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勇者は魔王を前にしてこう言った。「お手洗いに行きたい」と――

 勇者と呼ばれるようになって早いもので二年程経過した。

 長いようで短かったその時の流れを経て、俺は今、魔王城に居る。

 仰々しく、禍々しい魔王城を正門から入り、勇者である俺を討伐しようと魔物や魔族が押し寄せてきたが俺は一人で敵を倒しながら進んだ。


 何故一人なのか?

 仲間は居る。苦楽を共にした大切な仲間――

 だからこそ、俺は魔王城に一人で進んだ。魔王は危険であり、非常に強大な力を持っている。自惚れのように聞こえるかもしれないが勇者である俺なら魔王と対峙する事が出来るが、勇者ではない仲間達では危険が伴う。彼等を失うのを俺は避けたかったのだ。最悪の事態にならない為にも一人で魔王に挑むのが最良の策と思えたからだ……。


 玉座のある部屋まで辿り着き、無数の骨で作られてる不気味な玉座に座り続けてる魔王。

 勇者である俺が目の前に現れても玉座から立ち上がる事は無く、足を組み替えるだけで口元に三日月を浮かべながら嘲笑を彩っている。


 「魔王……」

 「良く来たな、勇者よ」


 驚いた事に、魔王は少女の姿だった。

 人間のようにも見えるが、身震いしてしまう程に邪悪な魔力を感じ取れる。

 姿形はどうであれ、俺の目の前に居るのは確かに魔王で間違いない。


 武器も伝説の剣を手に入れ、最上級の魔術も習得した。

 此処に来るまでの疲労もそこまで溜まっていない。魔王を前に気持ちが昂ぶってるのか最良の状態とも言える。だが――


 問題が起きた。

 自分でも馬鹿だと思うが驚く程に()()()()に行きたい。


 魔族も魔物も、人間も居ない。

 玉座のある部屋に居るのは俺と魔王の二人だけだ。

 だからと言って尿意を我慢しながら戦い、途中で垂れ流して戦う勇者なんて絵にならない。

 

 詰まり、今の俺の目的は魔王と刃を交える事ではなく、お手洗いに行く事だ――


 「魔王。話がある」

 「聞こう」

 「お手洗いに行きたい」


 敵を前にして何を言ってるのかと思うが、勇者である俺と魔王であるあの少女には少なからず思う所があるはずだ。こう、因縁的な何か。それを考えれば仇敵である俺のこの提案を魔王は無碍に出来ないはず。魔王と言えど、俺と剣を交えるなら双方が最高の状態で戦いを行いたいはずだ。


 「ごめん。今、何と言ったのだ?」

 「だから――……お手洗いに行かせて欲しい」

 「ん? 待って、何でお手洗い?」

 「膀胱がパンパンだからだ。限界が近い。もう先っちょ――」

 「待って待って! それ以上言わなくていいよ?」


 実際、先っちょまで来てたら出てるのだが、俺の意識的にはそれに近い。

 正直に告白すれば、内股でいたいし、変な汗まで出てきている。一刻も早くお手洗いに行きたい。


 「お手洗いは何処だ? まさか無いのか?」

 「あるけど……え、勇者だよね? 勇者が魔王を前にして開口一番に言うのがお手洗いなの?」

 「そうだ!」

 「そうだ! じゃないよ……我慢出来ないの?」

 「無理だな。剣を抜いた拍子で出そうだ。良いのか、魔王。この部屋を俺の尿で沈めるぞ」

 「どんだけ出るの!?」

 「暴雨の如く」

 「激しすぎるでしょ……」

 

 誇張過ぎる表現だが、今の俺なら暴雨とまではいかなくてもちょっとした滝の如く尿を出せる自信がある。昨夜、魔王城に乗り込む前にもしもの事を考えて酒を浴びるように飲んだのが今頃になって尿意として影響するとは思いもしなかった。敵である魔王相手にお手洗いに行かせてくれ等と勇者である俺が言う言葉ではないのは理解してる。でも、背に腹は代えられない。


 「お手洗いは何処にある!?」

 「わかったよぉ! こっちだから……ほら、案内するから……」


 魔王が玉座から立ち上がり、部屋の横にある扉まで歩み、無駄に仰々しい扉を両手で開いた。

 俺は内股になりながら魔王の後を追った。改めて見て思うが、魔王の城というのは中々に良く出来ている。人間以外にも建築技術が高い魔族の種類が居るのだろうか……。


 「ほら、此処だよ」

 「すまない」


 廊下を少し歩いた所で魔王は足を止め、金色の扉を指さした。

 何だか嫌な予感がするが……俺はその扉を開け、中を覗いた。

 無駄に広い個室のど真ん中に金色の便器が佇んでいる。人間が作るものと寸分違わずと言った所なのだが……何故金色なのか。そこを豪華にするぐらいなら玉座とかに金を使った方が良いのではないのだろうか……これが人間と魔族の価値観の違いと言うやつなのだろう。


