【絶対探知】
「……二人のデッキは殆ど同じ」
観客席の通路を移動しながら、星原サキは呟く。
純岡シトと鬼束テンマ。全日本大会の準決勝にあって、異世界転生を司る神の采配が、偶然にもこの二人に同じデッキを手に取るように仕向けたのか。
――そうではないはずだ。これが中学最強の座に手をかけた転生者同士の戦いである以上、そこには確実に勝負師としての必然的な選択があったはずである。
「教えてくれる? 黒木田さん」
準決勝を観戦するサキは、ルドウやタツヤの席から離れ、遠くのこの席にまで移動していた。
第二回戦を終えたこの少女も、純岡シトの転生を見守らずにいるわけがないと思っていたから。
果たして……黒木田レイは、二階客席入口近くの片隅で、ひっそりと身を縮めるように座っていた。
レイが、伏せていた顔を上げる。今の彼女は露出の多いドレス姿を隠すように、毛布で体を覆っていた。
「……星原さん」
「あはは。やっぱりアタシ、異世界転生の素人だからさ。せっかく凄い戦いでも、詳しい人に説明してもらわないと分からないし、損しちゃうなって思うんだよね。タツヤはおバカだし、ルドウは口が悪いし」
「あの……でも、ぼくは……」
「もしも親切に解説してくれるくらい天才で、美少女の……中学生転生者が一緒に観てくれたら、とっても助かるなあーっ」
黒木田レイは、毛布に口元を埋めた。
ひどく情けなくて、逃げてしまいたいと思いながら、今このように観客席に座っているのは、それでもシトの転生が好きだからだ。
彼女には二人の戦略が分かる。生まれながらの天才であるから。そして何より大事な一人だからこそ、その先に見せてくれるものをもっと知りたいと思う。
「……前にシトと鬼束が戦った時。シトはどうして直接攻撃で負けたと思う?」
「それは……やっぱり、【魔王転生】を隠されてたから……? いきなりあんなにIP量が変わるなんてあり得ないことだったし……」
「そうじゃない。【魔王転生】は確かにIP計算を逆転させるCメモリだけれど、それだけなんだ。直接攻撃戦術に役立つわけじゃない。鬼束の【超絶成長】。それが本当の敗因だ」
「【超絶成長】……あの時の純岡クンのデッキって、確か【超絶知識】【産業革命】【運命拒絶】……それと、【後付設定】だったっけ」
「うん。Cスキルのコンボを駆使して善戦できたとしても、直接攻撃でものを言うのはやっぱり、純粋な戦闘能力だ。最適のルートで成長させた【超絶成長】には勝てない」
「……そして鬼束クンは、対戦相手への直接攻撃のリスクがない。人類への貢献者を倒してもIPが減少しないから。それは【魔王転生】でIP獲得対象が逆転してるから……だよね」
「そう。だから尚更、どちらも【超絶成長】は確定になる。しかも今回のレギュレーションは『単純暴力S+』なんだ」
ただ直接攻撃に負けないだけであれば、先ほどのレイの戦いのような【不朽不滅】という選択もあり得る。だが、Cメモリの枠は四つしかない。異世界転生に臨む転生者は、様々な必要条件を考慮し……そして最後のシークレットすらも想定して、オープンスロットを切り詰めなければならない。
「それを踏まえて。星原さんなら、どのCメモリを二つ目に選ぶ?」
「うーん。アタシはよく分かんないけど……なんとなく、【達人転生】や【集団勇者】は不利なような感じがするんだよね」
「……! どうしてそう思うんだい?」
「なんだろう。長丁場の……上限レベルの高い試合になるはずだから」
レイは内心で感嘆していた。サキの直感は、正しい。
【達人転生】で取得可能な達人スキルは、序盤でこそ無敵の威力を発揮するが、成長上限に関してはその限りではない。
