何よりも美しい白
できるだけ音をたてないように、大きくて重い門を開けた。音がギィと鳴り、慌てて隙間に入り込んだ。今の音で気づかれていないだろうか。恐怖に身を縮めながら、投げ入れられた十字架の髪飾りを探す。銀でできたお守りの髪飾り。先日、七歳の誕生日に両親から貰ったものだ。
私はそろりと顔を上げ、屋敷を見る。
人里から一歩引いた場所に立つ、白くて静かな屋敷。門から屋敷までの道には、屋敷を隠すように木々が覆っている。屋根の上には不気味な黒い鳥が……八羽。こちらを見ているようだ。
「も~、どこ……。あいつら、ゆるさないんだから」
怒りに薪をくべ、恐怖を少しでも紛らわしてみる。
ここには化け物が、幽霊が、魔女が、何であれ恐ろしいものがいると言われていた。
近付くなと、両親を含めた大人達に強く言われてきた。髪飾りも、そういう悪い物から身を守ってくれる物だと渡された物だ。
なのに、私は屋敷へ立ち入る羽目になっている。
学校からの下校途中だ。早く帰らないと母に怒られてしまうし、どんどん暗くなる。
木が邪魔だ。姿勢を低くして、髪飾りが落ちていないか目を凝らす。
「あっ! あった!!」
髪飾り目掛け、低い姿勢のまま走る。掴むと、胸に抱き安堵した。
急いでこの場から立ち去ろうと振り返る。門が遠い。やつめ、キャッチボールが得意と言うだけのことはある。
私が一歩踏み出した時、黒い鳥が一斉に羽ばたいた。「ひっ」と声が出る。
そういえば、さっき大きな声を出したのだった。家主に見つかったのかもしれない。ゆっくりと屋敷の方を見る。自分は、屋敷の真ん前まで来ていたらしい。背後に白い白い建物。
後退りながら、つい家主の姿を探す。私は、一階の窓にその姿を確認した。白い部屋の壁に透けた何か。
「わああああ!」
幽霊だ。
私は転びそうになりながら走る。一目散に門へ。
「……ぁ……っ」
背後で窓が開くような音と言葉のようなものが聞こえた。言葉は聞き取ることができず、門の閉まる音にかき消された。
恐怖の出来事から八年。
私は纏め上げた赤髪に銀色の髪飾りを装着し、屋敷の前で仁王立ちしていた。今日も白い屋根の上には烏がいる。なんだか睨まれているようだ。
「っ~~。ちゃんと守ってよね!」
私は髪飾りを外し、十字架の長い部分を握って命令した。お守りの効果が自分を包んでいると信じ、門を開ける。相変わらず大きく、重く、嫌な音だ。
屋敷の敷地へ踏み込むと、私は真っ直ぐ、挑むように歩いた。私は昔とは違うのだ。化け物の登場する物語だって読める。真っ暗な部屋でだって一人で眠れる! だから、恐ろしいものが住むという、この屋敷の正体を暴くのだって怖くないのだ!!
屋敷の玄関前に着いた。息を吸う。
「遊びに来たぞーーッ!!」
頭に熱気が上り、汗が噴出す。胸に手をやると、心臓がバクバク音を立てていた。
ただ、ちょ~っと緊張する。過去に、私はここで実際に幽霊らしきものを見ている。何かがいるのは間違いないのだ。
細かな変化も見逃さぬように、ドアをじぃっと見つめる。ドアは上半分以上に曇りガラスがはめ込まれているものだった。ドアを開けようとすれば、はっきりしないにしろ形が分かる。その姿が異形ならば、ドアが開く前に逃げることができるし、「来た!」と身構えることもできるので有り難い。
十字架を握る手が汗ばむ。十字架以外の武器を持ってくるんだった。十字架が効かない化け物が相手ならば、私は……。
ガチャ。
ドアノブが回る。それと同時に私の肩も跳ね上がった。
「えっ、うそっ」
読みが外れた。大まかな形の確認も、身構える準備もできずにドアが開く。
曇りガラス越しに確認できないということは、やはり幽霊……!!
