ツンデレ、ツンデレラ、ツンデレガ
「お兄ちゃーん、お金貸してー」
ドンドンと部屋の扉が叩かれる音と、妹の甘えるような声が聞こえてきた。
美少女が映し出されたモニターに視線を向けたまま雑に返事をする。
「無理」
「明日必要なの! ちゃんと返すから、今月分のバイト代出たら返すから!」
放っておいたらずっと扉の前に居座りそうな雰囲気を感じ取った俺は両手で持っていたゲームコントローラーを置き、両耳からイヤホンを取って立ち上がる。
鍵を開けて扉を引くと、そこには今年高校一年生になった二つ年下の妹――香織が立っていた。
「何に使うんだよ」
「昨日友達と一緒に遊園地行く約束したんだけど、お金無いの忘れてて……」
あははーと頬を指でかきながら香織は目を泳がせた。
「金無いの忘れてたお前が悪い。友達には正直に話してあきらめろ」
「ちょ、待って、お願い。扉閉めないで~!」
「こら、手を差し込むな」
俺が扉を閉めようとすると香織は必死に抵抗してきた。
「お兄ちゃん、待って。お兄ちゃんの言うこと何でも一つ聞くから!」
「妹にそんな事言われても嬉しくない」
「そんなぁ~」
香織の項垂れる様子が扉の隙間から見えて、少しだけ可愛そうに思えてきた。
これがギャルゲーのプレイ中じゃなければ俺だってもう少しまともな対応したんだが――そしてふと思いついた。
お金を貸すこと自体は正直問題ない。俺だってバイトしてある程度は貯金もある。
しかし、それをただで貸すと言うのも面白くない。
「よし、香織。今から俺の言う通りにして、俺を満足させることが出来たら貸してやる」
「ほんと!」
扉を開けて香織を部屋へと招くと、さっきとは一転して元気よく入ってきた。
「それで、お兄ちゃんを満足させるって何すれば良いの? はっ! ま、まさか。えっちいことじゃ……」
自分の体を抱きしめる様にして後ずさるという、わざとらしい演技を見せる香織。
部屋の中央に置いてるテーブルの上にあったノートを手に取り丸め、俺は香織の頭をパコッと軽く叩いた。
「アホか」
「いった~い」
「はいはい。じゃあ何してもらうか言うからな」
頭に手を当てて痛がる素振りをしている香織を無視して、俺は腰に手を当て仁王立ちになる。
「香織、今からお前はツンデレラだ!」
「……は?」
「いやそう言うガチな反応すんの止めてもらえませんか?」
香織は頭に当てていた手を降ろして固まり、死んだ魚の目でこっちを見てくる。
俺の部屋の温度が一気に下がった気がした。
「えっと、お兄ちゃん。私よく分からないんだけど……ツンデレラって何?」
「ツンデレぐらいは聞いたことあるだろ?」
「たしか普段はツンツンしてるのに、二人っきりだとデレデレする子でしょ」
「それは切替型ツンデレだな。俺は切替じゃなくてギャップじゃないかと思ってるんだけどね」
「切替? ギャップ? 他にもあるの?」
「元々好意が無いときはツンツンしていたんだが、相手を好きになって徐々にデレデレになるという移行型」
「へー」
どうでも良さそうに聞いている香織を無視して解説を続ける。
「他にも相手に好意を持っているのにツンとした態度を取ってしまう照れ隠し型などがある」
「それってデレデレじゃなくて照れじゃん」
「ツンの中にデレが隠れてるんだよ! そこに萌えるんだよ!」
香織の野暮な突っ込みについ反応してしまった。
若干引かれた気もするが俺は気にしない。
「ごほん。まぁ呼び方とかは正直どうでもいい。さっきの照れ隠し型なんて俺がそう呼んでるだけだしな。最近はツンデレの定義も曖昧で割りと適当だ。異論も認める」
「認めるのかよ」