大量のIPを得られる【集団勇者】も使いきりの効果である以上、試合が長引くほどにそのアドバンテージは低下していく。
「アタシなら……【弱小技能】かも」
「……すごいな。それは正しい選択だよ……理論上は。長丁場の試合になれば、【弱小技能】が一番役に立って、応用が利くCメモリなのは間違いない」
「そうなんだ。でも理論上ってことは……実際には違うってことだよね?」
「ん……前も話したことがあったかな。【弱小技能】は扱いが難しいのさ。ボーナススキルを集中的に使いこなそうとすれば、却ってそのスキルに振り回されることにだってなりかねない。一つ間違えると、人生の労力配分が崩れて負けてしまう。全国の舞台でいきなり試すようなデッキじゃないし、それができるのは、やっぱり外江ハヅキくらいなんだろうね……」
「じゃあ……【無敵軍団】?」
「そう。一番合理的な選択肢は【無敵軍団】。手数も総戦力も増えるし、敵の勢力を確実に削れる。基本のハイパー系に次いで使いやすいCメモリだからね」
事実、関東地区予選における鬼束テンマのデッキ構成がこの形であった。
対戦相手が内政を仕掛け、それを武力によって打ち崩す必要がある場合は、転生者単騎のみの侵攻では間に合わない。確実な統制が取れ、容易に倒れることのない【無敵軍団】を軍団指揮官として、面制圧を仕掛ける必要がある。
「でもこの試合は、二人とも【無敵軍団】を入れてない……?」
「――【絶対探知】があるからだよ」
【絶対探知】。シトとテンマの構成が重なった、二つ目のCメモリである。
「鬼束には【魔王転生】があるよね? 彼は人間の味方を倒しても、IPが減少しない……むしろ魔族にとって強力な敵であるほど、IPを獲得することすらできる。それはシトにとっても同じだ。鬼束に直接攻撃しても、その部下を倒しても、IPを得られてしまう。星原さんならどうする?」
「そっか……【無敵軍団】は……使わない……。いや、使えない……」
サキが予感していた通り、両者のCメモリの選択には、当然の流れがあったのだ。
【超絶成長】の存在が絶対の前提にあるこの戦いには、【無敵軍団】も【英雄育成】も……それどころか【集団勇者】も使ってはならない。
「強い仲間を育てるほど、敵のIPの餌にされるから! 【絶対探知】はそのためのCメモリだ……! 相手が育てたNPCを探知して、倒すために……二人とも!」
「――その通り。加えて【絶対探知】は、仮に敵が【無敵軍団】系の強化を狙ってこなくても、多くの不確定要素を潰せる、受け手の広いメモリでもある。適切なイベントを探知して、効率的に成長していくことだってできる」
「この状況で一番総合力が高いのは、【絶対探知】……そうだったんだ。二人とも、当然みたいにそこまで読んでた……」
「だから、Cメモリの三本め。ここからが、ようやくデッキ構築のスタートラインになる。……鬼束はその三本めも【魔王転生】で埋まってるかな」
「じゃあ、もうほとんど構築の余地なんてないんじゃ……? 鬼束クンって、それでも強いの?」
「……強いよ」
【悪役令嬢】を与えられてからのレイは、シミュレーター上でテンマに勝ち越している。速攻戦術を封殺し、内政において無敵を誇るレイだけに一方的に有利な状況を与える【悪役令嬢】ですら、全勝ではなかったのだ。
彼女が強者と認める転生者は、この世に二名。今、その二名の戦いが始まろうとしている。その様子を、固唾を呑んで見守る中……
サキは一度伸びをして、無造作にレイの隣に座った。
「ああ、すっきりした! ありがとね」
「……星原さん」
「なに?」
「……ん。その……ぼくこそ、ありがとう」
星原サキは、試合の解説以上の言葉をレイに求めたりはしなかった。