私は、神父様が悪魔祓いをするように十字架を突き出した。
「……どちら様?」
透き通る声が私に問う。その声を聞いてから認識した。
白い屋敷から出てきたのは、背景の白にも溶け込むほど、真っ白で儚げな少女だった。肌も、長い髪も、服も、全てが白い同い年くらいの少女。
「お、女の子?」
力の抜けた声で尋ねていた。少女は首を傾げる。
「オオンナノコさん? 珍しいお名前」
少女は微笑む。
「違うッッ!」
私は思わず叫んだ。そんな珍妙な名前ではない。
「私の名前はルルーカ!」
「ルルーカ? まぁ! 美しい名前」
少女の瞳が輝く。
「なんだ。ちっとも怖くない」
私は髪飾りを頭に付け直した。
「ああ、素敵ね」
少女が私の頭へ細い手を伸ばす。私は逃げなかった。赤毛を撫でる手が優しい。
「生きているんだ?」
少女は目をパチパチさせた。生きている本人からすれば可笑しなことだろう。だが、確認せずにいられない。
「あなたは……生きているのね?」
もう一度聞く。
「ええ。生きているわ。おかしなことを聞くのね」
「私、あなたを幽霊だと思ってきたから」
「幽霊じゃないわよ」
少し悲しそうに少女が言った。生きているのに幽霊だと思っていたなど、私は傷付けるようなことを言ってしまった。
「ごめんなさい! えっと……」
「その様子じゃ、私のこと知らないんでしょう? こんな所にいたら、叱られてしまう」
少女は屋敷へ戻ろうとする。
「待って!」
このまま終わってはいけないと思った。
「名前は!? あなたの名前!」
少女は微笑んでから答える。
「シロ」
その名は私の中にスーッと染み込んでいった。
【シロ】の意味はホワイト。どの色にも染まっていない色。晴天の雲の色。お砂糖の色。屋敷の色。そして、彼女の色だ。
それからというもの、私はシロの家へ訪れた。最初は一週間に一度程だったが、気付けば毎日行っていた。
「街に異国の者が来て、路上で踊りを披露していたんだ。それは見事で」
「まぁ! 素敵ね」
シロはいつも楽しそうに話を聞いてくれた。シロはこの屋敷から出ることはできないらしい。理由は教えてくれないが、この楽しい時間があれば何であれ良かった。
こんなに素敵な笑顔の女の子が、どうして化け物扱いされているのか。どうして屋敷から出れないのか。勿論、気にならないわけではなかったが……。
ボーン。古時計が昼の時刻を知らせる。
「そろそろお昼にしましょう」
そう言ってシロは昼食の準備を始めた。
出てきたのは丸い白パン、ミルク、ヨーグルトだ。
「また白い」
シロが出す食事は白色の物だけだ。この間は塩粥だった。
見た目と味は寂しいが、シロと食事ができるだけで満足だった。
白い空間に、白い食事に、白い服を着たシロ。
彼女は白が好きなのだろうか。
「シロは白が好きなの?」
「ええ。白で良いの」
シロが私に手を伸ばす。細く白いきめ細やかな肌。その手が私の髪を触った。
「ルルーカの髪は燃える色。瞳は夜空。服もカラフルで、見るだけで十分だわ」
見るだけで十分。私はシロの手に触れた。
「私も」
シロは、光に消えてしまうくらい線が薄い。時折、シロが人だと思えない。女神か何か尊い存在なのだと──。
後日。お小遣いで花を一輪買った。自分と同じ赤い薔薇を。あの白い部屋に映えることだろう。少しの色があるだけで大分違うはずだ。そして、この薔薇を見る度に自分を思い出してくれるかもしれない。
「花なんて持ってどこ行くんだよ」
うっ、嫌な声。
声を掛けてきた少年はクラスメイトの男子だった。私の髪色を馬鹿にして髪飾りをシロの屋敷に投げた、私を虐める男。
どうして私を虐めるのか。それはこの国に伝わる伝説が原因だ。