 それ以前に――


 「豪華過ぎてし辛いな」

 「文句を言わないで……私が命令した訳じゃないし……」

 「そうか……」


 し辛いとは言え、限界だ。

 俺はお手洗いに入り、金色の扉を締めた。

 ズボンを降ろし、便座も降ろして腰を下ろした。

 魔王の城とはいえ、他者の家だ。流石に立ったままして便器に引っ掛けるのは失礼だろう。


 便座に座ったのに安堵したのか俺の息子は凄まじい勢い以下省略。


 「ふぅ……危なかった――」

 

 便座から腰を上げ、下げていたズボンも上げ、身だしなみを整える。

 水を流し、手を洗い、壁に掛けられてた布で濡れた手を拭きお手洗いを後にした俺を出迎えたのは魔王だった。まさかお手洗いの目の前で待ってるとは思ってなかった。流石に玉座に戻ったと思っていたが……律儀な魔王だ。勇者のお手洗いに付き合う魔王なんて聞いた事がない。まぁ、魔王を前にしてお手洗いに行く勇者も聞いた事ないけど。


 「終わったか」

 「あぁ! スッキリした!」

 「滅茶苦茶良い笑顔だな……さ、玉座に戻って仕切り直すぞ、勇者」

 

 俺は魔王の言葉に頷こうとしてある事に気が付いた。

 お手洗いの欲求は解消されたが別な問題が発生した。この問題を解決しない限り最良の状態とはとてもじゃないけど言えない。


 「魔王。すまない、腹が減った」

 「ごめん、なんて?」

 「お腹が空きました」

 「……やる気あるの?」

 「食欲はあるぞ」


 俺の言葉に呆気に取られたのか魔王が肩を竦める。

 仕方ないの事だと思う。魔王と勇者が対峙するというのは時代を変えてしまう程に大きな出来事だ。お互いに最良で最高の状態で挑まなければ嘘になる。中途半端な状態で魔王相手に戦える程、俺は魔王を甘く見ていない。それはきっと、魔王も同じだと思う。だからお手洗いに案内してくれたのだろう。何故なら悪逆で非道ならお手洗いを我慢してる状態の俺を襲うはずだ。


 「何か食べ物をくれ。後、食事の前の酒を用意してくれ」

 「お酒飲むの!?」

 「食前酒だ。食事を楽しむコツだぞ、魔王」

 「コツとかじゃなくてさぁ……あのさ、勇者だよね? 私は魔王だよ? お手洗いに行かせたのは……まぁ、流石に内股の勇者とか見たくないから連れてきたけどさぁ……流石に食事まで用意する必要ある?」

 「あるな」

 「あるんだ……」

 「俺は最高の状態でお前と戦いたい。空腹の俺は最高の状態とは言えない」

 「勇者……――」

 「という訳で食事をしよう」

 「えーっと、パンと目玉焼きで良い? あ、一応豚肉もあったかなぁ……私は厨房に行くから勇者はこの廊下を真っ直ぐ進んで、赤色の扉を開けてその部屋で待ってて」

 「わかった」


 俺が頷くと、魔王は駆け足で玉座の方に戻っていった。

 恐らく厨房が反対側にあるのだろう。俺は言われた通り、廊下を進む事にした――


 ◇◆◇◆◇◆


 赤色の扉を開けると、丁度良い広さの部屋があった。

 天蓋付きの寝台が端っこにあり、妙に豪華な坪やら絵画が飾られている。

 真ん中に小さな丸机もあり、その上に紅茶を入れる容器が置いてある。

 窓には桃色の掛け物が掛かっている。どう見ても誰かの部屋だ。と言うか魔王の部屋だろ、これ。


 流石に少女の部屋では居心地も悪く、俺は適当に丸机の傍にあった椅子に座った。

 紅茶は冷めてはいるが良い香りがして鼻腔を擽ってくる。余計に食欲が刺激されて俺の腹からぐぅぅと音が鳴った。


 「お待たせ」


 丁度良く、魔王が食器を持って部屋に入ってきた。

 大きなパンと湯気がほんのりと立ち上がる目玉焼き、更に塩漬けの豚肉の薄切りも用意されている。昨夜は酒ばかりで食べ物らしい食べ物を取っていなかった俺には十分過ぎる程に豪華な食事に見えた。


 「はい、食べていいよ」

 「ありがとう」


 魔王が皿を俺の目の前に置き、丸机を挟んで対面の椅子に座った。

 俺はパンを手に取り一口齧り、ナイフとフォークで目玉焼きを切り、それも一口食べた。

 

