第四十一話「大和一家の悲劇」
動けないテツの横に用意されていたモニターに、街の風景が映し出された。
「これは、超小型無人偵察カメラからの映像です。今そこに、田舎から出てきたばかりのような、トラックに野菜を積んだ男が映っているでしょう。実はこの男は、ザラス団が雇った工作員です」
モニターに映っていた工作員は『いかにも田舎から出てきたような野菜売り』に偽装しており、キョロキョロと困っているような姿を演じている。
「今からこの男が……あなたの妻に、毒入り野菜をお渡しすることになると思いますよ……」
道を行き交う都会人は、誰も声をかけず素通りしてしまっている。工作員はそんな雑踏の中で、ポツリと孤立している状態となっていた。
「そろそろ、あなたの妻がここ通りかかるという情報が入っております。あなたの妻はとても心優しい人物との情報ですから、おそらく見て見ぬフリをして素通りする可能性は低いでありましょう……」
モニターには――その野菜売り工作員の元にだんだんと接近する、アイコの姿が映るのであった。
(ア、アイコ! この数年間、莫大な借金にも負けず元気でいてくれたか! たっ、頼むっ! たまたま急いでいるかなにかで、素通りしてくれっ……!)
もはや、そう願うしかなかったテツ。
だが人のよいアイコは、やはりその野菜売りの工作員に声をかけてしまうのであった。
「あの……。なにか、お迷いですか?」
アイコが声をかけると、訛った方言でしらじらしく返答する工作員。
「ええ~。わしゃ~田舎から出て来たもんでぇ~、道に迷ってしまいましただ」
(ク、クソ~ッ! アイコ! そいつは、ザラス団の工作員だっ! 気がついてくれっ!)
しかし、アイコはそんなことは思うはずもなく……困っている野菜売りに対して、優しく声をかけるだけであった。
「ああ、その場所ならここから近いですし、私がご案内しますわ。こちらです」
アイコは野菜売りの工作員を道案内し、目的地まで連れて行くのであった。
「ありがとうございますだ~。都会の方々は誰も見向きもしてくれなかったのに、あんたは優しいんですだな~。これ、せめてものお礼ですだ! どうか受け取ってくだせえ」
感謝する工作員は、せめてものお礼にと『新毒薬入りのニンジン』をアイコに渡そうとする。
「いいえ~。私は、人として当然のことをしたまでです。貰うのは、悪いですわ」
「いや~。わしゃ~、田舎から出てきて、初めて親切にされて感動したんですじゃ! これは、私の気持ちでごぜ~やす!」
毒入りニンジンを、強引にアイコの手に包ませてしまう工作員。
アイコも『ここまで感謝してくれているのを断るのも悪い』と思い、野菜をありがたく受けとるのであった。
「す、すいません~。では、ありがたく大切にいただきます。それでは……」
アイコの後ろ姿が小さくなっていくと――いきなりモニター目線になり、それまでとガラリと変わった凶悪な顔付きで、ニヤリと笑う野菜売りの工作員!
(ウウッ……ア、アイコ……。しかしお前は、人として正しいことをしたんだ! 俺はアイコと過ごせた期間は短かったが、夫婦として誇りに思うぞ! 俺も、遅かれ早かれ今に逝くことになる……少しだけ、先に天国で辛抱していてくれ……アイコ、キミナ……)