アンチクトンとして友を裏切ったレイを問い詰めることなく、それでも、この広い会場で真っ先に探し出してくれた。
「いいからいいから、暗い顔しないで! せっかくの全日本大会なんだから、楽しまなきゃ! ね?」
――――――――――――――――――――――――――――――
王都近くの場末の酒場で、威嚇じみた破砕音が響いた。
「グヘヘ……なかなか面白い坊主だぜ。だが、この服を汚した落とし前はつけてもらわないとなァ……? さっきの小娘だって、当然の仕打ちだ……赤竜騎士団のこの俺様の前に飛び出してきたから痛い目にあったんだぜェ~?」
赤竜騎士団S級騎士、ザルドブル・ドルゲステアは、無礼な駆け出し冒険者に下卑た笑みを向ける。
相手は見るからにみすぼらしいギルド支給装備。一方のザルドブルは、たった一人で幻想種の空鯨をも屠るS級騎士である。カウンター奥に震える店主は無法騎士の狼藉に為すすべなく失禁している。他の客も同じような有様だ。
「当然……こういう時の作法は分かってンだろうな? 決闘だァ……!」
「……俺にも準備がいる。決闘の日時はいつだ」
「あァ? そんなものあるかよ。テメーはこれから、俺様の好きな時に切り刻まれて、好きな時に這いつくばるんだよ。テメーがボロ雑巾になろうが、俺の飽きるまで何ラウンドでもだ。この街で俺にナメた口を利く野郎がどんな目に遭うか、他の連中にもよーくウッボアアァァァッ!!?」
「――それは助かる」
ザルドブルの全ての歯が拳圧だけで粉砕破壊!駆け出し冒険者が目深に被ったフードが自らが繰り出した拳の風圧に翻り、銀髪と酷薄な眼光が露になる。
駆け出し冒険者の正体は、我らが純岡シト!
「ならば今すぐでも構わんということだな」
床板を盛大に巻き上げながら壁までめり込んだ男は、再起不能。純岡シト、転生開始から九年時点のイベントである。
「……弱いな。品性にも乏しい」
IP獲得言動ではない。他の異世界と比較した、ごく素朴な事実の確認であった。
『単純暴力S+』。世界を脅かす敵はより強大であり、対する味方の質は低い。崩壊の差し迫った世界は治安の悪化も甚大である。
故に、現地の仲間を強化する【無敵軍団】系統の価値が相対的に下落するレギュレーションであるとシトは判断している。
「すげえ……!」
「あのザルドブルを一撃で!」
「あれが噂の、最年少A級冒険者のシトか!」
「もしかしたら、西壁剣峰の魔王も倒してくれるかもしれないねえ……」
「ははは婆ちゃん、子供にそりゃ言いすぎだって。王国の大隊だって手も足も出なかったって話だぜ?」
「待て。その情報を詳しく聞きたい」
西壁剣峰の魔王。【絶対探知】の情報が確かであれば、その地帯で魔族を纏め上げ、急速に勢力を伸ばしている男こそが、かの鬼束テンマであろう。
この異世界を脅かす脅威目標――森羅精霊にとっては、魔族も等しく攻撃対象である。【魔王転生】を持つテンマも、世界救済の難易度は人間勢力と同様であるはずだが。
「なんでも、森を切り開いて……工場? だかなんだかを作ってるって話だぜ」
「ああ。紙を束ねて……本を作ってるとか……」
「……活版印刷技術……!!」
決してあり得ない速度ではない。しかしそれは、【超絶知識】や【産業革命】などの内政系Cスキルを用いていた場合だ。
異種族への文字の普及。さらには印刷技術による教育の浸透。鬼束テンマは、僅か九年でその事業に着手したというのか。
(……文字と書物が普及すれば、口伝て以上に正確に、広く偉業を知らしめることができる。何よりも統一言語の完成は、征服をより強固にできる。今の時点から今後のIP獲得の下地を作っているのだ……! そのための活版印刷! 奴の転生には些かの迷いもない。強い……!)
