第十九話「キミナの苦い思い出」
ある時マユミは、苦しみながら日々頑張っているオクマーマを『たまには気分転換させてあげたい』と思い――近くの海岸へ遊びに行かないか、と誘うのであった。
「う、海っちゅか~?」
「そうよ、オクマちゃん! 波の音で、心も安らぐんじゃないかな~と思うわよ」
しかし、海と聞いたオクマーマの反応は――なぜだか、あまりよろしくないのである。
「海……。行ったことはないっちゅが……。なんだか、怖いっちゅ」
「どうしたの? オクマちゃん。行ったことないなら、怖がることないわよ~。私が一緒に行くから安心して! 大丈夫だから~」
それでもオクマーマは、なぜか海に対して良いイメージを抱けなかったのである。
実は、その理由とは――。
――それは、キミナがまだ元気だった時のこと。
ある日、アイコがキミナに呼びかける。
「キミちゃ~ん。明日、町内のイベントでね、海にみんなでバス旅行する日なんですって」
「海に、バス旅行っちゅか?」
「子供だけの参加だから、私は付き添えないけど……。せっかくだから、キミちゃんも行ってみたらどうかな?」
「行きまちゅ! キミちゃんは~、海は初めてっちゅ。楽しみっちゅ!」
キミナは貧乏なアイコの元で、海へ行くどころかバスに乗ることすらほとんどなかったのだ。ゆえに今回のイベントは、初めての大きな楽しみとなったのである。
「ワクワクして、なかなか眠れまちぇん。オクマーマちゃんは、もうオネンネしたっちゅか~?」
寝床で一緒に寝ているぬいぐるみオクマーマに、興奮しながら語り掛けるキミナであった。
次の日――。
「キミちゃ~ん、気をつけてね! お弁当も、みんなに出るそうだから。楽しんできてね~」
「いってきまちゅ~」
喜び勇んで出かけたキミナは、ワクワクしながら集合場所の公園に到着する。
(あれが、海に行くバスっちゅ! 大きいっちゅ)
公園にはすでにバスも到着しており、町内の子供たちも多数集結してにぎわっていた。
キミナが子供たちの輪の中に入って、しばらく待っていると――中の一人が、キミナに語りかけてくる。
「あれ~? 君は、大和さん家のキミナちゃんだよね?」
「そうっちゅ」
「君の家は確か、会費を払ってないよね? だから、今回みたいなイベントには参加出来ないことになっているはずだよ~?」
子供らしい『残酷なストレート発言』を聞いてしまったキミナは、思わずビクッとしてしまう。
(えっ……⁉ そ、そんなこと……。ママには、聞いてないっちゅ……)
そこへ、さらに別の子供が口を挟む。
「ああ。キミナちゃんは、バスが発車するところを見送りに来てくれたんだよね?」
「そっか~。キミナちゃんは、会費払ってないからバスには乗れないけど、見に来たんだ!」
もはや、『自分も一緒にバス旅行するつもりで来た』とは言えなくなってしまったキミナ。
「そ、そうっちゅ……」
「そうなんだ~。あっ、もうそろそろ出発だね。あそこのブランコに座れば、バスが見やすいよ!」
ほどなくしてバスのドアが開き、喜んで乗り込み始める子供たち。
その一方で、キミナはうつむきながら、トボトボとブランコに腰掛けるのであった――。




