【超絶成長】
「……圧倒的ッ! 剣タツヤ選手、圧倒的な勢いです! 没落貴族の家庭に生まれ、僅か十年で20,129ものIPを獲得! 純岡シト選手と、二倍近くの差をつけております!」
超世界ディスプレイは、異なる世界における二人の転生体の活躍を映し出す。
元は時間概念が異なる異世界を観測するための技術であったが、今は異世界転生の観戦用としては無論のこと、一般家庭のテレビや携帯デバイスのオプション機能としてもごく当たり前に見られるものである。
異世界における長大な一つの人生をAIが自動編集することで、まるでテレビ越しにスポーツを観戦するように、時には俯瞰し、時には詳細に眺める――そのような芸当までが可能になったからこそ、異世界転生は娯楽としてここまでの発展を遂げたのだといえる。
「何が圧倒的だ。剣の野郎……モタモタしやがって」
ディスプレイを眺める観客の中に、薄汚れたダークグリーンのパーカーを着た少年の姿があった。三白眼の目と、サメの如き鋭利な歯は、いかにも凶暴な印象を与える。
「二倍程度の差じゃあすぐに抜かれるぞ」
大葉ルドウ。第一回戦にてタツヤに破れた、強豪の転生者であった。
彼のすぐ隣に座っている少女もやはり中学生だが、髪を鮮やかな金髪に染めている。
「え……!? でも20,129って……分かんないけど、結構すごいポイント……なんじゃないの? 純岡クン、この分だと当分追いついてこれなくない?」
星原サキは剣タツヤの幼馴染だが、異世界転生の観戦はこの大会が始めてだ。
故にこの転生序盤の応酬について、右も左も分からないでいる。
「フン。ド素人が」
「……じゃあそこは、ぼくが説明しよっか」
ルドウとは逆隣の席から、涼やかな声がかかった。
中学生離れして端麗な容姿と、首の高さで二つ結びにした黒髪。
「天才美少女中学生転生者の……ふふ。この黒木田レイが」
「ケッ……テメーは二回戦負けだろうが」
「一回戦負けのきみに言われるのは心外だな。しかも、ぼくの相手はシトだぜ? きみだって彼の実力は認めてるだろ」
「ごめんね。ルドウも同じ学校なんだけど、口が悪くってさ」
「……なんでもいいけどよォ~」
ルドウは不機嫌なまま、ディスプレイへと視線を戻す。
タツヤが繰り出した拳の一撃で、城ほどもある巨獣が崩れ落ちたところであった。
「テメーらが駄弁ってる間に、そろそろ試合が動く頃合いだぜ」
「わっ、今倒したのドラゴンじゃない!? めちゃくちゃ大きかったけど……向こうのタツヤ、まだ12歳くらいだよね……!?」
「当然さ。【超絶成長】のCメモリなら、当然。それはもう物凄い倍率で経験点が入って、普通に暮らしてるだけで世界最強くらいにはなれるからね。一度決めた成長方針を全力で貫き通せる剣くんにとっては、一番相性のいいCスキルっていっていいんじゃないかな」
「そっか……凄いんだな、タツヤ……ってか、やばいね転生……」
剣タツヤの転生スタイルは、その直情径行をそのまま表すかのような速攻型。
誰よりも早く最強となり、誰よりも早く巨悪を叩く。
対戦データに表示された四種の使用Cメモリを見る限り、それはこの準決勝でも変わらないようであった。
「――しかも剣くんの場合、【絶対探知】も使ってるな? どこに行けば自分が狩れそうなレベルのドラゴンがいるかなんて、全部お見通しってこと」
――――――――――――――――――――――――――――――
「親父……! これまで育ててくれたことには、圧倒的に感謝してるッ!!」
全力の土下座であった。
東方ウィンアルツェ領、ファイゲルツ公が長子、タツヤ・フェム・ファイゲルツ。
それが剣タツヤの転生体の名称である。
「い、いや……まあ、いくら転生って話が本当でも、仮にもわしの息子だし……意味もなく捨てたりしたら世間体悪いし……そういうアレで、今まで育ててきただけだし。恩に思わなくても、まあ」
「それでも、アンタは俺の親父だ……!」
父の手を取って、タツヤは叫んだ。
「俺は、これまで転生してきた全部の異世界のみんな! 本物の家族だと思ってるッ! アンタもその一人だ……! だから、今日こそ……俺が独り立ちできるようになった、今こそ! この俺に、恩を返させてくれよッ!!」
「うう、暑苦しい……! わしの息子暑苦しいよォ……!」
「もう敷地の中にまで持ってきてるぜ! 正真正銘、エイン王国の三百年の敵! 神竜の一柱……赤溶竜グラなんとか!! 俺がきっちり脳天殴り砕いて、ブッ殺してやったからよッ!!」
「ええ~ッ」
ファイゲルツ公は面食らい、自宅の窓の外を見て、そして現実から逃避するべく視線を戻した。もう一度見て、目を逸らした。
……ずっと、あれが庭にいたというのか。
世界の原初より存在する神造災禍の一つ、赤溶竜グラジャルグの巨大な死骸が庭にそのまま転がされていたが、全ては何かの錯覚に違いなかった。
「何もかも……俺をここまで育ててくれた、アンタの功績だぜ! 王国からジャンジャンお礼をもらって、家を立て直してくれよな……!」
「いや、本当困る。普通に困るよこれ」
