閑話4・魔王子と侯爵、姫と哀れな侍女
さて今回の視点は、前半魔王子、後半その侍女です。
日が明けて、顔を合わせた男の表情は 不機嫌 だった。
(まあ、そうだろうとは思っていたけれど。なんかやったな……)
やれやれと肩を竦めて、魔族の王の血筋であるキラ(正式な名前は長いので割愛)は内心の思惑など微塵も感じさせない朗らかな態度で対峙した。
「やあ、おはよう。キース」
「さっさとあの侍女を連れて行け」
朝の挨拶に代わってやってきたのは、唸るような文句だった。
一応、驚いたフリをして「なにかあったのか?」と訊いてみるけれど、それには直接答えずに侯爵は「おまえの女だろう?」と苦々しく吐き捨てる。
女? うーん、女かあ。
誰が?
そんな色気のある存在か? あのバカが。
思い浮かべる彼女〔バカ〕の平凡な、愛嬌のある間抜け面に腹立たしさが過ぎるのは、昨日のことがあるせいだ。
「不肖の侍女が言い出したこととは言え、チサ殿が許した以上……私にはどうすることも。あのご公女のこともありますし、しばらくは傍観のつもりです」
にっこり。
笑いながら、(私に言うな。あの厄介な公女をどうにかしろっ)と暗に含ませてみる。
キースほどではないにしろ、キラも機嫌がいいワケではない。
特段、不機嫌でもないが。
とりあえず、戻ってきたときにルルゥには きつく 仕置きをしなくては……と仄かに笑みを浮かべた唇をペロリと舐めて待っている。
ゾックゥっと背中に悪寒が走ったバカ、じゃなかった……侍女ルルゥは赤みかかった茶色の髪を逆立て、毛穴の全部が開いた心地に辺りを見回してみる。
運のよくない身の上のせいか、こういうイヤな予感はよくある。そして、的中率も結構高い。
(……き、気のせい。だよね?)
ビクビクしながらも、悪いことは考えないように首を振る。
なんとなーく、身に覚えのある気配だったような気もしなくはないが。
「どうかしたの? ルルゥ」
心配げに覗きこんでくる現在の主人は、小さくて可愛らしい少女だ。どうやらほんの少し年齢は見た目よりも上らしいが……昨晩、涙ながらに訴えられた表情がまた可愛らしくて、ついつい見た目の印象を優先させてしまう。
いけないな、と子供に接するみたいに頭を撫でる手が出そうになって、戒める。
「いえ、何もありません。チサさま」
「そう? だったらいいのだけど。昨日の夜のことならキースさまは怒ってないと思うよ。優しいもの」
「そ、そうでしょうか?」
思いっきり忘れていたのに! と恨みがましくチサを見て、ため息をつく。
絶対、怒ってるよ。そう、顔に書いてあったものっっ。
あの冷ややかなアメジストの眼差しを、この愛らしい婚約者はきっと見たこともないのだろう。優しいと幸せイッパイの顔で慰められれば、それに応えないわけにはいかない。
「だったらいいのですけれど。昨晩は、お邪魔して申し訳ありませんでした」
もう、邪魔はいたしません。キリッ。
「う、ううん。そんな……なんて言うか、は、はずかしいなあっ! 忘れてくれると嬉しいよっ」
真っ赤になってチサは言い、「と、特に胸はね。小さいから忘れてね」と逆に思い出しそうなことをルルゥに囁いた。
そうだよっ。小さな少女を裸にしてなにやってんですかっ! あの御人はぁっ。
なんか見た目 倒錯 なんですけど、 犯罪 なんですけどっっ。
「ど、どうしましょう。やっぱりムリです」
「え?」
婚・前・交・渉・断・固・反・対!
お二人の邪魔をする気は 毛頭 ありませんが、体が言うことをきかない気が、します。ごめんなさい。
と、言うか。侯爵に殺されるかもしれません。誰か骨は拾ってください。
出来れば、キラさま……がいいなあ。くすん。