第三話「非力のオクマーマ」
かわいい短足で、街をトコトコと歩いていくオクマーマ。
(車は車道で、人は歩道っちゅ。信号が赤だと止まって、青だと行けまちゅ。どうしてオクマーマは、こういうルールも全部知ってるんでちょうか……。やっぱり、自分でもわかりまちぇん。でも、とにかく善行をするっちゅ)
すると、前方に赤信号で道路を渡ろうとしている人が――。
「あっ、危ないっちゅ~」
オクマーマは小さな手を前に伸ばしつつ呼びかけるも、その人は完全に無視して赤信号を渡って行ってしまうのであった。
「あぁ~っ……」
力が抜け、落胆してしまうオクマーマ。
オクマーマの声は、間違いなくその人には届いていたが――その人は振り返る素振りすら一切見せず、あっさり信号無視して行ってしまったのだ。
(オクマーマは、悲しいっちゅ……)
うつむいてしまうオクマーマ。
(でも~。最初から簡単にいくなら、苦労はないっちゅ)
気を取り直し、再び歩いていくオクマーマ。すると今度は、バスの停留所で人が並んでいる所に遭遇。
そこでは――今正に、一人の男が列の前方へ横入りしようとしているではないか。
(あっ! あの人は、横入りっちゅ! ちゃんと並ばないとダメっちゅ!)
並んでいる他の人々は、迷惑そうな表情がなんとなく伺えるものの――横入りされてもみんな無言で、見て見ぬフリをしている。
「…………」
ストレートな正義感を持つオクマーマは、この光景に憤慨して男に近づいていく――。
男の足元まで来たオクマーマは、内心憤慨していたものの――まずは冷静に、落ちついた口調で男に語りかけてみるのであった。表情も元々変化しないので好都合である。
「横入りはダメっちゅよ。他の並んでる人に、迷惑っちゅ」
しかし――。
「ハァ⁉ なんだっ? この生意気なクマは⁉」
男は、いきなりオクマーマを腕で容赦なく振り払ってしまう。まるで、足元に付着したゴミでも払いのけるかのように……。
「アアーッ!」
悲鳴をあげながら、数メートル後ろに大きく吹っ飛ばされたオクマーマ。その軽い体はフェンスにぶつかり、地面に倒れ落ちてしまう。
「痛いっちゅ~~~っ」
この謎のオクマーマにも、痛覚は存在していた。他の並んでいた人々は、この光景を見てもみんな下を向いてしまう。
「…………」
オクマーマが気の毒でかわいそうという表情だけはしつつも、結局誰も能動的に助けることはしないのであった。
その時、ちょうどバスが到着する――。
到着したバスは、乗降口が中央に一つのタイプであった。
遠くで倒れていたオクマーマが、見上げた視線の先には――その横入り男が降りる人より先に、自分だけが一番に乗り込もうとしている光景が映っていた。
オクマーマは必死に起き上がると、再び男の足元に懸命に駆け寄るが……。
「ダメっちゅ~。降りる人の方が、先っちゅ」
「うるせいっ!」
足元からキミナの幼女声で必死に呼びかけるオクマーマを、横入り男は再び容赦なく足蹴にして振りほどくのであった。
低空で地面へと投げ出され、ゴロゴロとバス停の後方に転がっていくオクマーマ。
「ウウッ……」
倒れ込んだオクマーマが、顔を上げると――男が降りる人より先に乗り込み、特等席を確保している光景が――バスの窓ガラス越しにうっすらと見えていた。
(どうして、ああいう人がいるんでちょうか……。それに、他の人も迷惑なはずっちゅ。どうして、みんな無抵抗なんでちょうか……)
そんなオクマーマを横目に、時間通り淡々と発進していくバス。
世の理不尽さを感じながら、必死に起き上がるオクマーマ。するとその手先には、少しピリッとした痛みを感じていた。転がった時に手先が切れたらしく、傷口から綿のような中身が少し見えてしまっている。
(ちょっと、手先が切れちゃいまちた。ピリピリしまちゅ……)
そして肩を落としたまま、またあてもなくトコトコと歩いていくオクマーマ。表情は常時同じでも、うつむき加減なその顔はどことなく悲しそうである。かわいい見た目に反し、後ろ姿にも哀愁を漂わせてしまうのであった。
こんな身近にある小さな不道徳すら止められず、自分の非力に早くも落ち込んでしまったオクマーマ。
ストレートな正義感で突き進むその正体は、本当にロボットなのか。もしくはバイオ生物なのか、あるいはそれ以外の特殊な存在なのであろうか?
オクマーマよ、どこへゆく――。