卒業
――――――――私は、正直言って、卒業式で泣けるか心配だった。
卒業式の練習で、やっと卒業するんだって実感した。
でも、みんな泣くのかな?
私も、やっぱり泣くのかな?
卒業式当日、私は着慣れないブラウスの上から、ごわごわしたジャケットを羽織って、卒業式に出席した。
意外と外は風がなくて、暑いくらいだった。
私が家から出ると、仲良しの桃歌が待っていた。
桃歌も、私と同じような服を着ていた。
桃歌はいつも髪をポニーテールにしている。
なのに、今日は結ばずに前髪を編み込みにしていた。
私はそれに驚いた。
「美紗、遅い!」
いきなり桃歌が叫んだから、私は飛び上がりそうになった。
いきなりそんな大声出されると、困る……。
桃歌は、腰に手を当てて、怒ったような表情で仁王立ちしていた。
わたしはそんな桃歌をごまかそうとして、桃歌の髪に気が付いた。
「桃歌、結んでないと雰囲気変わるね」
私は桃歌に笑いかけながら言った。
すると、桃歌は髪を撫でながら、「そうかな……?」とつぶやいた。
私は、「そうだよー!」と桃歌の背中をばしばし叩いた。
良かった、ごまかせた。
私はそう思って胸を撫で下ろした。
思わず、ため息が出る。
その瞬間、桃歌はまた怒った表情に戻って、「ごまかしはききませーん」と言いながら、舌を出した。
ダメだったか……。
私は声に出さないようにしてそう思った。
桃歌の真っ黒な髪が風で揺れる。
やっぱり、結んでないとなんか変な感じがする。
って、このままだと卒業式に遅刻するかも!!
「桃歌っ! 早く行こう。遅刻しちゃったらどうすんの!?」
私が桃歌に向かって叫ぶと、桃歌はぐちぐち言っていた文句をやめて、走り出した。
桃歌の髪が風で激しく揺れている。
もう、揺れているとは言えないほどかもしれない。
私は二つ結びにした自分の髪を見ながら、そう思った。
私は必死に桃歌に追い付こうとしたけど、結局抜かすどころか桃歌よりかなり遅れて学校に着いた。
遅刻にはならなかったから、良かったけど。
「美紗ったら、自分から言っといて、遅れて来るとかどういうことー?」
桃歌が笑いながらそう言った。
バカにしたような桃歌の笑いが、すごくムカつく。
私は卒業式にケンカなんてしたくないと思って、桃歌を相手にしなかった。
そしたら、桃歌も諦めたようで、何も言わなかった。
「二人とも、卒業式にケンカなんて、やめなよー」
クラスメイトの、穂果が私と桃歌の間に入ってきた。
うちのクラスの天然代表。
そこが女子の間では人気なんだけどね。
穂果は、いつも通り、髪を一つ結びにしていた。
水色のリボンに、黒のジャケット。
スカートは黒だった。
穂果らしい服装だった。
「穂果、似合ってるよ。私もそれが良かったな~」
穂果の服を見ながら、そう言っているのは紗矢だった。
紗矢は普段結んでいない髪を、私と同じように二つ結びにしていた。
女子の間では珍しい、短パンだった。
しかも、ジャケットから飛び出しているのはリボンではなくてネクタイ。
私は紗矢の服を見ながら、「短パン似合うね」と言った。
すると紗矢は、「そうでしょー?」と言って、私たちにピースサインを見せつけてきた。
紗矢っぽい行動……。
私は苦笑いしながらそう思った。
「ね、ところでさぁ、美紗は泣く?」
紗矢がいきなりそんなことを言ってきた。
私は紗矢の質問をさらっとかわした。
こういうのは言いたくない。
「紗矢はどうなの?」
そう聞いてみると、紗矢は笑って言った。
「泣くわけないじゃん!! てか泣きたくない。でも、うちのクラス最高だったよね。日野先生で良かったよ~! あ~、卒業したくない~」
そう。
日野先生が、みんなの想い出。
本当に面白いんだよね。
みんな好きだったんだと思う。
おかげでうちのクラス、本当に楽しかったんだから。
「美紗は泣かなさそうだよね」
桃歌が私の顔を覗きこんで言った。
もう、桃歌のバカ。
せっかく紗矢が忘れてくれてたのに~。
「はいはい。泣かないよ」
私があきれたように言うと、穂果が不思議そうに聞いてきた。
「美紗は卒業、寂しくないの?」
そう言われると、どうなんだろうって、自分でも思う。
寂しいのかと言われたら寂しいけど、泣くほどでもないような気もする。
うーん、どっちなんだろう?
