#002
暗転。浮遊感を味わい視界が明るくなると、そこは先程見た青空と草原の広がる場所にポツンと佇んでいた。
「ようこそ、新しい異人さん」
不意に右手から声を掛けられたので、そちらに顔を向ける。風景が流れ、草原の向こうに残雪残る山々と裾野の森が見て取れた。内心、硬直せずレスポンスがあって、安堵する。
しかし、先程聞こえた声の主の姿は見当たらない。いや、不自然なものはある。淡くゆっくりと点滅する謎の発光体が漂っている。……これはアレかな、ファンタジーらしく幽霊か、はたまた妖精の類のものだろうか。
「ようこそ、新しい異人さん?」
じっと謎の発光体を凝視していると、そこからまた同じ声と台詞が聞こえてきた、ような気がする。不審がる疑問形になって。
異人とはプレイヤーの総称であり、ゲーム世界に住まう4つの人型種族の何れかに姿形は似ているが、生態が異なるため別種として認識されているらしい。
今、周囲には私しかいないのだから私のことだろう。
「えっと、あの、私にお声いただいたのは、目の前に浮かんで光っていらっしゃいます?」
軽く思考が乱れ、傍で聞いたら怪しい表現で応える。
「そうです。わたくしはイヴァンナ。新しく訪れた異人の皆様が、この世界に慣れ楽しんでいただけるよう、お世話する役目を仰せつかってたAIでございます」
「これはご丁寧にありがとうです。イヴァンナさんとお呼びすればいいですか?」
「はい。敬称を付けて頂かなくても、または敬称を付けて頂けるのであれば、『様』でも構いません」
この発光体が、声の主で合っていたようだ。あんな言葉でもきちんと理解してくれるとはよくできたAIである。イヴァンナという名の彼女(?)はお辞儀つもりだろうか、上下に一度大きくゆったり揺れる。そしてお世話してくれるらしいが、思ったよりも図々しいようである。
「早速になりますが、こちらの世界の概要をお聞きになられますか?」
「出来ればお願いします」
「かしこまりました」
彼女(?)の語るところによれば、やはり剣と魔法のファンタジー世界であり、その楽しみ方は千差万。ひたすら闘争に身を置くもよし、まだ見ぬ大物を釣りに大海原に行くもよし、片田舎のスローライフもお勧めらしい。
現実では体験できない、あるいは体験が困難な事をしてもらうために開発された世界であり、そのため感覚もできるだけリアルに再現できるようになっているらしい。
「いろいろ出来るんですねぇ。……こちらならではの出来ることってなんでしょう?」
「はい。一例になりますが、身一つで空を自由に飛び回りたいと思った異人さんがいました。風の魔法を修練して、ついにそれを可能としました。彼曰く、『鳥になるとは、こうゆうことなのだろう』と感動していました」
確かに空を自由に飛ぶことは人類の一つの夢か。時間があれば、そういうことにロマンを見出すのもいいかもしれない。うんうんと頷く。
「そして、ある都市上空で遊んでいたところ、付近を巡回していた鷹馬隊が駆けつけ、討たれてしまいました」
「……へ?」
「もし同じようなことを為されるならば、最低限、衣服はきちんとされた物を身に着けてください。問答無用で討たれる確率は下がるとか存じます」
「え?」
与えられた情報の処理が追い付かない。つまり、それはなに? 「身一つ」とは、裸かそれに類するような格好で空を飛んでたってこと? そして、人目に付くようなところでやったせいで、不審者として問答無用で殺されたと? いや、服を着ていても殺される可能性が残るなら、防衛面とかそんな感じので目を付けられたから? いやいや、まずその開発者は何でそんな恰好で飛ぼうと思ったのよ? デバック? ストレス? 趣味?
というか、これ、予想だにしなかった部分も頷いていたせいで同調したと判断されて、同類と思われている!?
「当方と致しましても、是非とも様々なことを体験していただきたいは存じます。が、悲しいかな何事にも規則や限度というものがございます。
もう一度忠告致しますが、時と場所と場合を弁えてください」
「ちょっ、忠告って」
「よろしいですね?」
「ア、ハイ……」
何故だろう、身に覚えのないことに念を押され、一方的に押し切られてしまった。目の前まで近寄られて、チカチカ高速で点滅されたら、仕方ないよね。
彼女(?)は、こちらが了承すると元の位置に戻って、またゆっくりと点滅している。
しかし、レーティングが高めに設定されたいたのは、そのせいというわけじゃないよね?