「赤い悪魔が赤い花って、自分大好きかよ」
ドン、と突き飛ばされた。尻元を着いてしまう。
「痛っ」
私は痛みに気付く、薔薇の棘が指に刺さり血が出ていた。
「悪魔は血も赤いのか~。皆に教えてやろーっと」
男子は笑いながら去っていった。
「アンタの血も赤いだろ……」
涙が落ちる。痛みからではなく、美しかった薔薇が歪になってしまったからだった。
それでも歪な薔薇を持ってシロの元へ向かった。
「ルルーカ! 怪我をしているわ!」
僅かな血をシロは見逃さなかった。理由を話すと、シロは薔薇を大切そうに受け取ってくれた。
「ルルーカは悪魔の子なんかじゃないわ」
シロが私の髪に触れた。触れられた先から浄化されていく。
「シロは綺麗でいいなぁ」
髪も肌も怖いくらい白い。美しい。
「貴方の方がよっぽど良いわよ」
シロは微笑むと薔薇をガラス瓶にさした。
その夜。シロはルルーカから貰った薔薇を見つめていた。
「美しい赤」
腹の底から湧き上がる欲。手に入ってしまった色。
「少しだけ……」
シロは口をゆっくりと開けた。
次の日。学校帰りに私はシロの屋敷へ来ていた。今度は道に咲いていた黄色い野花を摘んで。
「シロ!」
シロは出てきてくれなかった。いつもならすぐ開けてくれる。留守だろうか。シロも出掛けることがあるのか。一緒に外へ行こうと誘っても、頑なに断っていたのに。最近は病気とかの理由で出られないのだろうと勝手に納得していたが、実際の理由は何だったのだろう。まさか、実は私のことが嫌いで、一緒に出掛けたくなかったとかではないだろうか。いいや、そんなはずない。
「シロ……。会いたい」
扉に手を掛けると、鍵が開いていた。玄関には白い発泡スチロールが置いてあった。蓋は半開きで、中にはシロが食べる白い食べ物が詰まっていた。
「シロ?」
リビングへ行くと、シロは部屋の隅にいた。私はシロの異変に、すぐに気付いた。
「ああ、嘘。閉め忘れだわ」
シロの髪が僅かに赤みを帯びていた。あの真っ白だったシロの美しい髪が。
「髪、染めたの?」
シロに近付く。シロの足元には白薔薇が落ちていた。茎まで白い歪な薔薇が。妙に気になった。
「ルルーカ……。違うの。ごめんなさい。ごめんなさい。ルルーカ。ごめんなさい。少しだけのつもりが……」
華奢なシロの肩が震えている。
「落ち着いて。大丈夫だって。私も髪を染めようとして失敗したことがあるよ」
シロが真っ直ぐ私を見る。瞳にも色が付いていた。
「あなたは、本当に私が何なのか知らずに来ていたのね。嬉しい。……でも、もう一緒にはいられない。もう来ては駄目よ」
その言葉の意味を私が問いただす前に、シロの口から緑色が放たれた。驚いて私は野花を手放す。緑はツルとなり、玄関へ私を連れていった。
「シロ!!」
「ルルーカ。一緒にいれて楽しかった。でも、欲が出たの……」
扉の外へ放り出された。
私は扉を叩いた。何を謝っているのか。このツルは何なんか。全部説明してほしい。何より、こんな別れは望んでいない。もっとシロといたい。
清らかなあの時間をもっと一緒に。
「ルルーカ!」
屋敷の外から父親の声がした。背筋が凍る。
「こんな所で何をしている!!」
ついに見つかってしまった。
私は父に殴られた。無理矢理に家へと帰らされ、物置小屋の柱に括りつけられる。こんなに怒られたのは初めてだ。
「あそこで何をしていた!? あの屋敷には近付くなと昔から言っていただろう!」
「シロに会ってた。毎日」
そう言うと、父は青ざめた。
「屋敷には恐ろしいものがいると聞いていた……。けれど、いたのはシロだった! どうして行っちゃいけないの!!」
「はぁ……この国に伝わる伝説は知っているな?」