「俺は、旅に出る」
決意に満ちた、そして反論をまったく許さぬ眼差しであった。
ファイゲルツ公が何かを言い返す余地は全くないと言ってよかった。
「冒険者になって……この世界をめちゃくちゃにしやがった聖神ルマを、俺のこの手でブッ殺してやる……!」
「君の冒険者観、異様にスケール大きくない!?」
「だからここでお別れだ。……親父」
タツヤは、この世界の父と熱き抱擁を交わした。
「ずっと忘れない!」
(タツヤ……初めて、私のことを親父と……)
「神をブン殴りに、行ってくるぜ!」
生まれてから去る時まで、まるで炎の如き勢いの息子であった。
この世界とは別のどこかから現れた者なのだという。
確かに、一つの世界で留まるような器ではなかったのであろう。
その旅立ちを見送ったファイゲルツ公は、今一度自宅の庭を見た。
世界の始まりより存在する神造災禍の一つ、赤溶竜グラジャルグが死んでいた。拳の一撃で脳天を砕かれて、舌をだらしなく垂れている。
「いや。困るわこれ……」
――――――――――――――――――――――――――――――
「さて、冒険者ギルドだ。転生者なら必ず通る道だね。サキちゃんは治安の悪いギルドと治安の良いギルドなら、どっちを選ぶかい?」
「え……そりゃ、アタシなら治安の良いギルドにするけど……」
「はい不正解~」
「ルドウくんは茶々を入れないでくれるかい。今、IPの説明をしてるんだから」
「えーと、つまり……? さっきから思ってたけどIPってさ。何の略なの?」
サキは長い金髪を不安げに弄りながら、レイの顔色を伺う。
異世界転生。彼女にとってはまさにこの競技の世界そのものが、今まで知らなかった異世界だ。
「――イニシアチブポイント。それは異世界における人生そのものの成功指標と言ってもいい。IPを多く獲得すればそれだけ一般スキルも成長していくし、判定に持ち込んだ時もこのポイントの多いほうが勝ちだからね。だからぼくたち転生者は、このIPの大量獲得を目指して序盤の人生を進行することになる」
「イニシアチブ……ええっと、なんだっけ。主導権とか、そういう意味?」
「その通り。現地住民に対して、どれだけの優越性を示すことができているか……! 無難な人生を送ることなく、より鮮烈な成功を納めた者こそが、異世界転生における強者なんだ!」
「……要は」
ルドウは鮫のように嗤って、レイの言葉を継いだ。
「逆らってくるクソ野郎をどれだけブッ殺したかのポイントだ。悪党どもを見つけ次第ブチ殺せば、社会的地位だってどんどん上がってくんだからよォ~」
「む。それはきみの転生スタイルだろ。偉い王族や神霊と交流して認められることでもIPは獲得できるさ」
「えーっと……それって正反対に聞こえるけど。つまり?」
「……あァ? 力を見せつけるってことだ。簡単だろ? 絡んでくるクソには一人残らず力の差を思い知らせて、善良で力を持ってるお偉いさんは全員味方につける。異世界のザコ連中にどれだけ凄えと思わせられたかどうかが、IPなんだよ」
「じゃあいきなり最強のドラゴン倒しちゃったとか、タツヤ絶対すごいじゃん!」
「そう単純な話でもねえんだよ。話聞いてたのか?」
ルドウは、超世界ディスプレイのIP表示を眺める。
IPは43,289。確かに圧倒的な戦果ではあるが、彼が速攻型の転生者であることを鑑みるなら、全国のレベルにはまだ足りない。より効率的に、IP獲得量をブーストする必要がある。
「ドラゴンを狩ったことを見せつける相手がいないと始まらねえ。それも、こっちをナメてかかる連中……無意味に絡んでくるクソ野郎。そういう連中に対する落差があればあるほどいい。俺らが治安の悪いギルドの方を選ぶのは、そういう理由だ」
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「よし……! こっちのギルドにするか!」
剣タツヤは、こうした転生者としての基本的なセオリーを殆ど知らぬ初心者だ。知らぬまま、天性のセンスのみでこうして勝ち続けている。
冒険者登録を行うべく彼が選んだギルドは、窓ガラスが割れ、血飛沫が染み、看板などは半分焼け落ちている、彼の美的感覚が『面白そう』だと判断した店構えのものであった。
「タツヤ・フェム・ファイゲルツ! 冒険者志望だッ! 手始めにえっと……なんだったっけか……赤溶竜グラ……グラムボンの鱗を持ってきたからよ~ッ! さっそくこいつで俺の冒険者ランクを決めてくれよ!」
「おいおいおい、なんだこのガキは!」
立ち上がった男は、タツヤの二倍近くの体躯を誇る巨漢。
剣呑な髭面に、自らの身の丈以上の大剣を提げる、このギルドの治安状況を反映したかの如き存在であった。
「分かってんのか? 暴力がここのルールだぜ! お前みたいなEランクにも満たねえ駆け出しの小僧がイキがれるような、お優しい世界じゃあねえんだよ。このBランク冒険者、塵殺のジャイボルに痛い目にあわされたくないなら、その竜の鱗とやらを置いてガパーッ!?」
顔面に拳! 冒険者の台詞の途中である!
