結婚前夜と、その次の朝
R15場面があります。ご注意ください。明るく軽め、ただし際どいです。
キリエ侯爵とその小さき花嫁の結婚式、前夜。
花嫁であるチサの寝室で、いつものごとく侯爵のお食事の真っ最中だった二人は夜遅い訪問者に目を見開き、一人は諦め一人は静かに憤った。
部屋の主の許可もなくやってきた訪問者は、肉食めいた眼差しのご公女で、結構頻繁にやってくる。それこそ、二人の都合などお構いなしでしかも邪魔であるという自覚を当然にもってやっているからタチが悪い。
さらに、ここ数日前からはそれに騒がしいオマケまでついてきた。
公女がつれてきているワケではないが。
彼女は自覚があるようでないから、これもまた別の意味でタチが悪い。
「楽しそうだの。チサ殿、妾も仲間に入れてくれぬか?」
獲物を狙う肉食獣らしく舌舐めずりをするように微笑む公女の口から出た言葉は、結婚間近(というか、明日結婚式なんですけどーっ)の二人に提案するような話ではない。
涼やかな声音とは雲泥の差の内容に、慣れてしまった感覚に愕然としつつチサは「嫌です」とぷるぷると首を振る。
「ご、ご公女さまっ! な、何度も申し上げますがっ、勝手に寝室に入らないでくださいませ!!」
問答無用で乗り込んできた高貴な方を追いかけてきた侍女ルルゥは、はひはひと息を乱しつつ一緒に寝室に入ってくるとたどたどしいながら厳しく諫めた。
「ふむ。そうはいうてものう……妾とて必死なのじゃ。もう時間もないしの、ここは多少強引でも構わぬのではないか?」
さも当たり前のように呟いて、不穏な眼差しを寝台の二人に向けた。
小さな姫はぎょっとして、彼女を抱く侯爵はヒヤリとした冷気を纏った。
結婚前夜の花婿からすれば、「冗談じゃない」の一言に尽きる。事実、そばにいたチサにはその低い声を聞いた。
腕を引かれ寝台から床に立たされると、公女と侍女の横を通り過ぎ扉へと導かれる。
「何処に行く?」
「邪魔をするな。部屋を変えるだけだ」
「ホホ、一度妾と寝れば追いかけぬというに」
公女からすれば、魔族の精さえいただければあとは興味がないらしい。少しの我慢と妥協さえすれば失うものは何もない、とでもいうように軽く誘う。
まあ、外見は儚げな美少女(黙って、肉食のオーラさえ隠していれば)だし、スタイルもまろやかな曲線のなかなかの肢体の持ち主であるからして、男性的には喜ばしいのではないだろうか、と幼児体型がコンプレックスのチサ(二十歳)は気が気ではない。
ご公女(年齢不詳)に勝てる気が、全然しない。
けれど、彼は心底辟易として吐き捨てた。
「断る」
冷え冷えとしたキースの苛立つ様子にチサでさえほんの少し驚いたのに、当事者の公女は動じることなく「まあ、よいか」と引き下がる。
「結婚したからといって、何も機会がないわけではあるまい」
いやいやっ! とチサは力一杯「困りますっ」と訴えたかったが、その間も与えずにキースは彼女を引っ張り部屋から出てしまっていた。
「聞くに堪えない」
と、まるで代弁するかのような男の沈黙の背中に抗うこともできず……(明日、ちゃんと一言言っとこう)と心密かに握り拳をつくり小さな少女は頷いた。
さて。
花嫁の部屋を出て、どこに向かったのかと思えばそれほど離れてはいない城の主である侯爵の寝室だった。チサの部屋よりも間取りは広く、仕事部屋としても使えるように寝室とプライベートな部屋のほかに執務机のあるカッチリとした部屋が置かれている。
ちなみに警備も一番厳重。カッチカチ。
じつは入るのが初めてのチサは物珍しくてキョロキョロと辺りを見渡した。
「いいんでしょうか……」
言葉とは裏腹に興味津々と目を輝かせている彼女に、キースは「いいんじゃないかな」とかなり適当に答えた。
本来は、婚前に旦那となる男性の部屋、寝室に入るのはあまり褒められた行為ではない。格式高い家柄なら、ふしだらだと破談の要件にもなりえるほどだ。対して、男性が女性の部屋、寝室に入るのには寛容で敢えて咎めることはない。
不条理と言えば不条理な習わしであるが、どちらにしろ公にしなければ問題にはならない。
「だって、今日は私たちにとってトクベツな日だろう? あんな騒がしい場所で邪魔なんかされたくないじゃないか」
チサの小ぶりな手を引いて、侯爵は寝室まで導くと「トクベツ?」とぼんやりと考えこんでいる彼女を手放して、自分は寝台に腰掛けた。
手招きをする。
「おいで。君の処女の味を堪能したい、たぶん 最後 だからね」
ぎゃっ! ぎゃわーーっっ。
い、いまっ。バクダンハツゲン、聞こえましたけどっっ。そ、空耳?!
キョロキョロ。挙動不審になりました!
