閑話1・朝帰りと求婚者
短いです。チサの父親視点。
男爵は、瞑目してすぐに快諾した。
娘は少し目を瞠り、侯爵を見てニコッと微笑む。
「では、一週間後に迎えに上がります。チサ殿、準備を願えますか?」
「はい。キリエ侯爵さま」
ドレスの裾を広げて、彼女は礼の型をとり手を差し出した。
娘チサが初めての朝帰り(というか、すでに昼。夕刻に近い頃だった)日、ジャカルティエ男爵はいたくご機嫌だった。
それも、そのはず。
彼の長女であるチサは、貰い手がないと噂されるほどの不憫な娘だったのだ。彼女を送ってきた相手は、キリエ侯爵。適齢期を過ぎた二十歳の娘を見初めてもらえただけでも十分だが、やはりチサには幸せになって欲しい。
あまり社交界に姿を見せない侯爵だが、対面して見る限りは完璧な貴公子だった。
ジャカルティエ自身、もとが商人の成り上がり貴族であるから、滲み出る気品というものにただただ圧倒されるばかりだ。
よく、チサがこの出来すぎた相手を射止めたものだ。侯爵はよほどの奇特者か、あるいはロリコンだろう。間違いない。
チサは、二十歳だが見た目は十三歳でも通じる寸足らずだ。性格も前向きで人見知りもしない、容姿さえ人並みに成長をしていれば結婚相手は事欠かなかったはずの娘。
幼い見た目を気に病むどころか、武器にしてでも結婚相手を見つけてくると意気込んでいた娘。
別れ際、侯爵に指先をそっと口づけられ、頬を染める姿は年相応に女性の表情をしている、と思えなくもなかった(見た目は限りなく「小さな少女に跪く貴公子の図」、だが)。
キリエ侯爵が、チサをすぐにでも屋敷に迎え入れたい様子なのも父親としては複雑ではあるが、好ましいとも思う。望まれているのならこれ以上の良縁はない。
(――ようやく、私も花嫁の父親か)
感慨深く、娘とその夫となる予定の侯爵との別れの光景を見届けた。