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無能な氷姫の平民生活  作者: 豆腐
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パサツキクッキーとカップル

真っ赤な太陽もとうに沈んで、深い夜が始まる。

「う〜む、美味だったな、ほんと!イチオシと言うだけある!」

口内に残る甘いシロップの風味を楽しみながら、少し冷える夜道を歩く。

そろそろ九時ともいう時間に、なぜわざわざ宿屋を離れて歩いているのかというと、ただの散歩だった。

もっと言うと、ちょっぴりカロリーを消費したいなぁという意図をもった散歩だった。

この体はなかなか太らない。太りにくい体質なのだろう。だからと調子に乗っている自覚はある。でも、それを信用しきれないところもあるのだ。

『田中さん家の子はいくら食べても太らないのねぇ!うちの子とは大違い!』

なんて近所のおばさんに言われていた十歳の私は、五年後にはぷくぷくと太り自他共に認めるぽっちゃりになっていた。『いくら食べても太らない』が信用出来ないことをよく知っているのである。

私の体は美しい。でも、これは私の体じゃない。もしも、もしも慢心から、私の体がぶくぶくと太り、見惚れるほど美しいこの体が目も当てられぬほど醜く成り下がったとして、私はそれを、自己責任とは思えないのだ。


と、いうわけで、食べた分を消費せんと歩いているのである。外寒いね。もう帰ろうかな。

「ね〜ぇっ!あたし、明日はもっと美味しいものが食べたいのっ!」

「はは、なら明日は人気のカフェにでも行こう。最近は珍しい菓子を出しているんだそうだ。」

「やぁった!楽しみ!」

ぷらぷらと体を揺らしながら歩いていると、前方からカップルが歩いてくる。この街で見るには珍しいタイプのカップル。女性がこのような媚び方をするカップルはここではあまり見ない。冒険者中心のこの町の女性といえば、商売・金銭重視の人ばかり。店長やナージャのような飲食、道具屋の人や、もしくは冒険者相手に色を売る人。前者は気が強く図太くって、後者は媚び方が賢く図太い。目の前の女性とは違って。

そんな女性を選ぶ男も男である。鼻の下伸ばして、往来で体を密着させてさ。

ええ、まぁ、僻みですよ。けっ。

ま、私の方が美人だからな。恋人がいようがいまいが美人の私のが上だしな。うん。……うん。

ちょっと自分の性格の悪さに悲しくなってきて、二人から視線を外すようにしながら進む。けれど、ふらふらと歩くカップルの動きが予測しきれなくって、ガツンと肩が当たった。

「いってぇなぁ!テメェ前見ろ、や……」

「いった……」

痛いなぁ!クソ!前見ろやぁ!!

なんて叫ぶ度胸もなく、不満ダラッダラで睨みつける。が、男がポケ〜っとこっちを見ている。

あら?何だか不穏ですわ?

私、顔が良いからなぁ。

男の凶悪な表情はなりを潜めて、途端に申し訳なさそうな表情を作って顔を近づけてくる。

「わ、悪かった!お詫びをさせてくれ。えっと、名前を聞いても?」

「ハァ?そっちが前見てなかったんでしょ。ちょっとダーリン。行こうよぉ」

「おいちょっと黙っとけ!」

「え?」

キョトンとする女性をよそに、男は頬を赤らめてこちらを見てくる。

明るい茶髪の女性は、男の思惑がわかったようで、体を震わせてこちらを睨んでくる。

すっごく後が怖いな、これ。

「大丈夫です。私、元気です。気にしないで。サイナラ」

ぶんぶんと手を振って立ち去ろうとするも、「待って!」と男に腕を掴まれる。

痛い。冒険者の男というのは無駄に、いや無駄ではないんだけど筋肉がついていて、それでいて加減が出来ない。この体は以前の自分よりも圧倒的に華奢で、当然腕にも骨を守る脂肪が少ないので、痛みが骨に響く。

声が出ないほど染み付くような痛みに、背筋が凍るような思いをした瞬間。

「おいアンタ。俺の連れになんか用?」

私の腕を掴む、男の腕を掴んだ、手。白魚のようで、けれど傷とたこでボロボロのその手は見覚えのあるものだった。

「アベル!」

「あ?何だテメェ」

横を見ると、男の腕を掴むアベルがいた。今日は討伐依頼を受けていたはずだけど、怪我どころか汚れ一つ付けず、朝見送った時と変わらない姿でそこに立っている。

「うっわぁ、すごいイケメン……」

私を見た時の男のように、今度は女性がアベルに見惚れている。乙女が夢想する王子様を体現したようなその姿に目を奪われるのは、仕方のないことだったろう。

キュゥ、とアベルが少し力を込めると、男は顔を顰める。そのまま睨めつけられて、血が上った男の頭は、急速に冷えたようだった。

「待て、アベルっていやぁ、じゃあ……」

「彼女は俺の大切な人でね。どうかこの手を離してくれるかな」

「ちょ、アベル、それ」

それってちょっと、もしかして付き合ってると勘違いされてしまうのでは?

もー。私そんなつもりないのに。そりゃあ、美男美女に見えるだろうが、正しくは美女美女である。私百合は見る専なんだよね。後どっちも可憐な女性の方が好きだし。

「そうか、冒険者アベルってことは、そいつが最近拾ったヒモか」

「待って。こういうときって普通恋人だよね?ヒモって」

「女同士で恋人だとは考えんだろ。女冒険者のアベルも、それが最近ヒモを拾ったと言っていたことも噂になってる」

「アベル?」

「いやぁ、言ったかなそんなこと。酒飲むと記憶飛ぶしな」

不満を込めた目でアベルを見るが、目を逸らされた。え?私ヒモだと思われてたの?否定は出来ないけど。

そうこうしているうちに和解して、男は悪かったよ、とケラケラ笑っていた。

「アンタの連れに手を出すほど、俺は命知らずじゃねぇよ。じゃ、俺は先にこいつ連れて宿に戻るから、ゆっくり戻ってこいよな。こいつ、嫉妬しいで大変なんだ」

嫉妬させるような反応をしたやつが何を言ってるんだろう、と思いつつ、いまだに呆然としている女性を抱えて歩き出す男を見送る。

「明日、めんどくさそうだなぁ。急にお腹痛くなったことにして部屋にいようかな」

「彼らが宿を出るのは明日の昼前だろう。その短時間で大きなトラブルなど起きるはずもない。そもそも、彼があの調子なんだから彼女もお前にちょっかいは出さないんじゃないか?」

「いや、アベル見られたから終わりですよ。第二のナージャってわけ」

「は?」

どうせまた、あんなイケメンに大切にされているなんて!と僻まれ嫌がらせをされるに決まっている。なんせナージャの数倍は面倒くさそうな女性だった。ナージャがあんまり関わんない方がいいって言ってたぐらいだし。放心状態で男の話も聞いていなかったみたいだし、万一アベルが女だって知らなかったら、多分私たちのこと恋人だと思ってるし。

「ま、明日の私がどうにかするか。もう眠いし」

「そういえばなんで外にいたんだ?」

「この時間にパンケーキ食べたから、ちょっと運動しようかなって、散歩」

男に掴まれていた腕をアベルに見てもらいながら、二人でゆっくり歩き出す。

「寒いし疲れたし、もう帰ろうよ」

「さっきの話聞いてなかったのか?もう少し歩くぞ」

「もー疲れたよぉー」

「さして歩いていない癖に……道具屋で菓子を買ってやろう」

「やぁった!私あのパサパサのクッキー食べたい!行こ行こ!」


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