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優しい先輩

作者: 篝火

 これは、昔、長距離トラックの運転手をしてた頃の話です。大型免許を持ってると仕事に困らないって聞いて、頑張って取って、おかげで就職も給料のいいところに決まりました。最初は色々順調だって思いました。多少、きつくてもいずれ慣れるのはわかってたし、そのうち結婚して、子どもができて、人並みな暮らしをして、何となくそれなりに満足していくんだろうなって思ってました。それが普通っていうか、とにかくそんなもんだと思ってました。でも、実際はそうはいかなかったですけどね。

 この話が、仕事を辞めた直接の原因ってわけじゃないけど、俺の生き方を変えたことは確かです。大げさだと思うでしょう?

 でも、誰にでも一度や二度くらい、そういう節目になるような出来事があったりするんじゃないですか。そういう事は、あんまり人に話すことじゃないと思うし、俺も滅多に人には話さないですけど。だいたい、信じてもらえないと思うし。

 けど、どこかで、誰かに知って欲しいって気持ちもあるんですよね。

 今も、俺が何か迷ったりした時に一番に顔が浮かんでくるような人で、誰も見てなくても、先輩の事を思い出すと、真面目にやらなくちゃな、とか思います。

 先輩の事を聞いて、信じてくれた人は、たいてい、戸惑いますね。作り話じゃないから。

 それはすごくわかります。俺がそうだったから。

 

 トラックの運転手というのは、がさつな人が多いイメージがあるかも知れないけど、先輩は本当にいい人でした。覚えの悪い新人にも親身になって何かと声をかけてくれました。

 その先輩が、ある晩、長距離の運転をしていて事故を起こしたんです。一月の寒い夜で、事故を起こした道路の隅には、除雪した雪が溶けずに残ってたと、翌朝、現場に行った社長が言ってたのを覚えてます。その冬は本当に寒かったんですね。

 先輩は高速の側面の壁にぶつかって、ほぼ即死状態だったそうです。遅い時間で前後を走ってる車もなかったらしく、目撃者はありませんでした。

 乗っていたトラックに社名と電話番号が大きく書いてあったから、警察から会社に一報がはいりました。それで、当直の者も、配送の積み込みしてた仲間も大騒ぎになりました。小さな運送会社でしたけど、社長ができた人で、無茶なシフトもなく、過積載なんかもありませんでした。ですから、それまでは、せいぜい接触事故くらいで、人が死ぬような大きな事故は起きたことがなかったんです。

 俺は、仕事が終わっても翌日が休みだったから、火の気のない一人暮らしの部屋に帰るのも面倒で、事務所の隅のストーブで、仲間とだらだらしてました。そこへ、事故の連絡が入って、もう大騒ぎになったんです。とっくに家に帰ってた社長や専務に連絡したり。でも、その時はまだ詳しい事故の様子はわからなくて、とにかく、家族に知らせようと、事務方の当直が、先輩の家に電話をいれました。嫌だったでしょうね、とにかく、死んだって事は間違いなかったんですから。

 事故を起こした先輩には、奥さんも子どももいました。年は、まだ三十代で子どもは男の子が二人。二人ともまだ小学生でした。暮れの忘年会で、先輩が嬉しそうに子どもの話をしていたことを覚えてます。

 電話しているのを、残っていた者はみな息を殺して見てました。そしたら、電話をしていたやつが振り向いて、

「誰も出ない」

って言うんです。みんな、なんとも言えないような顔をしました。

 だって、おかしいでしょう? 深夜に、家に誰もいないなんて。

 まだ、携帯が一般的でなくて、固定電話が主な連絡手段でした。だから、寝てる部屋から遠くに電話があるのか、よほど深く寝入っているのかと思いましたが、それにしても変です。仲間の一人が、とにかくかけ続けるしかないと事務のやつに言いました。

 そのうち誰かが、埒があかない、直接家に行ってやれと言い出しました。それで、ちょうど駆けつけてきた専務が行くことになったんです。専務が、ベテランの運転手を一人指名して、二人で会社を出ていきました。入れ替わるように到着したばかりの社長は、やっぱり運転手を一人連れて、現地の警察に向かいました。残ってる者だって落ち着きません。帰っていく者もいませんでした。小さい事故ならともかく、こんな事故は初めてで、事務所に詰めていた者は、みんな、気が揉めてました。一体、何があったのか。そんな無理なスケジュールでもなかったのに、なぜ、命を落とすような大事故を起こしたのか、詳しい事情が知りたくて、じりじりと連絡を待っていました。

「それにしても、家族に連絡が取れないとはどういうことだ。まさか子どもを連れて実家にでも帰ってんのか。もし、そうなら、どんだけタイミング悪いんだ」

「家でなんか揉めてたのかな。それで、事故を起こしたとか」

「それはないと思う。この間も子どもの話をしてたしな」

残ったもので、そんな話をしてるうちに、だんだん夜が明けてきてました。先輩は、慎重な人で今まで小さな事故だって起こしたことがなかったんです。

 最初の驚きが過ぎると、今度は残された奥さんや子どもさんの事が気の毒で気の毒で。もう誰も言葉がありませんでした。

 そこに、家に知らせに行った専務が青い顔をして戻ってきたんです。

「専務、どうでした?」

「奥さん、家にいましたか」

と矢継ぎ早にみなが尋ねました。でも専務は事務所にいたみんなの顔を見て、しばらく声も出ないようでした。よく見ると、専務の顔が青いだけでなく、震えていたんです。ようやく専務が言った一言で、みんな凍りつきました。

「奥さんと子どもさん、亡くなってた。夜中に火が出て、焼け跡から奥さんと子どもさんの遺体が見つかった」

 ストーブがあるのに、事務所の中の温度が一気に冷えたような気がしました。しばらく、誰も言葉が出ませんでした。信じられますか? 

 別の場所にいたのに、家族全員が同じ夜に亡くなるなんて。

 

 あとでわかったことですが、先輩が事故を起こした時間と、奥さんや子どもさんが亡くなった時間もほとんど同じだったらしいんです。火元は石油ストーブだと聞きました。あの夜は、本当に寒かったですから。


 でも、今も思うんです。本当に偶然だったのかって。

 俺、実は奥さんと子どもさんたちが亡くなったのが、少しだけ先だったんじゃないかって思うんです。そして奥さんと子どもたちが、先輩に別れを告げに行ったならって。

 葬式の時、四つの棺が並んでいるのを見て、みんな泣いてました。でも、俺は、どんな形でも家族が一緒にいることを選んだのなら、先輩らしいって思いました。

 そう思ったら、悲しいだけの思い出じゃなくなったんです。

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