「つまりはそんなツンデレな女の子をツンデレラと呼ぶわけだ」
取りあえず強引に話をまとめ、次のステップに移ろう。
「つまり私はそのツンデレの演技をすればいいってこと?」
「そう言う事だ。切替型と移行型は演技に向いてないから照れ隠し型でやってみよう」
さて、香織には髪型をストレートからツインテールに変えてもらった。金髪碧眼だったら完璧だったがウィッグもカラコンも無いからそこは妥協した。だが、こうして見ると黒髪ツインテールもありだな。
テーブルを横にどかして俺と香織は向かい合って座った。
俺が今までプレイしたギャルゲーのツンデレキャラを参考にして、さっそくいくつか演技をして貰う。
【シーン1】
「べ、別にあんたのために作ったんじゃないんだからね!」
香織はあさっての方向を向いて腕を組み、ちらっとこっちに視線を送ってくる。
やはりツンデレと言ったらまずはこれだろう。何を作ったかは……弁当ということで。
出だしは順調だ、次。
【シーン2】
「ばっかじゃないの? でもまぁ、少しだけは認めてあげなくも無いけど。……少しだけね」
肩をすくめて終始呆れた様子見せる香織。
態度を見ただけではデレ部分は見当たらない。
だが、最初にまず憎まれ口を叩いているが最後には少しだけ褒めている。
これもツンデレと言えるだろう。しかし、やはり台詞だけで判断するタイプは難しい。
【シーン3】
「お兄ちゃん。私とデートしたいんだ。ど~しよ~かな~」
香織は髪を耳にかけつつ、目を細めて強気な態度を取っている。
「いや、無理そうならいいよ。ごめんな」
俺がそう返すと香織が慌てて引き止めてくる。
「ちょっと待ちなさいよ! そんな簡単に諦めちゃうわけ?」
腰に手を当て、さっきよりも眼光を強めて睨んでくる。
これは怒っている様に見えても内心では焦ってて、ちゃんと誘い直さないといけないめんどくさいタイプ。
そう、めんどくさい。だがそれがいい。
【シーン4】
「ほら。手、繋ぎたいんでしょ?」
香織が右手を差し出して、少しそっけなく言いつつ俺の目を見つめてくる。
「私は……どっちでも良いけど」
徐々に声が小さくなり、一度目を伏せた。
俺が何も反応しないでいると、焦れたのか一瞬だけ上目遣いでこっちを見て視線をすぐに逸らす。香織の手は俺の方に差し出されたままだ。
これはかなりデレ度が高い。
あくまで手を繋いでも繋がなくてもどっちでも良いという態度をしつつもやっぱり繋ぎたい。
そんな心が透けて見えてかなりぐっと来る。それがたとえ妹の演技だとしても。
こんな感じでこの後も何パターンか香織にツンデレを演じてもらった。
なんだかんだと言いつつ、香織も途中からノリノリで楽しんでる様に見えた。
「どう、私のツンデレ? お兄ちゃんも満足したでしょ?」
演技を終えた香織は勝ち誇った顔で俺に聞いてきた。
腕を組んでう~んと唸り、さっきまで見ていた香織の演技を順に思い出す。
「ふん。あれぐらいじゃまだまだツンデレラとは呼べないな。ただ、まぁ……なんだ。香織のツンデレも……案外悪く無かった」
香織から顔を背けてそれだけ伝えた。素直に褒めるのもあれだしな、仕方ない。十分楽しんだしお金を貸しても良いだろう。
そう考えていると、視界の端で香織がノートを手に取りクルクルと丸めて大きく振りかぶっている。
香織の方へと顔の向きを戻して「お前何してんだ」と言おうとし、
「この、ツンデレがーーー!」
パコーンという小気味良い音と香織の突っ込みが部屋に響いた。
翌日、香織は友達と遊園地で楽しく遊べたと喜んでいた。
無駄にツンデレっぽくありがとうって言うもんだから、不覚にも萌えてしまったじゃないか。