「授業でも散々するもの。昔、この国を壊滅の危機まで陥れたという女の話。全てを飲み込み、様々な災害を生み出し、多くの人々を苦しめた。髪は血で赤く染まり、悪魔のような恐ろしさ。心行くまで暴れた女は、立ち上がった勇者達に討伐され、国に平和が戻った。そんな伝説」
「そう。その女が今も生きていて、あの屋敷に住んでいたとしたら?」
「え?」
「あの女は白の魔女と呼ばれている。色を食べ、色を力に変える魔女だ。赤色を食べれば、炎を口から出せる。色を食べるほど危険な魔女だ。白ければ白い程、無害な魔女なのだ」
私は、シロの生活を思い出していた。生活空間も食べ物も彼女自身も白かった。父の話が本当ならば、シロは色から離された生活を強いられてきたのだろうか。
ドンドン、と物置小屋の戸が叩かれた。入ってきたのは兵士だ。
「どうされた」
「白の魔女が屋敷から逃走しました。ここから距離はありますが、安全のため非難を」
シロ……!
「なんてことだ……」
「しかし、まだ色は薄い。一度に取り込める色が少ない今なら、まだ勝機があります」
父は頷いた。その目には闘志が宿っている。
「ルルーカ。ここで大人しくしていなさい」
「嫌! シロをどうするの? シロに会わせて!! 私の話なら聞いてくれる!」
「相手は国との約束を破って色を食べた魔女だ。お前の話など聞かんだろう」
「そんなことない! シロは!!」
訴え空しく、戸は閉められた。
「シロが危ない……」
どうにか縄を解けないか、探り探りで体を動かす。娘への気遣い程度には隙間があった。
その時、警報が鳴った。シロが逃げたことを知せる放送。そして、殺すことを許可する内容。
頭は抜け出そうと必死で熱がこもるのに、手は冷たかった。周りに使えるものがないか見なければならないのに、涙で視界がぼやけていた。
「シロっ、シロ……」
髪は血で赤く染まり、悪魔のような恐ろしさだったという女の伝説。そんな部分があるだけで、悪魔つかいされた私。虐められて一人だった私。そんな私を歓迎してくれたシロ。私にとってシロは神より近い、唯一の存在なんだ。
ルルーカは力任せに縄から手を引っ張り出した。外へ出ようとするが、戸は施錠されている。ここは物置。父も道具の移動まで気は回らなかったはず。戸を壊せる道具があるはずだ。
「確かここに斧が……。あった!」
薪割り用の斧だ。
「やああっ!」
何度も斧を振り下ろす。なんとか戸を破壊し、私は外へ出た。警報が鳴ってから時間が経っている。
「シロ……!」
早くシロに会いに行かねば。シロは殺されてしまう。
「あんたも早く逃げなさい! 魔女に食われてしまうよ!」
見知らぬ女性がそれだけ言うと走り去っていった。
人が逃げる方向にシロはいるはずだ。私は女性と反対の方へ走り出した。
走っていくにつれ、街の異変に私は気付く。花壇の花が、赤煉瓦の家が、屋台の料理が、色鮮やかだった街が白に。全て、全て、白くなっていた。
松明と兵士が集まるその場所を私は見つけた。
「シロ!!」
私は兵士の集団に突っ込んだ。だが、中心に辿り着く前に、地面に押さえつけられてしまう。
「シロっ……!」
小さく吐いた声。
「……ふっ……ぁ?」
籠っているが、美しいその声はシロのもの。今、私の名を呼んだ。絶対に呼んだ。
「シロ!? シロ!!」
すぐそこにシロがいる。会いたい。シロに会いたい。
「ルルーカ、何をしている」
父の声だ。武装した父が私を見下ろしていた。
「なんて子だ……。こんな馬鹿娘だとは知らなかったよ」
「シロに会いたい」
父のことは、どうでもよかった。
「魔女の魔法にかかったか?」
父は溜め息を吐いた。