だが、シトはそれを看過するしか選択肢はない。相手がDメモリの使い手といえど、この初期時点から直接攻撃に攻め込む事はできない。
中学生レベルの単独救済では、『単純暴力S+』の攻略はまず不可能だ。対戦する二名が同一の目的に向かって邁進し、互いに獲得IPをインフレさせ続けた末に、ようやく打倒可能な目標である。
敵でありながら、世界救済に必要不可欠な味方でもある。直接攻撃のみに的を絞った速攻型のデッキ構成は、本末転倒の愚策。
――故に【絶対探知】。それは敵の配下を探り当てる牽制のためだけの選択ではなく、全ての準備が整うまで、直接に対決しないためのCメモリでもある。
(……敵が文明を発展させるなら、こちらも文明。正面から戦うしかない)
その時、酒場の扉を開いて、小太りの男が駆け込んでくる。
シトの馴染みの商人であった。
「シトさん! やったアル! 臨時議会で特許法が成立! シトさんの発明、たくさんお金になるアルよ~ッ!」
「……計画通りだ。ならば次はサスペンションの開発! 自動車の普及に入る!」
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「――自動車。なるほど。どうやら純岡シトが企図しているのは、文明の鎧。人類の生存圏の強固化のようだ」
「馬にも劣る玩具に何ができますの? 人間らしい、愚かな鉄遊びですわ」
転生開始から十一年が経過。
生まれ持った遺伝子のためか、あるいは魔族の間で暮らしたためか。鬼束テンマは既に成人男性を凌駕する体躯である。
報告を告げた側近のサキュバスは豊満な肢体を接触してテンマを誘惑しようと試みていたが、いつものように無意味だと分かると、不満そうに体から離れた。
「今の技術段階ではそう見えるのも無理はないが――自動車の真の強みは、移動手段としての性能などではない。普及すればするほどに、道路の舗装と整備が必要とされるということ。各地域に公共事業を創出し……張り巡らされた道路インフラは文明の流通速度を飛躍的に高める。いずれ、辺境にすら王都同様の文明の力が浸透する」
「よく分かりませんけれど、おかしな話ですね。それだけ利点があるものなら、先に道路を作ってしまえばいいだけなのに」
「人間の内政を動かすセオリーは、魔族のように単純ではないさ」
一方でテンマもまた、各地の有力魔族や森羅精霊を打ち滅ぼしつつ、着々と文明の普及を進めているところだ。
既に、魔力で自動化された活版印刷工場を数十箇所に建設している。それらの工場で印刷された『教科書』は、世代交代の早いゴブリンやリザードマンに無償配布され、彼らに基礎教養を与えるとともに、種族を越えた統率の基盤を築いている。
「……君ならば分かるだろう、純岡シト。【超絶知識】がなければ、転生者は文明を伝達することはできないか? 【政治革命】がなければ、ゼロから新国家を樹立することは叶わないか? ――そうではない」
少なくともテンマはそうではない。最強の転生者たらんとするならば、その程度は元より使いこなせてしかるべきものなのだ。
戦術学。工学。言語学。薬学。経営学。彼は、現実から異世界へと持ち込める全ての歴史を学び、武器としている。その肉体のみならず頭脳までも、彼は常人を遥か凌駕する人造転生者であった。
「誰もが漫然と用いる自動車の内部構造。たかが風邪薬の化学式と製法。食卓に転がるマヨネーズの容器に至るまで……真に最強を目指す転生者ならば、転生のために、全てを糧にしなければならない! 異世界転生の強者であるということは、人生の強者であるということ! 純岡シト。君も私と同じだ。人生の多くを異世界転生に費やしてきた、純粋培養の戦士!」
同じくテンマを感嘆させた強者だとしても、純岡シトの強さの種類は、外江ハヅキとは明確に違う。シトの強さは、ハヅキのように多くの才覚に恵まれた者の強さではない。異世界転生の他を持たない故に、強くならざるを得なかった。
