ビッグマウス
次の日、僕は平穏に学校にいた。宇宙人のお遊びに付き合わされ、命の保証があったとしても、めでたく留年じゃ割りに合わない。ヲンは不服そうだが、全てが終われば元の生活に戻すという約束が効いて納得させた。しかし、授業を聞きながらも、これからどうべきか考えなければならない。具体的には、エナジーの収集法だ。
エナジー、正しくはフィアエナジーというそうだ。これこそ宇宙人同士で考えた設定の肝だ。人が恐怖を感じるとフィアエナジーになり、それは怪人等が人間を直接的に恐怖に陥れないと手に入らないらしい。まぁ普通に考えれば襲って、恐怖を与えろってことだろう。エナジーを集めると部下である宇宙怪人、略して怪人を作ることができる。ヒーロー達は怪人を倒すとエナジーが手に入る。怪人を造る→怪人が人間を怖がらせてエナジーを手に入れる→ヒーローが怪人を倒してエナジーを手に入れる→人を怖がらせて手に入れたエナジーで怪人をつくる、このループだ。
エナジーを集める為に怪人が必要だが、タガゲルゲが造ったの怪人でエナジーをほとんど使ってしまったらしい。残ったエナジーでは、人間のプロレスラーと戦って勝てるかどうかくらいのエナジーしか無いらしい。ほぼ詰んでいるこの状況で、どんな怪人を作って、どうやってエナジーを集めるか考えた。
学校から帰ったら、ヲンが部屋にいた。
「玲二はどんな怪人を作るんだ?早く決めて欲しいんだ。」
「急ぎたくはないよ。弱っちい怪人でエナジーを集めないと負けるんだろう?慎重に行くべきだよ。」
僕の正論に対して、ヲンが困った顔をする。
「それはそうなのだが、毎週日曜日に怪人を出してフィアエナジーを集めないと規則違反で負けになるんだ。」
そうか、毎週日曜日か。テレビの放映に合わせて、宇宙人達で決めたルールがあるのか。それに平日だと学生や社会人はヒーローとして出動できないもんな。僕も学校があるし、とても助かる設定だ。
「わかった。じゃあ、能力は低くても構わない。というか、強い怪人を作れるほどのエナジーはないよな。代わりに特殊な能力をつける。中性的な、女性と間違えそうな男で頼む。」
「それでヒーローに勝てるのか?相手はかなり強かったぞ。」
ヲンが不安そうだ。
「エナジー的に、どんな怪人でも勝てないだろ?だったらギャンブルするしかないよ。リクエスト通りの能力の怪人にしてくれ。それでエナジーを集める方に集中させるんだ。エナジーをとにかく集めないと、強い怪人が造れないだろ?」
なけなしのエナジーで造ったこの怪人がエナジーを集められなかったら、どのみちこちらの敗けだ。僕はヲンに怪人を造らせ、エナジーを集める計画を打ち合わせた。
秘密基地には巨大なクリスタルがあり、その中の全身白い衣装の美女がいる。
「朱梨さん、今回の活躍ありがとうございました。宇宙怪人を素早く倒し、洗脳された地球人も解放できたので、この調子ならあと一回怪人を倒せば地球は侵略から守ることができます。」
「そうだといいね、アイ。でも、何時来るかわからない敵を待つなんて、ストレスがたまるよ。」
朱梨には、週一、しかも日曜日限定で戦うなんて情報はない。宇宙人のお遊びに付き合わされてるのがばれたら、怒るじゃすまないだろう。アイは柔らかな笑みを浮かべて話を続ける。
「宇宙怪人が現れたらすぐに連絡をしますので、普段通りの生活をしていてください。」
美女は穏やかに朱梨を諭す。
「そうは言っても落ち着かないよ。せめて仲間がいればいいんだけど。僕以外に誰かいないの?」
「朱梨さんの他にもヒーロー候補は見つかっています。しかし、朱梨さんをビートルレッドにするためにジャスティスエナジーを使いきっていますので。」
「そっか、なら私だけで倒しちゃえば良いんだ。ん?でも何であと一回って分かるの?」
美女のうっかりミスに遅れ馳せながら反応ができるくらい、朱梨は賢かった。だからこそ、タガゲルゲとその怪人に戦力的に不利な状況から勝利できたのだ。
「宇宙怪人達が最初に持っていたフィアエナジーの総量は調査済みで、ほぼ正確に分かっているのです。この間の怪人の強さから考えると、そのフィアエナジーのほとんどを使いきっているはずです。宇宙怪人の出現から、朱梨さんと宇宙怪人が戦うまでの時間を考えると、その間に地球人を襲って手に入れたフィアエナジーはそんなに沢山ない筈です。」
スラスラと嘘をまことしやかに言えるくらい、アイも知恵が回る。朱梨も素直に信じてしまった。
「でも、何で私だったの?」
「あの時、宇宙怪人の出現場所に、私はすぐに急行しました。私には宇宙怪人を倒す力はありません。あの現場近くで、正義の波動を感じたのが朱梨さんだったのです。」
「なるほどね、僕が断るとは思わなかったの?」
アイはヲンよりも用意周到だった。ヒーロー候補を限定せず、複数人を調査し続け、その適性や能力を確認していた。宇宙怪人が出現した瞬間にヒーローになることを依頼し、短時間で判断して了承してくれる可能性まで考えていたのだ。