「すみませんが、魔女の姿を娘に見せてやってくれませんか。見れば諦めるかもしれません」
シロの姿を隠していた兵士達が退いていく。そこにいたのは、兵士に取り押さえられているシロ。シロなのに白くないシロだった。
「シロ?」
褐色の肌に黒い髪。金色の瞳からは絶え間なく流れる涙。口を開かないようにするためか、器具を付けられている。
「よく見ろ、ルルーカ。これが魔女の本性だ。魔女に食われた色は戻らない。魔女が色を吐けば、災害が起こる。口を塞いでしまえば力は使えない」
シロが何か言っている。私の名と謝罪の言葉を言っている。
「だが、危険なことに変わりない。魔女は生かしてもらう代わりに、色を食べないという約束を国とした。しかし、今回破ったのだ。破ったからには死を。当時の王と違い、今の王は魔女を処刑することに躊躇いはないだろう」
「処刑……って」
「公開処刑だ。火炙りだろうな」
シロが暴れ始めた。
「はは、魔女も恐れるのだな」
私は父を睨んだ。
「シロ逃げて! こいつらを殺してでも逃げて!!」
美しくて、誰よりも優しかったシロが死ぬなんて嫌だ。
「私も一緒に殺しても良いらから」
シロのいない世界は考えられない。国ごと滅びしてでも生きていてほしい。
「…………ぁ」
シロが私の名前を呼んだ。そして、微笑む。
次の瞬間、シロは地面に口を強くぶつけた。すると、大きな炎がシロと周辺の兵士を包む。
「魔女め! 僅かな隙間から色を吐いたな!?」
手が自由になったシロは、血だらけになった口から器具を外した。
「シロ……」
シロと目が合う。
シロは口を開け、青を吐いた。青は水と化し、父と兵士を押し流す。私は新たに吐かれた緑のツルに絡めとられていた。
「ルルーカ」
「シロ」
ツルが私をシロの元へと連れていく。お互いの手が触れると、シロはさらに緑を吐いた。植物が絡み合い、檻が出来上がる。外から残った兵士が侵入しようとする声が聞こえるが、ここは二人だけの空間だ。
私とシロは手を繋ぎ、一緒に座る。
「シロは魔女だったんだね」
「黙っていてごめんなさい。私は白の魔女。白であってほしいという願いから付けられた呼び方ね」
今のシロは白でも黒でもない。髪は紫、瞳は橙色をしている。それでも表情はシロだ。
「本当の名前はあるの?」
「忘れてしまったわ。名を聞かれたとき、シロだと咄嗟に言ったけれど、ルルーカがあまりに呼ぶから気に入ってしまった。だから、シロでいい」
「ここに来るとき、魔女に食べられてしまうよって言われたの。シロは人を食べるの?」
「肉は食べないわ。魂ごと色を食べるの」
「魂って、魔女より悪魔みたい」
「私から魔女と国王に名乗った覚えはないわ。悪魔でもない。私は私」
「色って美味しいの?」
「とても。ルルーカの持ってきてくれた薔薇の赤がとても美味しそうで、つい食べてしまったの。久々のとろける味で……。今日の黄色の花も、爽やかで美味しかったわ」
「それがきっかけになった?」
「食べるきっかけにはなったけれど、屋敷を出ようと思ったきっかけにはなっていないわ」
シロは私の頬に触れた。
「ルルーカと外の世界へ行きたくなった。ルルーカの話す外は、私の知っていた外の世界と大きく変わっていて。楽しそうで。興味が出たの」
「じゃあ、私がきっかけに……」
「本当に出たいと思ったのが今だっただけよ。……でも、よく考えたら。この国で私は有名人だから、ルルーカと一緒にはいられないのよね。この国を出ても追われるでしょう」
「何か方法はないの?」
シロは目を伏せる。
「人を食べると、私は普通の人になれる。人ひとり分を丸々とね」
「どうして、今まで食べなかったの? 何かリスクがあるの? それとも、魔女でいたい?」