テンマは彼の人生について知る由もない。だが転生スタイルから伝わる純岡シトの虚無は、まるでテンマ自身の鏡写しのように思える。
「血が滾る。君ならば、この滾りの先を見せてくれるか……純岡シト!」
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純岡シト IP190,629,210 冒険者ランクS
オープンスロット:【超絶成長】【絶対探知】【後付設定】
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈無限剣SS+〉〈刹那拳SS〉〈空渡りSSS〉〈戦術予報A〉〈千里眼A〉〈工学A〉〈経済学A〉〈完全言語A〉〈完全鑑定A〉〈広域経営S〉〈鳳凰術S〉〈海龍術S+〉他20種
鬼束テンマ IP220,187,777 冒険者ランクS
オープンスロット:【超絶成長】【絶対探知】【魔王転生】
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈波動SSS+〉〈咬駕門SS+〉〈爆滅の魔眼S〉〈究極肉体SS〉〈第六感SS〉〈魂備蓄SS〉〈政治学S〉〈カリスマSS〉〈完全言語S〉〈完全鑑定B〉〈空獅術SS+〉〈界蛇術A〉他23種
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――ネオ国立異世界競技場から遠く離れた高級住宅街。
正確には、高級住宅街跡地と化した瓦礫の山である。
「……まずは、話をしてみませんか?」
エル・ディレクスはズタズタに破れたスーツの上着を脱いだ。超常的なスキルの数々によって外江ハヅキに映像の送信を続けるボタンカメラだけは守っているが、それもいつまで続くか。
「そもそも世界の違う転生者を排除しても、異世界転生の勝利には何も貢献しませんからね。あなた方もそうでしょう?」
「ふーん……大体事情は分かったけど。なに? この世界の転生のルール、あんたが考えたの? あのバカらしいのをさ」
「……いいえ。私の世界に分岐しているドライブリンカーが、そういうシステムであるだけです。あなた方のルールは違うのですか?」
金髪の青年――ニャルゾウィグジイィが、ドライブリンカーを左腕に呼び出す。
この世界に普及しているものと同じように見えるが、恐らくは、僅かに違う。
どこか遥か上位の世界から、ドライブリンカーは無数の分岐世界に下ってきた。持ち込まれた世界に様々な形で定着し、複製され、さらに別の世界へと分岐していく。全容を把握できぬ、無限の系統樹のように。
その進化過程における一つの形が、エルをはじめとしたこの世界の転生者が持つ、IPを用いたスキル成長システム。世界を救う異世界転生の指向性を組み込まれたドライブリンカー。
――ならば無論、そうではないドライブリンカーがあり得る。
この世界におけるCスキル使用。大葉ルドウが研究所で見た観測機器は、WRAも観測結果を逐一監視するものであった。当然、国家を総動員したとしても現代の軍事力如きが対抗し得る域ではない。異世界からの転生者であるエルが直々に出向いて、なお打倒が叶うかどうか不確定な世界脅威。その懸念の排除のために彼女は来た。
「観光だよ」
「……?」
「こんなの、観光用の玩具だ。20年くらい過ごすのがルールでさ。異世界からのエネルギーの回収がてら、反則で気ままにスローライフを楽しむんだ。反則の力で世界救済とか、偽善にもほどがある。子供の妄想かよ」
「……あなた方の転生にIP連動がないということは、取り寄せた転生ログで知っていました。やはり……原因はメモリではなくドライブリンカー側。そちらの世界のドライブリンカーには、元々IP連動機能が搭載されていない、ということですね」
エルの世界のドライブリンカーに、後からIP連動システムが組み込まれたのか。あるいはニャルゾウィグジイィの世界のドライブリンカーが、元々存在していたシステムをオミットしたのか。