「朱梨さんを信じていましたから。」
微笑み中に、ゲームをハイスコアでクリアした時の自慢気な感情が隠れていた。アイは最初の戦いで、完全勝利するように考えていた。1年間かけて戦う気は無かった。女子をレッドにしたのも、ヲン達の油断を誘うため。朱梨より強い人物も何人もいたし、その人物にヒーローとなってもらうこともできたが、宇宙怪人の出現場所に近くでヒーローをスカウトする事を優先した。宇宙怪人がフィアエナジーを集める前に宇宙怪人と戦闘し、フィアエナジーを集めさせないことを最優先し、狙いは見事に当たった。ヲンはもうほとんどフィアエナジーを保有していない。勝利を確信したアイは想定される最期の戦いを前に油断していた。
「怪人の反応はここ?」
朱梨が疑問に思うのは当然だった。山梨県にある遊園地で感じられた怪人の気配に急行したものの、辺りはトラブルが発生したような緊迫感は無かった。
「油断は禁物です。ここなら宇宙怪人が出没しても、不自然ではありません。」
頭の中にアイからの考えが伝わる。これもバングルの機能らしい。朱梨はビートルレッドに変身しようとして、止めた。怪人もいないのに変身しては、コスプレイヤーと勘違いされるだろう。不意討ちに注意は必要だが、生身でも雑魚キャラを倒すことが出来るくらい強化されている。
遊園地での最終決戦に、アイは緊張と興奮を隠せなかった。ヲンは遺されたエナジーを使いきり、華々しく散ってくれるのだろうと。しかし、様子はおかしい。宇宙怪人が出て暴れているような雰囲気はなく、全くの通常営業だ。アイにとっては不幸なことに、宇宙怪人のエナジーが弱く、さらに常時エナジーを必要とする特殊行動をしていないらしく、存在の感知に時間を要していた。宇宙怪人の居場所が特定できたのは、開演から4時間、既に昼飯時を過ぎていた。場所はお化け屋敷。この遊園地の人気コンテンツで、ゴールまで30分以上かかる大掛かりなものだ。
「このお化け屋敷の中に怪人がいて、人を襲っているの?でも、それって。。。」
お化け屋敷は行列で、SNSで検索するといつもよりも怖いと評判だった。こうなってしまうと相手はフィアエナジーを稼いだ可能性が高い。開園時点での興奮と緊張は、不安と焦りに変わっていく。レッドだけで完全勝利を考えていたアイだったが、計画を修正して次のヒーロー候補を探し始めていた。
「ここは、、、入らなきゃダメ?」
朱梨が弱気だ。テレビでも何度も取り上げられる恐怖の巨大お化け屋敷に一人で入り、宇宙怪人を探して倒すのは難しいだろう。しかも、宇宙怪人は遊園地内で違和感無く地球人を恐怖させている。敵ながら良く考えたと、アイはヲンに感心していた。実際にはヲンの計画では無かったのだが。
「作戦を変更しましょう。閉園後に宇宙怪人を見つけて倒します。宇宙怪人は、社員さんかアルバイトさんに変装してお化け屋敷に入り込んでいる可能性があります。出来れば事務所などを調べて、従業員の情報が欲しいのですが。」
「そうだね、普通怪人が現れたらパニックになるはずなのに。きっと上手く従業員に入れ替わったに違いないね。もしかしたら変装して、本人は何処かに閉じ込められているかも。」
アイは朱梨をお化け屋敷に潜入させることを諦めた。この状況では変身は出来ないし、そうなると宇宙怪人に捕まるリスクもある。幸い新しいヒーローのスカウトには成功し、遊園地にあと数十分で到着できる。ほぼ丸一日、フィアエナジーをヲンに与えてしまったが、それはもう割りきっていた。
「今回は見事に出し抜かれました。」
アイは心の中で呟く。気持ちを切り替え、目の前にいるであろう宇宙怪人を倒すことを目的とする。しかし、完全に有利な状況からの大逆転で、アイも朱梨も思考が鈍ってしまっていた。従業員の服装をした、小柄な清掃員が朱梨の真横に来たことに対して、反応が遅れてしまったのだ。
「失礼します。ずっとお化け屋敷の前におられますが、待ち合わせでしょうか。館内放送等をいたしますか?」
従業員の丁寧な口調に好感がもてた。
「いえ、待ち合わせじゃないよ。心配しないで。」
朱梨は従業員に対して丁寧な返事をして、目線を合わせた。
「!」
声がでなかった。従業員の顔は大きな口となり、口腔内は嫌悪感と恐怖を感じる突起や、鱗、触手で埋め尽くされていた。顔からの変化を直接、心の準備もなく見てしまった朱梨は、意識を失った。
「肉体の強化は出来ても、精神的な強化はできない。成る程、大変参考になったよ。」
ヲンは感心していた。
「レッドの顔がわかっていたのも大きかったよ。お陰で先手を取れた。後はあの子を殺す、のは嫌だから、捕まえて連れてきてくれれば此方の完全勝利だね。」
「そうそう、ヒーローを殺すのは禁止事項だ。回収にしてくれ。」
ビックマウスは再び人間の顔に戻り、気絶した少女を抱えた。そして、お化け屋敷の事務所から車椅子を持ち出して、体調不良のお客を運び出すという体で朱莉を運び出していく。
「こんなにも上手くいくとは。」