閑話2・キリエ領にて
超短いです!
ガタガタとキリエ領地の南端の市街地を通る馬車を見て、にわかに周囲が騒いだ。それもそのはず、その馬車にはこの領地の領主であるキリエ侯爵家の家紋がついていたのだ。
その格式が高そうな人を寄せ付けない黒塗りの馬車は一目散にメインロードを駆けると、そのまま市街中心部を通り抜けて遥か向こうにある山手の城へと消えていった。
世俗から離れた侯爵は、領民の人間にもあまり姿を見せない。だから、領主の顔を彼らは見たことがなかった。
その日、通った馬車からは小さな女の子の顔が見えた。
キラキラと輝く翡翠の瞳で物珍しそうに街並みや、呆然と立つ人々を眺める。
黒いフワフワとした黒髪と、白磁の肌はお人形のように可愛く映る。
呆然と彼女を見送った領民たちの心は、(あれは、侯爵様の……何だろう? 娘? いや、結婚はまだのはずだし。親類の子どもとか、養女? まさか恋人、ってことはなかろうが。だって、それじゃ犯罪)と混乱をきたしていた。
もともと、領民には領主の人柄がほとんど伝わっていない。領地内の暮らし向きは安定しているし、環境も悪くないから治政に関して彼は悪くない資質の持ち主なのだろう。くわえて無謀な税の取り立てや、傍若無人だったり非人道的な行いも耳にしないのだから、領民からすれば姿が見えないくらいはどうってことのない些末な問題だったのだ。
この少女が――侯爵の花嫁であることが知れるまで、あと少し。