そうして夜になりました
明るく、軽い……いや、軽くはないかもしれないR15場面あります。ご注意ください。
ハァ、と耳元で吐かれたキリエ侯爵ことキースのため息にチサは恐る恐る目を上げて、何か気に障る粗相でもしただろうかと不安になった。
キースはあまり心の狭い方ではない。むしろ寛容すぎるくらいに寛容な御方である。
「キースさま、どうかされました?」
首を傾げる。
「うん、まあ……ちょっとね」
明らかに何かを押さえ込んでいる声音は硬く、不満を隠しているのは明白だ。
誰に対してなのか、何に対してなのかは考えたくない。だって、きっと、ここにはチサ以外にはいないのだし、考えるだけ悲しくなる。
「ああ、泣かないで。チサ」
彼はうるうると翡翠の目を潤ませた小さな姫の目尻を指先で拭うと、その白く細い首筋に唇を添えて歯を立てる。
「んっ!」
と、痺れるみたいな刺激につい声を出しそうになって耐える。
侯爵の髪をナデナデ、気持ちを落ち着かせた。
「甘い、涙の味」
ぺろり、と舌で首筋を舐め、彼はひとつ数えるように喩えた。
「どんな君の味も美味しい。クセになりそうだ……もっと泣かせても?」
こつん、と額と額がぶつかって静かな瞳と目が合う。
よくわからなくて、ふるふると首を振る。血を口にした彼の唇は少し前のものと逆のことを言う。泣き止めばいいのか、泣けばいいのか理解に苦しむ。
「キースさま、意味が……わかりませんっ」
宥める手がチサのふわふわとした黒髪を梳いた。
もう片方の手のひらは腰のくびれ(あるような、ないような?)を滑ってから前にきて(これまた、あるようなないような?)胸をもにゅっと包んだ。
「ひゃぅっ」
寝間着である薄い絹地越しのそれに、ぴくんと背中が跳ねる。
揉まれれば、揉まれるほど感覚がおかしくなる。と、最近わかってきた。
ウズウズするような、ジリジリするみたいな。
あううっ。
「はっ、はずかしい……です。あぅん!」
出てしまう変な声にも後押しされて、羞恥心はサイコーチョー! やだ、やだ、先が。先がぁぁぁっ(絶叫)!!
と、慌てるうちに弄られている。あうっ、あうっ……経験値。経験値の差ですかっ?! そうなんですねっ、くぅっ。
ハァハァ息が忙しなく苦しくなってくる中、今日は侯爵さまの手がいつもよりも容赦なく迫ってくる。
(え? え?)
チサ自身どうなの? と思っているうちにお尻の後ろから滑ってきたものだから目の前の婚約者である彼をまじまじと見てしまった。
数秒後、ことの卑猥さを理解して固まる。
( ひっ! )
どっ、どっ、ど、どうしたらっ? コレ。どうしたらっっ?! いやっ! ある意味、結婚するんだし正しい道筋ではあるんですけれどもっ!! けれどもっっ(これでも知識はあるのよ。知識はねっっ)!!
「あっ、あのっ! き、キースさま……」
下履きの上からとは言え、撫でられる感覚は胸の羞恥の比ではない。真っ赤だ、きっと。
「シッ」
と、黙らせるみたいに彼はチサの唇に胸に触れていたはずの人差し指を押し当てる。
ぐりっ。
(そ、そんなところをぉぉぉぉぉーーーーーっ)
お尻を撫でられながら、指をねじ込まれる感覚に彼女の思考はジュワッと沸騰した。
瞬間。
扉が開いて「チサさまっ」と飛び込んできたルルゥに、カチコンと固まった小さな体。
「あっ!」
と、慌てた声と何かを派手に落とす音。トレイと、コップかしら? そして、引きはがされ庇われる背中は赤髪の侍女の頼りなげなものだった。
「こ、侯爵様。いくらなんでも犯罪ですっ! チサさまはまだ小さいのに」
「………」
「せめて、本番は成人されてからなさってくださいっ!」
「………」
微妙な空気に流石にルルゥもあれ? と思ったらしい。
「わたし、なにか、間違いました?」
間違ったとも言え、間違ってないとも思えた。気分的に。
……それにしても、魔族の世界にも 一応 年齢的犯罪概念ってものがあるのだろうか(偏見かしら?)。……わたし、成人してるんだけどな(結構前に)。
「――だから。この娘を侍女にしたくなかったんだ、空気を 全く 読まないに決まってるんだから」
ポツリ、と拗ねたキースの嘆息は内心複雑な胸中のチサには聞こえないほどの、低く小さな声〔もの〕だった。