 ――実に美味。


 素朴な味の中に深みがある。

 黄身の濃厚さとパンが合わさって志向の一品となる。

 そして塩漬けの豚肉の薄切りは丁度良く焼けており、かりかりとした食感と塩の風味が食欲を増進させてくれる。


 「美味しい?」

 「あぁ」

 「そうか。私の手作りだ」

 「魔王の手作りか……そうそう食べれるものではないな。味わうとしよう」


 穏やかな日の光が部屋に差し込んできてる。

 魔王城の外にある森から小鳥の囀りも聞こえる。

 これは……――


 「魔王。先に言っておくぞ。腹が膨れたら眠りたいんだが、構わないな」

 「赤ん坊なの!? 流石に眠気は我慢しようよ……」

 「いや、ほら、ベッドもあるし……ねぇ?」

 「あれは私のベッドだからね!?」

 「一緒に寝てもいいぞ」

 「馬鹿なのかなーって思ってたけど、本当に馬鹿だね!?」


 顔を真っ赤にする魔王。

 見た目だけなら美しい少女なのだ。そういう反応を見ると実は人間なのではないだろうか?魔王というのは嘘なのではないだろうか?とすら思えてしまうが……魔王なのは間違いない。目の前の少女から感じられる魔力は禍々しい。今まで戦ってきた魔族の誰よりも恐ろしく感じる。


 だからこそ!

 寝る必要がある。

 眠いからね。寝て、起きて、最高の状態を作らなければ俺は魔王に勝てない。それぐらい目の前の少女は危険な存在だ……寝なきゃ……。


 「よし、ご馳走様でした」

 「ん? お粗末様でした」


 食事を終えた俺は立ち上がり、迷う事なく寝台に向かった。

 向かったという表現は正しくない、飛び込んだ。

 俺の身体をふわっふわな布団が包み込み、何だか良い匂いがする枕に顔を埋めた。

 

 これは良いものだ――


 「ちょ、ちょっと!? ね、ねぇ、それ……私のベッドなんだけどぉ……」

 「良いものだな、ふかふかだ」

 「そ、そう? そりゃまぁ……伊達に高級羽毛とか使ってないしぃ……ってそうじゃない! 寝ないでよ!? 勇者が寝たら私は起きるまで待ってなきゃ駄目なの!?」

 「一緒に寝ればいいじゃないか。このベッドは広いし、二人で寝ても問題ないと思うぞ」

 「問題あるわ! 人間ってそんなほいほい異性を誘うの!?」

 「失敬な! 俺は誰彼構わずに一緒に寝ようとは言わないぞ! 魔王、お前だからだ」

 「ちょっと待って。落ち着こう? 色々とその発言はまずいと思う」


 そうだろうか?

 魔王と勇者。お互いがお互いの人生最後の敵になるかもしれない存在だ。

 特に俺は魔王が憎い訳ではない。勇者だから精霊に命じられるまま、王に望まれるまま魔王を倒しに来ただけなのだ。勿論、それを良しと思うし、魔王は俺の手で必ず倒す。そして魔王を倒した俺の勇者としての役目は終える。言ってしまえば、魔王が最後の相手となるのだ。そんな相手と一緒に昼寝をするぐらい良いのではないだろうか。


 自分に子どもが出来て、俺は魔王と一緒に昼寝をしたことがあるんだぜ。と笑い話にもなる。

 魔王もそうだ。私は勇者と昼寝したよ!と自慢出来るんだ。敵だからと憎しみ合うばかりではなく、昼寝をして歩み寄り、お互いの事知り、片方の最後を笑って見送れるぐらいで丁度良い。


 「ほら、来い」

 「お、おぉう……まじなの?」

 「来ないなら一人で昼寝するだけだ」

 「む……うぅ、わかったよぉ……流石に待ってるのも嫌だし、私も寝る。変な事するなよ!?」

 「する訳ないだろ……俺は勇者だぞ!」

 「断言しておくね。貴方みたいな勇者はそう多くないと思う……もうちょっと端っこ寄って」

 

 魔王に促され、俺はベッドの端に寄るともぞもぞと魔王も寝台の上に寝転んだ。

 その時に気付いた。枕から香る良い香りは魔王の香りだったのか。見た目が女なのだ。香水の一つや二つ付ける事もあったのだろう。その香りが何だか心地が良い。


 「おやすみ」

 「う、うん……おやすみ?」


 ――そして俺は眠りに落ちた。


 告白しておこう。


 この後、俺と魔王が起きたのは夕方を過ぎていた。

 なので一緒に夕食を取り、日中にかいた汗を流し、再度就寝した。

 夜に戦うのはなんか嫌だったんだ。なので明日に回した。魔王も渋々と納得した。


 次の日の朝も、一緒に朝飯を取る事も約束した――


 もしかすると、またおやすみと言うかもしれない……。



 終わり。 

 

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