#005
暗転から視界が回復し――ない。
暗いままの視界の端には、「ログインしました。(20XX/0~」とメッセージが――。
ポーン
何か頭の中に響く軽い音とともに視界に映る文章も切り替わる。そして急に肩から背中にかけて重みを感じ――。
「おぉぉ? ――っつ!」
ガチャプッ
ふらつき倒れ、お尻を打ってしまい悶える。視界の端にあった「ヒト種4種族の言語スキルを習~」とのメッセージは、悶えている間に消えてしまった。
依然、消えたメッセージ以外で視界に変わりがない。
体に感じていた風は極僅かになっているがまだ感じるし、少し寒気を覚える。お尻の痛みもあるので、肌感覚は正常なのだろう。たぶん。
上の方からさわさわと何か擦れるような音と、左の方からも微かに音が聞こえてくる。
上を見上げると何かに遮られ、見え隠れする光る点が見えた。何となくわかってきたよ。
左を向けば、距離はあるが光差す人ひとり入れそうな枠から、人影が出てきて闇に消え去る。
その明かりのお陰か、 ようやく暗闇に目がなれてきた。
もう一度上を見上げる。シルエットを辿って視線を下せば、それは幹回りが十メートルはありそうな立派な巨木があった。さわさわと聞こえる擦れるような音は、木の葉の擦れる音であろう。
周囲は二十メートルくらいか、開けて広場のようになっている。木柵だろうか、囲いがありその先は木々が、その奥はさらに暗くなり、それ以上はわからない。明かりが漏れている建物がある方向は、一応切り拓かれてはいるらしい。他にも数件建物らしきものも見えた。
何時か分からないが夜のようである。先程まで明るい草原にいたはずなのに、また見知らぬ土地にいる、しかも夜。わけがわからない。
先程の人影が出てきた扉は、まだ空いていて明かりがみえる。まだ人がいるだろうか。訪ねれば、この状況がわかるかもしれない。
起き上がろうとして、肩と背中の重みを思い出す。どうやら鞄か何かを背負っていたらしい。
肩に掛かっていた紐を外して、正面に持ってくる。
それは布でできた背負い袋のようで、中身が入っているのだろう、パンパンに膨れている、
口を開けてみるが、暗くて中身は良く分からない。揺すると、ガチャガチャチャプチャプと音がする。
チャプチャプ?
そっと揺らすのを止め、袋の底に手を当てる。湿り気はない。よかった、何か知らないけど零れてはいないようだ。
これ以上の確認は明かりの元で行うのが良さそうである。
身を起こし、歩き出す。荷物はどうしようかと思ったが、手で持ち歩くには重いので、慎重に背負い直して運ぶことにした。
しかし、なんでいきなり夜になったんだろうか。場所が変わったのは、あの場所がスタート地点ではなかったということだろうか。さっきのところから遠く飛ばされたせいで、時差が出てしまったのかな?
暗いので足元を確認しながら考え歩く。開かれた扉の前まで着くと行く手が陰った。見ると人影があり明かりが遮られていた。よかった、人が――。
「あの――」
「悪いね、もう店仕舞いなんですよ」
若い男性の声で、出会い頭に時間切れの入店拒否にあう。夜に開いている店ともなれば、そういうこともあるだろう。仕方ない諦め……いや、そうじゃない。
「あ、いえ、そうではなく――」
「ん? お客さんじゃないのかい?」
「はい、少しお聞きしたいことがありまして。お時間頂いてもよろしいですか?」
「ああ、まあ少しなら構わないよ」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えまして。今は何時でしょうか? あと、ここは何処でしょう?」
了承を得られたので、お辞儀して訊ねる。傍から聞いたら、正気を疑われる質問な気がする。早まったかもしれない。
「……変なこと聞くね。今は見て通り夜の鐘は鳴った後ですし、ここはセトの里ですよ? ……どこから来たんです?」
店員らしき人影さんに首を傾げられ、おかしなことを聞く人だと不審がられ警戒されたました!
ああやっぱり。そりゃ、自分の置かれた状況が逆なら、同じような対応をするだろう。
ごめんね、変な質問して。でも、分からないんだから開き直ろう。
「いえ、怪しい者ではないですよ? それが先程まで、明るい昼間の平原にいたもので……」
怪しい人から怪しくないと言われても信用できまい。続く説明も意味不明である。現に物理的に引かれ、観察されている気配。
「――ああ、ひょっとして異人の方? 見慣れない肌の色だし、むこうとこちらでは時間が違うと聞いたような」
「ええ、はい。その異人でたぶん合ってます。何分、初めてこちらに着いたら夜だったので、気が動転していたようです」
体を引いてくれたおかげだろうか。彼の影が消えて、明かりにこちらの姿を照らし出され、様子の違いが分かったらしい。
おかげで彼の姿もこちらから把握できるようになった。少しゆったりとした白を基調としたシャツに黒のスラックス。金髪ロングストレートでお顔も白くくっきりした森人の青年である。おまけに眉間の皺もくっきりで目を眇めていらっしゃる。いまだ警戒されている模様。
まあいい、問題の一部が解決した気がする。なるほど確かに時差はあった、リアルとゲームという間の差が。現実時間一時間でゲーム内は三時間相当経過だったはず。
ゲーム時間がいつ開始か分からないけど、そういうこともあるだろう。――そうすると、さっきまでいた草原が何なのか。また分からないことになったけど。
「それは災難でしたね。外に出るにも宿を取るにもこの時間からでは。……立ち話もなんです。入りますか? 店を閉めている途中なので、料理やお酒はお出しできないが、水くらいはお出ししますよ」
少し考える仕種をされたが、どうやらようやく警戒を解いてくれたようだ。おまけに歓迎してくれるらしい。――ただ同情されただけかもしれないが。
厚かましいかもしれないが、ここはお言葉に甘えよう。落ち着いて物事を考えたい。
「すみません。またお言葉に甘えます。ありがとうございます」
「どうぞ」
そう応え背を向け歩き出す彼に従って、店内へと入る。
お読みいただきありがとうございました。
5/10 誤字修正。
気づけばブックマーク登録を頂いてました! ありがとうございます。
拙い作品ですが、今後ともよろしくお願いいたします。
2018/9/25 一部表現や誤字等修正のため改稿。