか?
「IP獲得判定には評価の落差も関わるからさ」
レイが、サキの心中の疑問を汲み取ったように続けた。
「こっちの世界でだって、『弱いやつが実はすごく強いやつだった』って後から分かった方がインパクトは大きくなるだろ? その落差を利用してIPを稼ぎ続けるのが最弱型なんだ」
【実力偽装】。どれほど無敵の実力を誇ろうともその強さを偽装し、あらゆる対象から侮られることを可能とするCスキルである。
ドライブリンカーによるIP獲得判定は、相手がこちらを侮っていれば侮っているほど、同じ成果に対して得られるIP量には歴然とした差が生まれる。故にこのような、こちらの世界ではデメリットにしか思えないCスキルが一線級の能力となることがあり得る。
「つまり、シトにとってスタートダッシュはそれほど大きなハンデにならないのさ。まだ実力を見せてない相手に遭遇し続けないといけない分、一箇所に留まっていると効果は薄いし、最弱型のプレイング難易度は高いけれど……異世界転生の流れをうまく組み立てられる転生者が使えば、後半でも通用する倍率アドバンテージは本当に強い。自分の活躍と正比例で成長する正攻法なデッキじゃ、かなり勝ちにくいね。ルドウが二倍じゃ足りないって言ってた理由もわかったかな?」
「……どんなに活躍しても、有名にならないんだ。だから後半になるほど有利……速攻型のタツヤは、序盤の内に逃げ切らなきゃいけないんだね」
「ふふ。そういうこと。きみ、センスあるね。さすが剣くんの彼女だ」
「は!? か、彼女、とか……じゃないし!」
サキは、レイの追求から逃れるように端末に視線を落とす。
「……あれ? 純岡クンのオープンスロットのことは分かったけど……タツヤのオープンスロットは、【超絶成長】と【絶対探知】と……これ、何?」
「あー……」
先程まで饒舌な解説をしていた黒木田レイが、そのCスキルに関しては言い淀んだ。
「えっ何!? まさかこれ、変なスキルとかじゃないよね!?」
――一方。超世界ディスプレイ内、異世界における純岡シトの戦いは!
――――――――――――――――――――――――――――――
「シト・ハインデル……これまでも何度か『忠告』をしてやったはずだよなァ? 宿をブッ壊されたり毒殺されかけたりしても分からなかったのかい?」
高い知名度と邪悪さを兼ね備える国家公認勇者、ムンデルク・ゲスター。
シトの実力を侮り、積極的に敵対行動を取るこのような存在は、転生者にとってはIP獲得の格好の餌でしかない。
【絶対探知】を所有す剣タツヤに先んじてこの標的を確保できたのは、ひとえに純岡シトの転生者としての実力といえよう。
「迷惑なんだよ……君のようなEランク如きが、この僕を差し置いて夢想怪樹ネンディクオレトを討ったなんて噂が広まるとね!」
「なるほど。邪魔な存在を一方的な私刑で叩きのめすのが貴様のやり口というわけだ」
「『決闘』だよ? そういうことにだってできる。僕は選ばれた勇者だ……君のようなEランク風情とは存在の格が違うのでね!」
シトは既に腕のドライブリンカーを起動し、ステータス画面を網膜に表示している。〈聖剣術A〉。〈光聖魔法B〉。〈炎熱魔法C〉。〈奇襲B+〉。〈高速機動B〉。〈聖遺物獲得C〉。
ムンデルクの語る存在の格の程などは、ドライブリンカーの標準機能であるステータス情報で即座に把握することが可能だ。ムンデルクは何一つシトに及ぶスキルは保有していないし、これほど性格の捻じ曲がった男を奴隷として連れ歩くイニシアチブ価値も薄かろう。美少女でもない。
「はっきりと言っておこう。俺は確かに最弱の冒険者だし面子などどうでもいい。だが、降りかかる火の粉は払わなければならないな!」
――IP獲得言動である!
自分の低ランクぶりをあえて強調し、敵との実力の落差をアピールする。【実力偽装】を活かすためには、このようなプレイングが最も重要となるのだ!