「何? そんな驚くこと?」
「だ、だって。処女の血は珍味だから、そんなことっしないと……」
「するよ、もちろん。食欲ほどではないにしろ、性欲もあるからね」
少し不機嫌に告げたキースの声に、チサは慌てた。
「はわわっ! すみません。け、けっして不能……あわわ、じゃなくて、ないとか思っていたワケではないんですぅーっ。ただ、わたしの体が体なので食べ物以外の用途に使われると思ってなかったって言うか……うっうっうっ」
なんか言ってて、泣けてきた。
こんな体に誰がした、いや、持って生まれた資質ですけれども。
「チサ、おいで」
ぐずぐずになった鼻をすすって、寝台にぽてぽてと歩いて行くとポスンとその胸におさまる。
「まったく君は、私を煽るのが上手いな」
「……あおる?」
「うん、味わわせて」
ツクン、と首筋に走る痛みとともに痺れるような感覚が体をジワジワと占めた。
「あ……んっ」
今日は深い、その感覚に男の髪を撫でる手が震える。
力が抜けて滑り落ち、背中に廻してしがみつく。
「もっと……」
歯を埋めたまま、彼がそんなことを囁いたような気がしてクラクラした。たぶん、また貧血ね。
*** ***
気がつけば朝、寝台の上でくたりと寝そべっていた。
(ハわッ! 朝?!)
いつ、眠りに落ちたのか記憶は定かではない。寝間着の薄い布地の上から下から体を確かめられ、時々思いもよらない場所を弄られて意識が朦朧とした。うん、いや、たぶん貧血のせいもあると思うわっ!
混濁した視界と意識のなかで、なんだかとてもフワフワと気持ちよくなって気がついたら朝になっていたというか。
初めてではないにしろ、素っ裸で寝台のシーツにくるまっている状況はかなり恥ずかしい。しかも、今日は結婚式当日な上に、自分の部屋ではなく侯爵の寝室なのがさらにフシダラ感を増している。ううっ。
シーツの中に潜りこみ、蹲りまあるくなって航海中……って海に出てどうするのよ! 後悔中デス。しばらく声はかけないでください。
平静を装える気がしません。まったく!
「チサ」
「ひゃいっ!」
ホラ、変な声が出ちゃったじゃないですかっ。わ、笑わないでくださいよぅ。
「ごめん、ごめん。大丈夫? リザを呼んでおいたから安心して出ておいで」
リザ?
「本当、ですか?」
もぞもぞシーツから顔だけを取り出して、確かめようとして思いっきり朝日の中に裸を晒されてしまった。
「ひぃぃぃっ、な、何するんですかぁっ」
両の手首を大きな片手で頭上に縛り付けられ、肩を押さえられて赤くなる。
感じる温度の差から、自分の体中が真っ赤になっているのは間違いない。
ひんやりとした男の手のひらが、鎖骨から首筋に流れて顎を持ち上げるように促してくるから合わせたくなかった目が合ってしまって弱音が出る。
だって、素っ裸なんだよ?! 上から下まで……そんなじっくり明るいところで見られるようなスタイルしてませんからっ。むしろ、結婚式当日に「やっぱり、(こんな子供みたいな体、嫌だな)やめよう」とか冷静になって言われたらどうするのっ!
せっかく、結婚までこぎ着けたのに!! そんなの駄目っ。なんとかしなくちゃっ!!
必死の抵抗に、キリエ侯爵は怪訝な表情になり「どうしたの?」と抵抗をものともしない緩慢な仕草で首筋、頸動脈の近くを親指で撫でた。
耳のすぐそばまで顔を寄せて、低く囁く。
「やだな」
ゾクッ、とするのと一緒に体が恐怖に戦いた。
(やだってなに、やだってなに、やだってなにーーっ)
やっぱり、このまま結婚中止宣告されちゃうんだっ。な、泣きたい。泣いて縋ったら同情してもらえやしないだろうか? 父性本能とか目覚めちゃったりとか、しちゃったり………あれ?
体がズシッと重くなった。
というか、どうやら暴れていた足を彼の足に加わった力で拘束されたようだ。
「抵抗しすぎ、我慢してるんだからあんまり嫌がらないでよ」
「だ、だって。イヤっ! 結婚するもん」
「して、いいの?」
「ど、どういう意――ぎ!」
首筋に歯が当たるのと同時に、足の間のとある場所にものすごく存在感に溢れるモノが触れた。たぶん、直だと思う。
(え、え……ええ? コレって?! まさか……)
昨日の夜、結局しなかったのに。初夜にって――言って。
「き、キースさまぁ」
「処女の味、味わい納め……かな?」
ちくり、と痛みが走って舐める舌の感触とともに囁く唇は、やけに楽しそうに動いた。
「あっ! ぅ、嘘、うそ……」
「しちゃうよ、チサ」
開いた足を持ち上げられた格好に、思わずチサは狼狽えた。
「 侯爵 」
響いた、よく知る落ち着いた声に時が止まる。
「リザ」
「我を忘れたのは解ります。が――」
ひゃあっ?! 理解しちゃうのっココ。て言うか、我を忘れたってだ、誰のこと? わ、わたし?? あああああ、いやぁぁ。
「それは、今夜まで我慢していただけますか? 時間が もう ありません」
時間の問題なのかどうかはさておき、そんなこんなで未遂でした。
恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい場面を見られたにもかかわらず、男装の似合う彼女はいつもと変わらず手招きしてくれたので、ベッドから降りて小走りに駆け寄る。
裸の体にふわりとしたガウンをかけてくれた。
「侯爵、拗ねないでくださいね」
「拗ねてなど、ない!」
リザの少々労りのこもった掛け声に、キースの大人げない声が怒鳴って答えた。
「チサ様、申し訳ありませんが今日の夜は付き合って差し上げてくださいね」
にっこり笑う侍従にチサは頷いて、頷いてから真っ赤になった。