表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/21

キリエ城にて

最後に(いつものごとく明るく軽い)R15場面を少し含みます。ご注意ください。

 チサは男爵家の生まれだったが、所詮商人あがりの成り上がり貴族なので侯爵の居城という場所に入って目を丸くした。だって、お城なのよっ、お城!!

 言葉通り、山手に建てられたそれはででん、とか、どどんという感じで立ちはだかる由緒正しい厳かな建造物だった。

 未知との遭遇。

 すごい!

 手と手を合わせて、ピョンピョンと跳ねれば背中に立つ城の主を振り返り「素敵ですねっ」と興奮を隠さない生き生きとした表情で素直な感想を口にした。

 正直、もっと本音を言えば「探検したい!」であるが、流石に二十歳を過ぎた淑女が言うべき言葉ではない。たとえ、どんなに 見た目が 子どもに見えようとも……いや! だからこそココは我慢だ。

 ググッと拳を握りしめて堪えていると、後ろから忍び笑いが聞こえてきた。

「チサ」

 彼は小さな体のさらに小さな手を取ると、微笑んだ。

「我慢してるのバレバレだよ。私には血の匂いで解かる」

 ……なんですと?!

 愕然とするチサに侯爵は楽しそうに声を立てて笑って、ひとしきり悔しそうに真っ赤になる花嫁をからかった。

「こっ、侯爵さま! ぷ、プライバシーの侵害ですっ」

「ぷっ。そう? まぁまぁいいじゃない。私たちは 夫婦 になるんだし」

 隠し事はよくない、と少年のような無邪気さで訴える。うう、なにこれ?! 羞恥プレイなのっ?

「そ、そういう問題じゃありません!! 女の沽券にかかわりますっ」

 見栄くらいはらせてくださいっ、と涙目で訴えれば、膝をついた侯爵が涙を指で拭って謝る。

「見て見ぬフリをしろって? 無理」

 即答の彼に恨みがましくチサは睨んだけれど、子どもが駄々をこねているみたいで嫌だ。

「どうして、ですか?」

 フリくらいしてくれても、いいのに……と唇がついつい尖ってしまう。

「どうしてかな? ふふ、そのうち解かるよ。とりあえずチサの要望を叶えようか……城内を案内するよ」

 と、立ち上がった侯爵に手を引かれ、チサは諦めて従った。


 最初トボトボだった足取りは、促されるままに進むにつれて軽くなる。


 ああ、単純バンザイ!



  *** ***



 城内の案内もほぼ終えた頃、視界を飛んだ黒い……物体に、チサは「ひっ!」と身を竦めてすぐ傍にいた侯爵にしがみついた。

「チサ?」

「い、いま。黒いモノが! 黒いモノがいましたっ、侯爵さま!!」

 チサが想像する黒くて飛ぶモノはあまりお近づきになりたくない、素早くてカサカサ動く生命体だ。なので、表情はどうしても強張る。

 いや、もちろん。こんな広いお城だもの、あのどこにでもいる 憎らしい ほどの生命力に溢れた存在ならばいてしかるべきだろう。でも。なにも、着いて早々お出迎えしなくてもいいものを! と思わなくはない。ううん、ものすごーく思うっ!!

「ああ」

 縋った城の主である侯爵は、よくあることなのか(それはイヤァァァ!)平然とその影が飛んでいった方角を見遣ると、チサにも顔を向けさせようとするから抵抗を試みる。

 が、ギギギギギと彼の力に負けて向けられてしまった。

 ギュウゥゥ! と目を瞑って、現実逃避。いないいない、ここには何もいませんよ、っと。

 フゥゥゥ、と鼻先に息がかかる。

 ひわわっ!