「もう取り消せないよ……! 見せてやろう! 聖剣エルモスギャアアアアアアアーッ!?」
国家公認勇者ムンデルクは、シトの放った炎熱魔法の上昇気流で花火のごとく吹き飛び、民家の屋根を叩き割った。
「フハハハハハハハハ! 面倒だから、適当に負けてやるつもりで! 最弱の魔法で手加減したつもりだったが! やれやれ……どうやら、またやりすぎてしまったようだなァ!」
1,532,340IPを獲得!
これこそが最弱型! 旅の先々で全力の優越性を発揮する、絶対盤石のパターンである……!
……だが。颯爽と立ち去ろうとするシトの後ろ姿を呼び止める声があった。
「なるほど。確かに凄え奴だよ、お前はな……!」
「フン。何を言う……。俺はただのしがないEランク冒険者なんだが? いくら偶然勇者に勝ってしまったといえ――!?」
「いいや。俺は知っているぜ! お前の強さをよ~!」
まさしく剣タツヤの声!
だがシトが真に驚愕したのは、声に振り返り、その姿を見た後のことである。
「き、貴様……何だ、その状況は……」
「へ、へへ……! 驚いただろ! だがシト……お前は強え……! 俺が逆立ちしても勝てねえくらい、めちゃくちゃに強い奴だ。だったら……普段どおりじゃあ、勝てねえよな……!」
明確な異常は、おびただしい汗を流し、動悸を押し殺しながら語るタツヤ自身ではない。
彼の背後に立ち並ぶ、総勢四十名にも達そうという美少女の軍勢にある!
「バカな……剣タツヤ……貴様ッ! 使ったというのか! 女に対して全く免疫のなかった貴様が……!」
常に単独かつ最前線での戦闘を繰り返す速攻型は……通常、戦闘技能のない召使を連れ歩くことはできない。だが、当然にそれを可能とするCスキルもまた存在する!
望む数の対象を同時攻略し、その全員を確保し続けることができる。人間関係を自動調整し、通常発生する不和や不幸を完全に抑制する。決して欠員を起こさない。
【超絶成長】。【絶対探知】。そして、剣タツヤの第三のオープンスロットは!
「……まさか、【酒池肉林】を!」
――――――――――――――――――――――――――――――
純岡シト IP95,823,402 冒険者ランクE
オープンスロット:【超絶成長】【全種適正】【実力偽装】
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈高速抜剣SS+〉〈神代剣術A〉〈鬼の拳S〉〈光聖魔法A〉〈暗黒魔法S+〉〈炎熱魔法S〉〈氷雪魔法B〉〈風雷魔法A-〉〈神算鬼謀C+〉〈隠密機動S〉〈通商支配A〉〈完全言語S-〉〈再生細胞B〉〈奇襲回避A-〉〈完全鑑定B-〉他24種
剣タツヤ IP138,665,121 冒険者ランクS
オープンスロット:【超絶成長】【酒池肉林】【絶対探知】
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈我流格闘SSSS-〉〈竜血SS〉〈韋駄天SSS+〉〈防御貫通S+〉〈完全言語SS〉〈完全鑑定A〉〈氷雪魔法A++〉〈風雷魔法SS〉〈時空間制御A-〉〈王家の加護S+〉〈不死SS-〉他11種
――――――――――――――――――――――――――――――
「どういうことなのーッ!?」
星原サキは激昂して叫んだ。
もちろん、異世界の出来事とは分かっている……分かっているのだが。
「うるせーぞ星原……! チッ、しかし速攻型でこういう構成をしやがるとはな……剣の野郎、妙なところでセンスがありやがる」
「ハァ!? センス最悪だよ! なんでタツヤがあんなの使うわけ!? しかもあれ、女性の権利とかはどうなってんの!? CEDAWの批准は!?」
「あの……いや、つまりだな……ちょっと落ち着けるか、星原……」
「バカじゃないのーッ!」
「いや……仲間の数を増やすだけが狙いじゃない」