鼻骨完全粉砕し、酒場の卓を立て続けに四つ叩き割りながら、Bランク冒険者は壁に激突。そのまま動かなくなる。
「ヘッ……! 思わずブン殴っちまったが、こっちのほうが話が早えーだろ……!」
その拳は神話時代のドラゴンをも殺傷する威力であるが、無論、手加減はしている。
転生者は通常、そのようにする。出会い頭の殺人行為は異世界における社会的地位を失墜し、それだけでIPを大きく減じる行為となるからだ。
だがタツヤは、転生者としてのセオリーを殆ど知らぬ……そういう危うさがある!
「なんだこのガキ!」
「とんでもないヤローだ!」
「ふざけやがって! 囲んでやっちまえ!」
「俺たちも暴力権利行使だ!」
「いいぜ……! 上等だ! 一人ひとりなんてまどろっこしいことはしねえ! 分かりやすいほうがいい!」
タツヤは上着を脱いだ! 竜をも砕く拳を構え、卓上で仁王立ちに宣言した!
「全員だッ!! 全員まとめてかかってきやがれェェ――ッ!」
「「「「ウオオオオオオオ――ッ!!」」」」
――――――――――――――――――――――――――――――
「す、すごい勢いで剣くんのIPが溜まっていってる……あの場の冒険者全員に圧倒的パワーを思い知らせているんだ!」
「いいの!? あの、アタシ詳しくないんだけど……人、殴りまくってるけど!? 絶対やばいよねこれ!? 本当にいいのかな!? こんなんで本当に人生成功してるって言っちゃっていいのかな!?」
「ああ。確かに剣の転生スタイルは普通じゃねー」
サキの困惑に、腕組みしたままのルドウが珍しく同意した。
「……だが、その型破りなところが、あの野郎の強さなのかもしれねえな……」
「そういうことじゃなくってーッ!」
異世界転生による世界救世。
それはサキの想像を絶する戦いであった。
幼い頃からの男友達はずっと前から、その壮絶な世界の渦中で戦っていた。
加えて言えば、サキの父親はそんな彼を毎日のようにトラックで轢き殺している。
「そ、そうだ……純岡クン! あっちの方なら、多分……もうちょっとくらいはマシなことやってるはず……!」
サキは、もう一つのディスプレイへと視線を移す。
青枠のディスプレイは、今まで彼女達が見ていたタツヤ視点とは異なる人生を映している。すなわち、対戦相手である純岡シトの人生を映し出しているはずだった。
奇しくもこの時点におけるシト側のイベントも、冒険者ギルドへの登録である――
――――――――――――――――――――――――――――――
「オイてめぇ!! 誰に歯向かったか分かってんのか? 俺らは奴隷商ゲボドルフ様のお抱え冒険者だぜ!」
「ヒャハ! 痛い目見たくないなら……とっとと身ぐるみ置いてきなァ!」
「ただの冒険者ギルドだと思ったてめぇの間抜けさを恨むんだな!」
「ほう……貴様ら奴隷商と繋がっているのか」
シトは目を閉じたまま呟く。酒場を埋め尽くす荒くれ達の敵意に囲まれながらも、純岡シトの表情と佇まいはあくまでクールだ。剣タツヤとは全く違う、氷の如き知性である。
「……それは都合がいい」
「んだてめぇ! やろうってのか!!」
そのシトに対し、蛮刀を振り上げて襲いかかるBランク冒険者!
「ギャババーッ!?」
直後、酒場が爆砕した。シトが冒険者の額を中指で弾き、その勢いで建物の壁面を貫通、向かいの廃屋の二階部分に磔にしていた。
「ちょうどいい。……一人ずつでは非効率的だからな。分かりやすい方がいい」
シトは酒場の中央へと進み、そして高らかに宣言した。
「全員まとめて――この俺にかかってくるがいい!」
純岡シト。現在18,802IP。
第一スロットのCスキルは……タツヤと同じく、【超絶成長】!
次回、第二話【実力偽装】。明日20時投稿予定です。