「貴女が、キースの花嫁? 歓迎するわ」

 少女のようなコロコロとした涼やかな囁き声が耳を擽って、ひんやりとした感触が頬に触れる。

 目を開けたそこにいたのは、背中に羽のついた手のひらサイズの小さな女性。童話に出てくる妖精とか精霊みたいな透きとおる綺麗な体をしている。フワフワと揺れる彼女の黒い衣は空気にとろけ、背後の風景に違和感なく一体化していた。

(………え?)

 チサの頬に親愛のキスを落として……彼女は美しく微笑むと、「はじめまして」と小首を傾げてみせた。



 永く住まう場所には不可思議な存在が宿るという物語は数多い。特に子どもに語り聞かせる類の寝物語には見たこともない恐ろしい魔物と闘う神様のお話や、不思議な力を持つ世界との交流の出来事などが主流だ。

 子ども達はその話を聞いて胸を躍らせ、夢に見る――いつかそんな場所に行けるのだと。


 とは言え、である。



「び、びっくりしました。本当にいらっしゃるなんて!」

 頬を上気させて、チサは興奮を隠しもせずにうっとりと彼女を見つめ、まさか子どもじゃなくなってから(見た目は関係ないのよっ)そんな世界に飛びこむことになるなんて! と目を輝かせる。

 未来の旦那様が普通の「人間」ではないのは理解していたが、よもや「普通ではない」が日常になろうとは……想像だにしていなかった。

 いやいや! 想像力が足りていなかったわ!! と猛省する。

「そんなにじっくり見ないでいただける? お恥ずかしいですわ」

「で、ですよね! すみません、不躾でしたっ」

 ペコリ、と頭を下げて、そろそろと顔を上げると「よろしくお願いします」と指を差し出す。

「チサ、と申します」

 それが握手の構えだと理解すると、彼女は目を見開いて次に「まあ!」と花が咲くように笑ってくれた。




 夜、チサの寝室にはキリエ侯爵がいた。というか、彼のいる寝室に普通に通されたとも言う。

 押し倒されて首筋に歯を立てられる。

「はぁ……んッ」

 かかる息とそのあとにやってくる痛み、疼きと肌を撫でる舌の感触に目を閉じる。

 ナデナデ、と心を落ち着かせるためにいつものクセ(っていうの?)で彼の髪を撫でながら、チサは気になっていることを訊いてみた。

「侯爵さま」

 顔を上げた彼は目を合わせ、クラリとするキラキラのアメジストの瞳だけで先を促した。

「このお城には あの方 みたいな妖精が、たくさんいるのですか?」

「ん? 普通よりは多いかもしれないけれど……どうして?」

「えっと、そのぉ……ただの好奇心です。また、見てみたいな、と思って」

「そう。でも、彼女たちは警戒心が強いからな。難しいかもしれないよ? 今日のあの人が特別なんだ」

「……そう、なんですか」

 シュン、となったチサに微笑んで、侯爵は彼女の夜着の前釦を外していく。

 胸を揉んで大きくする、という試みは彼の その場限り の口上ではなかったらしく、毎夜こうして律儀に挑んでくるから最初こそ抵抗していたチサも恥ずかしいけれど受け入れるしかなかった。

 楽しい、とは到底思えない行為なのだけれど……案外、侯爵は気に入ってくれているらしい(なんて奇特なっ!)。当たり前、と言うみたいに虫刺されのシルシを肌につけるし。

 ペッタンコの胸を両手で包んで揉み上げ、次第に尖って色づく先を指で摘む。

 最近はそこに口で吸いついたりして、なんだか倒錯的だ。

(………)

 背中がゾワゾワする。

「ん、んっ! あぅっ」

「チサ、可愛い」

 チュウと吸いつく彼に真っ赤になって、チサは顔を背け(倒錯的)と思った自分に 自分で ひどく傷ついた。

(馬鹿みたい……)


 自分ほど彼は見た目を気にしていないのに……そう思うもののやはり、もう少しどうにかならないかと胸に吸いつく侯爵をチラリと見つめて、ハァと悩ましいため息をついた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