ルドウの胸ぐらを引っ掴んでガクガクと揺らすサキをよそに、黒木田レイはこの局面について真剣に思索を巡らせていた。
それはまさしく、純岡シトの戦術の根幹を封殺する妙手。
「まさか、剣くん……シトに読み勝ったのか? 速攻型に有利を取っていたはずのシトの最弱型のスタイルを逆に封殺している……!」
最弱型のプレイング難易度が高いとされる最大の要因は、発揮した実力と評価の落差が少ない環境においては、IP獲得倍率が上昇しないという点である。真の実力を周囲に把握されているほど、使用のデメリットに見合った効果が得られなくなっていくのだ。
そして同じ転生者である限り、直接見た相手のステータスを把握することができる。
「【絶対探知】でシトの位置を探知していたんだ……ここで直接接触するために!」
――――――――――――――――――――――――――――――
全国大会の地方予選はフルシークレット制が採用されている。相手のオープンスロット三種を見た上でシークレットスロットを選ぶのではなく、四種のCメモリ全てを試合開始前に決定し戦う、対戦相手への対策以上に自己完結的な転生の実力が問われる形だ。
だが、純岡シトほどの転生者であれば、敵が選ぶであろうCメモリは当然先読みし、その上を行く構築をしてくるだろう。故に。
「俺は読み合いがどうこうなんて、難しいことはてんで苦手だけどよ!」
――絶対的な経験の差を埋めるべくタツヤが選び取った戦略は、読み合いのアドバンテージを無意味にすること。
「こうやって! 直接オープンスロットを見ちまえば関係ねえよなァ~!」
無数の美女に囲まれ冷や汗を流しながらも、タツヤはステータス表示を展開、シトの通常スキル構成……そしてオープンスロット三種を確認する!
【超絶成長】。【全種適正】。【実力偽装】。
実際のところ、タツヤは試合開始前からシトの【実力偽装】を読み切ってシトへの接触を選んだわけではない。だが彼の一手は、計画的かつ繊細にIP実績を積み上げてきたシトにとっては致命的な一手である……!
「……確かに、これでお互いオープンスロットの読み合いに関しては五分というわけだ。ならばどうする? ここで俺を直接攻撃するか?」
異世界において転生者同士が接触する時、当然、お互いの転生体に直接攻撃を仕掛けることが可能だ。異世界に貢献している転生者を自分から攻撃を仕掛ける以上、仕掛けた側のIP下落は避けられず、同格の相手と戦う以上敗北のリスクを背負う手段ではあるが、対戦相手を永久に盤面から排除できる、古典的な勝ち筋の一つだ。
「スキル成長の不十分なこの中盤で転生者同士が潰し合えば……勝ったとしても重篤な欠損や後遺症が残るかもしれん。その状態で『単純暴力A+』のボスを倒せる自信が貴様にあるか?」
――だが、異世界転生は直接的な力比べで全てが決まるほど単純な競技ではない。
全ての異世界転生は、世界救済の速度を競う対戦競技であると同時に、世界の状況を二人がかりで改善していく協力プレイでもある。対戦相手の転生者を倒すことができたとして、異世界転生のクリア条件である世界救済を満たすことは絶対だ。直接攻撃で勝利した後でも単独で世界を救済できるほどの下準備や攻略計画が必要不可欠となる。
故に、互いが転生体を成長させなければならないこの中盤は、直接攻撃には早すぎる。
「――いいや! お前と戦うつもりもねー。かといって、せっかく見つけられたお前をこのまま放っておくわけにもいかねえよな」
【酒池肉林】で形成したハーレムの只中で、タツヤは笑みを浮かべた。
タツヤは異世界転生において初心者だ。シトと比べ、取り得る戦術の幅も狭い――故に迷いなく、その戦術を選び取ることができた。
「……シト。俺の仲間になれ!」
互いに搦手を封じるということ。得意とする唯一の戦い方で勝負を仕掛ける!
次回、第三話【後付設定】。明日20時投稿予定です。