私、寂しいのかな?
「寂しい……かも?」
「かもってなによー!! 日野先生と離れるんだよ? 寂しいでしょっ!」
紗矢が私の背中をたたきながら言った。
痛いっつーの。
「あー、寂しい寂しい」
適当にそう答えたら、紗矢がギャーギャー言ってきたけど、私は無視して席に着いた。
でも、紗矢とは通路を挟んで隣だから、色々と文句を言われ続けた。
ま、こういう紗矢は嫌いじゃないけど。
いよいよ卒業式が始まった。
まず入場して着席。
国歌と校歌を歌って、着席。
で、卒業証書授与。
長すぎて寝そうになった。
それが終わると、国語辞典を市長さんからもらって、あ、校長先生の話もあったな。
とかとか、とにかく長いのが終わって、卒業ソングを一曲歌って、退場。
サプライズが大好きな1組。
日野先生に感謝の一言を告げて、退場した。
そのときに、超泣きそうになった。
私も泣くんだなぁ。
気が付けば、紗矢や杏珠も泣いていた。
って、明日香も泣いてるし。
明日香は私の仲良し。
杏珠も。
男子とかも泣いてたし。
やっぱり、これは日野パワーだよね。
日野先生のおかげだよね。
日野先生はいつも私たちを誇りに思ってくれてて、優しくて、厳しくて、楽しい。
一週間に一時間は大体遊んだし、授業も楽しかった。
みんなは日野先生のところに集まると、泣きながら訴えた。
「私、もう一年六年生やる。中学なんて、一生行かなくても良い!」
紗矢がそう言った。
杏珠の後ろから明日香も言い出した。
「日野先生とずっと、6年1組、やるよ!」
みんなが叫んでいる。
私は一人、その様子を眺めていた。
泣くことも出来ずに。
だけど、卒業するのは、少し寂しい。
そう思っていたとき……私の横で春菜が言った。
「でも、いつまでも6年生じゃだめだよ! 別れの言葉でも、私たちは西小学校を旅立ちますって、言ったじゃん! 私たちは進まないといけないんだよ!」
春菜の言っていることは納得できた。
そこで、私はこう思った。
いつか、私たちはこのクラスより最高なクラスを見つけるかもしれないって。
まだ、あと6年もあるんだから。
大学まで行けば……10年位かな?
そんなにまだ未来があるのに、ここで止まってちゃだめだと思う。
そんなの、日野先生に悪い。
だから……。
「春菜……なんでそんなこと言うの?」
穂果が言った。
穂果も、日野先生のこと、好きだった。
春菜はこう言った。
「だって、進まないといけないじゃん。私たちには、未来があるの。きっと、中学入学が目の前にくれば、日野クラスより中学の新しいクラスが楽しみになっちゃうはずだよっ!」
私は少し傷ついた。
いつか日野クラスは、みんなの記憶の全体に広がっているのから、すみっこに行っちゃうのかなって思って。
でも、そんなはずないよね。
だって、みんな日野先生が好きなんだから。
私はそう決め付けて、忘れることにした。
春菜ももう何も言わなかったし、みんなも少し納得したようだった。
卒業するっていうのに、けんかしたくない。
でも、私は……。
やっぱり、卒業するのが嫌なんだ……。
そう思っていると、自然に涙が出てきた。
私、泣いてる?
「美紗? 大丈夫?」
桃歌が聞いてきた。
でも、桃歌も泣いていた。
桃歌は泣き虫だから。
って、こんなこと言ってたら失礼だね。
「大丈夫。大丈夫……」
私は泣かないようにしながらそう言った。
それでも、涙が止まらなかった。
それでも、終わってしまった。
私たちの、光り輝いた小学校生活は。
でも、私たちは、振り向かずに歩いていくんだ。
日野先生とだって、いつか会えるんだから。
私は、そう思って、最後の教室へと向かった。