どちらが正しい形であったのか、それはさしたる問題ではない。世界間の干渉が一方通行である以上、誰にも答えの出せない物事なのだろう。
「……異世界を滅ぼし、潜在エネルギーを回収するための兵器」
「はははははは。兵器じゃないって。玩具だよ」
エルは戦闘態勢を取った。打撃衝撃を原子核の自転運動へと共振させスピン編極核融合反応を引き起こす、〈核力発勁SSSSSS〉の構えである。
「マジになっちゃって……あんたが手出さなかったら、あと一ヶ月か二ヶ月くらいは、この世界も長生きできたと思」
脇腹に衝撃が突き刺さった。エルの打撃は30mの距離を隔てて瞬時に到達した。無敵の【異界肉体】を持つニャルゾウィグジイィの体が半回転した。
宙を舞う間に、足がかりのない空中にエルが現れる。地球上の遍く物質反応を凌駕する速度で打ち込まれた拳は、しかし【異界肉体】の圧倒的な反射速度に迎撃される。
両者の拳の間、水素原子が極小の核爆発を起こす。爆風が彼我の距離を再び離す――否。
到達地点の背後。既にエル・ディレクスが存在している。戦闘余波で折れ飛んだ道路標識を、居合じみて構えていた。
距離や障壁の概念を無意味化するスキル。〈トンネルエフェクトSSSS+〉。
「剣禅一致。剣の到達点は無念無想の極地であって、故に世界と合一である――」
黒い剣閃。
世界が即座に断裂した。
地表から空へと伸びた概念無視の切断線は、エルと青年の延長を結ぶ人工衛星を一つ消滅させた。
「……故に。アカシック柳生。“無明瀑流”」
エルの意識に油断はない。〈予知SS〉。〈超並列思考SSSS〉。数秒先の光景を知覚している。〈アカシック柳生SSSSS-〉にて振るった『止まれ』の標識が超絶の威力と強度で振り抜かれて、横合いからの蹴りを受けた。ニャルゾウィグジイィは無傷。笑っている。
「面倒くさいなぁー。僕、戦いにきてるんじゃないんだけどなあ!」
「……」
条理の通じぬ、極北の身体能力。斬撃詠唱動作の因果を遡って数秒前に切断を発生させる〈アカシック柳生SSSSS-〉すらも回避している。
ニャルゾウィグジイィは……その身に斬撃が触れたことを知覚した後、肉体の速度だけで回避していたのだ。それも、〈トンネルエフェクトSSSS+〉で不意を撃たれた状態から。
「あなたは……ぐっ!?」
光が弾けた。
眼前のニャルゾウィグジイィが拳を放ったが、エルが知覚できた打撃物量は五桁までが限界であった。地殻が陥没して、市街は攻撃余波で溶融した。
「――無駄だって。とっくに知ってるだろ?」
(……戦闘スキルを、これだけ極めても)
一切の破損を無効化し、さらに肉体の完全性を保ち続ける〈完全構造SSSS+〉〈不滅細胞SSSSS+〉を以てして、無視のできないダメージが刻まれている。
WRA会長エル・ディレクスには、長い転生の中で極めた無数のスキルが存在する。
しかしその転生者であっても逆らう事のできない、唯一絶対の原則。
「Cスキルに勝つことはできない」
――――――――――――――――――――――――――――――
エル・ディレクス IP6,249,962,303,610 冒険者ランクSSSSSSS
オープンスロット:【産業革命】【倫理革命】【超絶知識】
シークレットスロット:【複製生産】
保有スキル:〈核力発勁SSSSSS〉〈アカシック柳生SSSSS-〉〈完全構造SSSS+〉〈不滅細胞SSSSS+〉〈超並列思考SSSS〉〈分子欠陥知覚SSS〉〈予知SS〉〈トンネルエフェクトSSSS+〉〈完全言語SSS〉〈完全鑑定SS〉〈資産増殖SSSSS〉〈未来工学SS+〉〈未来物理学SS〉〈未来経済学SS〉〈絶対名声A+〉〈料理D〉他1968種
ニャルゾウィグジイィ IP-202
オープンスロット:【異界肉体】【異界王権】【異界軍勢】
シークレットスロット:【異界鑑賞】
保有スキル:〈格闘N/A〉〈話術N/A〉〈心理学N/A〉〈日本語N/A〉
次回、第二十五話【巨竜転生】。明日20時投稿予定です。




