侍従のこと
短いです。
チサが城内を歩く時、必ず付いてくる人がいた。
その人は、キリエ侯爵の腹心とも言えそうな(あくまで主観的見立てだけど! だって初めて侯爵に会った時からずっと彼の傍にいたし、主の特殊な体質も知っているらしい)あの侍従だ。
「……あの」
「なんでしょう?」
にっこり優雅に微笑むその人は侯爵に負けず劣らずの美形だった。髪は銀で長く、緩く結ばれて背中に垂らされている。全体的に色素は薄く、理知的な表情がよく似合う。
能面に近い表情は、微笑みながら怒っているようにもとれるし、従順に付き従っているようにも見えた。
が。
「わたし、今から厠に入るんですけど……」
「知ってますよ、ここは ソレ 以外ありませんから」
「……ついて、くるんですか?」
恐る恐るうかがえば、あっさりキッパリ肯定された。
「当然です。侯爵の大切な伴侶である貴女の安全を確保するのが私の務め、主からも固くお願いされています――ああ」
不意に合点がいったと、侍従は頷きチサに向き直る。
「ご安心を、私はチサ様と同性にございます。なんなら脱ぎましょうか?」
にっこり笑った彼女(彼女っ?!)に瞠目し、しかして見てみれば確かに女性的色香がある。さっきまでなかったのにっ!!
「勿論、中までは入りませんよ。扉のところでお待ちしますので、ごゆっくり」
いやっ、いやいやっ! 無理でしょう。
と、チサは例え同性とは言え扉の前で待たれるのは必死にイヤだとごね、何とか歌を歌って待つように約束を取り付けた。貴族って、みんなこんなに窮屈なのかしら? それにしても、侍従さん歌ヘタね。