第二十一話「忍耐の母・大和アイコ」
ある、強風の日。
街の外れをパトロールしていたオクマーマ。
そこにたまたま建っていた古民家を見て、ついなぜか足を止めてしまう。
建付けが悪く、強風で扉が煽られ『バン! バン!』と音を立てている。
(こっ、この……。扉がバンバン鳴る音の、イメージが……。なんだか、怖い感じを受けまちゅ……)
――それは、過去のある日。
キミナとアイコが、母子水入らずの夕食を楽しんでいる時のことであった。
「キミちゃ~ん。今晩のお味噌汁は、卵入りよ~っ」
父の遺影とヒグマの木彫り、そして遺品の超合金カタイナーしか置かれていないオンボロな小部屋――その中央に、ちゃぶ台を挟んで座る母と子。
「卵入りっちゅか! いただきまちゅ」
貧乏だけに――味噌汁に卵が入っているだけでも、大喜びしてしまうキミナ。
「ママのお味噌汁は、一番美味しいっちゅ! 毎日、これが食べたいっちゅ」
(キミちゃん……ごめんね……。育ちざかりなのに、これが精一杯で……。もっといい食事が出せない、こんなママを許して……)
するとそこに、借金取りらしき男が尋ねて来る。
「大和さ~ん、大和アイコさ~ん!」
オンボロ屋の入り口を、バンバンと叩く借金取り。
「入口が、叩かれてまちゅっ! 怖いっちゅ!」
「あっ⁉ ちょ、ちょっとママにお客さんが来たみたいねっ。大丈夫だから! キミちゃんは安心して、ここでゆっくり食べていてね~」
小部屋にキミナを残したアイコは、半分台所を兼ねた土間の入り口を開いた。
するとそこには――典型的な、下っ端チンピラのような見た目の――借金取りが立っていた。
「奥さ~ん。そりゃ、旦那を急に失って大変なことは、あっしも知ってますがね。こっちも慈善事業じゃないんですから、期限までに返済してもらわないと困りやすよ~。あっしも下っ端なんで、やることやらんとね。上に怒られちまいやすぜ」
「す、すいません。次の期限日までには必ず……」
「これまで、伸ばすだけ伸ばしてるんですから~。もう、これ以上は無理ですよ。今日までの分が払えないなら、なんかを差し押さえるしかなくなりやすよ! しょうがないんで、あっしの本位じゃないですが……ここはもう、強制的にでもチェックさせてもらいやす!」
借金取りはそう言いながら、土間の収納棚の中に『なにか、金目の物はないか』と、いきなりガサツに荒らし始めてしまったのだ。
例え安物でも、貧乏な大和親子にとっては貴重な『石鹸』や『タワシ』など、数少ない日用品が――ガラン! ゴロン! と音を立てて、その場に散乱してしまうのであった。
「ああっ! 乱暴に扱うのだけは、やめてくださいっ!」
アイコが、悲壮な叫びで借金取りを止めようとすると――アイコの腕を振り払い、なぜかあっさりと動きを止めてしまう借金取り。
「こりゃ……。本当に、シケた物しかないですぜい⁉ 奥さん、こんな貧乏でよく暮らせていけるもんですわ……」
借金取りは、上から『必ず回収してこい』と指令されていた。
しかし本当に『金目の物がまったくない』ことを知り、呆れた表情となってしまう。
その時――土間のオンボロなカマドに乗った小鍋の方へ、ふと視線が移ってしまった借金取り。
「おっ⁉ その割には……。なんかこの鍋からは、かなり良い匂いがするじゃねーかい?」
借金取りが小鍋の蓋を開けると、そこにはアイコが食べる分の味噌汁が入っていた。
「な~んだ、ただの味噌汁ですかい。本当にシケてんなぁ~、奥さん! 匂いは良くても、具はほとんど入ってやせんぜ……」
アイコは――キミナの食べる分に、具のほとんどを入れており――自分が食べる分には、残りの切れ端のような部分だけしか残していなかったのだ。
「クソ~、これじゃなぁ! 二束三文ですら、差し押さえる物がねぇんだよなぁ~。このまま、なにも回収せず帰ったら……あっしも、上から相当怒られちまいますぜ!」