「それではそろそろキャラクタメイキングと参りましょうー」
「……わーい」
「うん? 何やら元気のないご様子ですね。……まあ、よいでしょう」
返事に力が無いのは、あなたのおかげで、この世の無情を嘆いているからですよ。身に危険のありそうな話を終えて、先に進めてくれるなら乗っかろうでないか。
「まずは、こちらでのお名前をお伺い致しましょう。あ、すでにほかの方が登録されている名前は使用できませんのでご注意くださいませ」
入力パネルが現れているが、いい案が浮かばずに時間が過ぎていく。
名前の重複は認められないとなると、単純に本名や愛称を捩ったものを入力してもだめかもしれない。試しに「ベル」や「リン」と入れたら、案の定ダメ出しをもらった。
ならばと、名前になりそうな好物を入れてみる。
「『マーガリン』様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「本当によろしいでしょうか?」
「……はい」
「うけたまわりました」
何故だろう、念のために間違いがないかの追確認だったのだろうけど、もしかしたら早まった気がしないでもない。
「次に性別をご回答いただけますか?」
「女性で」
「女性でよろしいでしょうか?」
「はい」
「うけたまわりました。 ……では続いて、基礎となる種族を決めていただきます」
平人、小人、森人、獣人というウィンドウパネルが表示される。各種族ごとにその姿といろいろな項目と数値が並んでいる。
「ご覧いただいています通り、四種族のうちから一つをお選びください。
各種族についての説明はご入用でしょうか?」
「出来ましたら」
「りょうかいです。
まずは平人。主に平野部に活動拠点を置いています。土地に対して高めの適応性があり、最大の勢力圏を誇ります。
全体を見れば、その能力は可もなく不可もなし、特徴が無いのが特徴の種族です。しかし、ときたま突出した才能を持った個が現れたり致します。ややこしいですね。
いたる所に姿を現し場を荒らすことから、一部ですが他種族からはアレな感じで扱われる事があります。まあ平人も驕って他種族を蔑む、残念なのもいるのでどっちもどっちでしょう」
「……」
先程の事を教訓に静かに説明を聞きながら、目の前のパネルから説明のあった平人を見る。サンプルとして表示されている姿は、何の変哲もない人型である。説明でも特徴が無いと言われたので、納得する。
「次に小人。またはドワーフとも呼ばれます。
こちらは山間部に主な生活の場を置いています。少数で勢力圏それほど広くありません。
山や地下に潜り、そこで取れる鉱物資源を活用した技術屋としての地位を確立しています。
能力としては力強く器用ではあります。標準体型がずんぐりしているため、鈍重に思われがちですが全然そんなことありません。ただ難しいことを考えるのを苦手としています。酒に滅法強くて弱いです」
小人を見ると姿は確かに他のと比べると小柄で、ずっしりとした印象を受ける。酒に強くて弱いとは謎掛けかなにか?
「続いて森人。またはエルフと呼ばれます。
こちらは主に森林部にて自給自足をしています。こちらも小人に負けず劣らずで勢力圏は広くありません。
土地柄を活かし木材関係の技術には、目を見張るものがあります。
長命で知識量は他と比べて一つ抜けていて、魔法の扱いも上手です。標準体形がひょろりとしていて、頼りない印象は否めません。
森での自給自足に飽きて放浪する高齢者が増えたて来たと、若者衆が嘆げいています」
平人と比べれば、多少華奢といった感じか。耳が長いようで、見分けにくいということもないだろう。もしかして最後の一言はツッコミ待ちなのだろうか?
「最後に獣人。こちらは少し特殊な種族で、人型以外の動物の因子がある人を一括りで呼び、その姿は様々です。そのため、同じような特徴のある者たちが、姿に適した土地で生活しています。
こちらを選ばれた場合、さらにどの動物の因子を選ぶかによって姿・能力が変わります。
全体で見るとその能力としては、力強く俊敏ですが、魔法の扱いは苦手としています。また動物の因子のためか、時たま感情を高ぶらせ暴走させることがあります」
獣人パネルを見ていると、人に犬を足したような姿や猫を足したような姿、トカゲを足したような姿などに色々切り替わって表示される。
「それと彼ら獣人の性質上、耳や尻尾などを有している場合があります。
気になるからといって、他人のこれらにむやみやたらと触れる行為はご遠慮ください。
もっとも他人にむやみやたらに触れる行為自体、ハラスメント行為の可能性があり相応の罰則があります、ご注意ください」
「……」
黙ったまま頷く。
さて、どれにするかだけど小人と獣人は除外しよう。小人はお酒の一言が不安であるし、獣人は感情の暴走が怖い。そうすると平人か森人となるわけだが……。
森人にしよう。ファンタジーな世界ならファンタジーな姿になるのもいいだろう。
お読みいただきありがとうございました。
以後、更新は不定期となります。
5/6 イヴァンナ、種族選択時の前口上を一部修正。
前)「~、種族を決めていただきます」
後)「~、基礎となる種族を決めていただきます」
2018/9/25 一部表現や誤字等修正のため改稿。キャラクタ名変更:イヴァンヌ→イヴァンナ