「私は他人の人生を奪ってまで、人にはなりたくないのよ」
「シロは優しいな」
私はシロに触れた。
「私、シロが好き」
「……! 私も、ルルーカが好きよ」
「私を食べてって言ったら食べてくれる? 魂ごと食べてくれるんでしょう? シロと一緒に生きられるんでしょう?」
「そんな一緒は嫌よ」
「伝説の中の魔女は血で髪が染まって、悪魔のような恐ろしさだったという」
「一応言っておくけれど……。それ、私の血よ」
「返り血じゃないんだ。それでね、赤い髪の私は悪魔扱い。私はこの伝説を知らない国で生きたい。そして、シロと生きたい。国内でも国外でも追われるなら、私を食べて新たな人生を一緒に歩もうよ」
「ルルーカ、あなた。私に依存しているの?」
「シロもでしょう?」
シロは小さく笑った。
「私を食べて」
「後悔しない?」
「しない」
「……わかった」
シロが私の両頬に手を添えた。
「私もルルーカと生きたい。ずっと見ていたいと、ルルーカが美しいと思っていた。そして──ルルーカを食べたかったの」
シロが私に口づけをした。血の味まで甘く、溶ける口づけ。シロの髪が赤く染まりゆくのを私は見届けた。
かつての自分のように、真っ白になったルルーカ。
結われていた髪を解けば、さらに自分の姿に近付く。逆に私は髪をルルーカのように結った。十字架の髪留めも頭に付けた。
その状態でしばし待っていると、兵士が檻を壊した。
「魔女は!」
私ではなく、白いルルーカに槍を向けている。
「死にました。色を食べすぎたから」
と言ってやれば、素直に信じた。
私はルルーカの父親の隣を通り、檻の外へ出た。
服はそのままなのに気が付かない父親だ。ルルーカは愛に飢えていたのかもしれない。
「行きましょうか」
私の中でルルーカが喜んでいるのを感じる。何百年と生きてきた。生活の知恵はある。
誰もいない土地で、ルルーカと一緒に生きていこう。
【何よりも美しい白】を読んでいただき、ありがとうございました!
初めてHELIOS作品を読んでいただいた読者様へ。これから長めの後書きが始まります。逃げるなら今です。
ファンタジーを書こうと思い書き進めていたのですが、いつのまにかGLになっていきました。GLなのか作者は言い切れません。
最初、ルルーカを虐めていた彼は、実は不器用なだけでルルーカに好意を持っていたということにしようと思っていましたが、ただの虐めっ子で終わりました。
最後、二人が檻の中で会話をするシーン。会話がどどっと続き終わってしまいました。もっと二人の様子や感情や考えを書き込みたかったのですが、二人の世界に作者も入れてもらえず進んでしまいました(笑)
この後……シロは国を出て、森の奥深くで生活します。数年後、青年と出会い家庭を築き上げて幸せな人生を送るのです。ここまで考えて書かなかったのは、ルルーカが可哀そうだからです。ルルーカが思っているほど、シロは綺麗な心を持った子ではありません。
このことは作者の頭の中と後書きにのみに記されたお話。
挿絵の話。
一枚目を本文前に入れたのは、本当は表紙のようにタイトルを入れるつもりだったからです。色を塗ってから無いほうがいいと判断してタイトル無しになりました。二人だけの世界に余計なものはいらないのです。
ルルーカの十字架が思っていたより小さく書いてしまったのが残念です。
シロのされた口輪は、咥える部分は金属です。着けているのが痛々しいのを描きたかったのですが、上手くいきませんね(^^;
長くなりましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました!