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小さき姫と、幼気なる友人

 結婚前の花嫁は多忙である。チサも例にもれず忙しく、花嫁衣装の採寸やデザイン、式の礼儀や段取りなど、決めたり覚えたりしなくてはならないことが山のようだった。

 手ほどきや相談にのってくれるリザは根気強く付き合ってくれるけれど、容赦があるわけではなく時には厳しくチサを叱る。打ちひしがれ中庭の植えこみで項垂れることは、ほぼ日課のようなものだった。うっうっうっ。


 そして、そんな時だった。


 定位置であったその場所に先客があったのは。

 相手はチサの視線にハッと涙を隠して、まごまごとまごついた。なんとなく親近感を覚え、「ルルゥさん、でしたよね?」と確認してみると、目の下を赤く染めたチリチリの赤毛(すっごく綺麗! 目立つけどっ)をした彼女は恐る恐る頷いて……「はい。失礼をいたしました」と深々と頭を下げて逃げようとしたことを反省するように赤い目を潤ませた。




 ルルゥはキリエ侯爵の血縁でもあるという、とある王子の侍女としてやってきた少女だ。侯爵とチサの結婚式にはまだ少し日にちがあるが、積もる話もあるからと かの 王子はわざと少し早く城にやってきて、王子という身分にもかかわらずルルゥ以外の侍女や付き人は一切つけていなかった。キリエ侯爵はその様子に多少呆れてはいたけれど、納得もしていた。元来、王子は何でも卒なく一人でやってしまえる器用なタチなので、身近に世話役をあまり必要としないのだ。

 チサの王子に対する第一印象も、まさにそんな感じだった。

『貴女がキースの花嫁ですか? はじめまして』

 侯爵の花嫁として紹介されたチサの幼い外見に彼は何も言わなかった。どころか、態度にも出さなかったし、お世辞を口にすることもなくただ笑って受け入れてくれた。

 紺色の優しい色の髪と、深い青の瞳の柔和な微笑みがキラキラ輝いている。王子様、という敬称はきっとこの人にこそ相応しい。

 正確には、魔王子という地位にあるそうだが。一文字かつくだけで、印象はガラリとちがう気がするのは気のせいだろうか?

 とにかく、ルルゥの主人は魔王子という存在を欠片も感じさせない完璧な正統派の王子様ということである。

 対して、ルルゥはそんな完璧な主とは正反対の侍女だった。あまりに失敗が多いので放っておけないと彼に同行するよう言い含められたのだそうだ。ルルゥがそんな侍女でなければ、彼は一人でやってきたのだろう。

 半人前の侍女というだけでなく、半人前の魔族。

 人間に怪しまれぬよう髪や目、肌の色まで変化させるのが魔族の常套手段だが、それもルルゥは苦手らしくあまり上手くない。

 主人はあんなに完璧に色を化かしているのに(チサは本当の色を知らない)。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。チサさま」


 ぐいぐいとメイドのキャップを引いて顔を隠してルルゥは謝ると、上目遣いでチサをうかがった。

 どうですか? と訊かれているみたいで、チサは一通り眺めて「大丈夫じゃないかしら?」と頷いてみせた。

 赤かった瞳は茶色に、鮮やかすぎるほどだった赤毛も焦げ茶色程度に目立たなくなっていた。ただ、チリチリと短く跳ね上がっている鳥の巣みたいなクセっ毛はそのままである。

 チサの答えに彼女はホッと緊張を緩め、微笑む。

「あの。そういえば、チサさまも何かあったのでは……ありませんか? 涙のあとがございますれば……そのぅ、わたくしでよろしければお伺いいたします」

 ぺこり、と控えめに頭を下げるルルゥにチサはなんとなく親近感を覚え(挫け友達とでも言うの? 逃げ込み場所が同じってだけかもっ)、ついつい口が軽くなり互いに身の上話をするのに――それほど、時間はかからなかった。



   *** ***



 茶飲み友達ならぬ互いの境遇に、いつしか共感し立場こそ違えど愚痴やら相談をし合えば、まるで幼き頃からの親友のように語らい合う。

「キリエ侯爵さまがそのようなことを? 信じられませんっ」

 真っ赤になってルルゥが首を振るのは、夜の戯れの相談をした時だった。よくよく身の上話をしてみれば、彼女は魔族の中でも淫魔の一族出身であるらしく……そういう方面に強いと思ったのだがそうでもないらしい。

 ふるふると首を振って狼狽え、ポカンと目と口を開く様子は初心な少女のそれだった。これだから淫魔の中でも出来が悪いと疎まれてしまうのだろう、とちょっと同情。

 魔族に生まれたのがルルゥの不運である。たぶん。

「本当なのよ。でも、胸を揉んでわたしが妖艶な女性になんてあるのかしら?」

「……さぁ?」

 困ったように首をかしげるルルゥに、チサは「そうよね、きっとキースさまの優しさなのだわ」と納得した。

 しかして。

「優しさ、ですか? だとしたら、チサさま限定の優しさですね」

 と、目を瞠りながらもにこにこと嬉しそうに頷くルルゥ。

「え? どうかしら……キースさまはどなたにでもお優しいでしょう?」

「え? まさか。侯爵は女性には手厳しい方で有名ですよ。キラさまと同じくらい……まあ、それはわたくしの不出来さゆえでもあるんですけど」

 「の」の字をうずくまる足下に描きながら、彼女は項垂れる。不可思議な違和感を覚えつつ、慰めようとチサはそのクセっ毛のふわふわとした頭を撫でた。

「えっと、あの王子さまって手厳しいの?」

 誰にでも優しいと思っていたからかなり意外だった。むしろ、同じくらい優しいという意味合いなら合点がいくのだけど……と、覗きこむと少女が「厳しいんです、わたしが出来損ないなので!」とそれは真剣に切実に訴えた。涙目で。

( そそ、そうなんだ? )

 ……想像できない。あの木漏れ日王子が、女の子を泣かせるなんて。


 よっぽど、ルルゥさんの失敗がヒドイ――とか?


 ついつい項垂れる幼気な友人を生温かく見つめてしまうけれど、仰天の真実はもっと違うところにあるのだと、このあとすぐに解ってしまった。

 むしろ、気づかないことがあり得ないってばっ。ルルゥさん、鈍ぅっっ!!




 そこに流れる空気は極寒のツンドラ気候。

 さ、寒い。ゾクゾクするっ。

 睨み合うというには、対面する二人の面に貼り付けられた表情はいっそ穏やかな春の日和の微笑みだったけれど……目がどちらも肉食獣のそれ。

 獲物を奪い合う一触即発のその緊張感に、当事者ではないチサでさえ背筋にイヤーな汗が流れた。

 当事者であるルルゥは、というと。

「そのような役にも立たぬメイドなど、完璧主義のそなたには不要じゃろう? 妾は心が広いからの。ふふふ、可愛がってしんぜよう……徹底的にな」

「余計なお世話ですよ、ご公女。ルルゥの教育は主である私の勤め、勝手に可愛がられては困りますね」

「なんと、そのような見目も麗しゅうないし粗相もする半人前以下のメイドに固執するとは信じられぬ」

「確かに、美人ではありませんし一族の中でも群を抜いて不器用で、学習能力のほとんどない呆れるほどの愚鈍さ。なにしろ貴女みたいな方に目をつけられている。おおよそ見当はついていますが……なにを見られたのか、頭が痛いところです。躾しなおさなければ」

「遠慮せずとも、躾は妾が請け負うが?」

「途中で投げ出すのは 私の 矜持にかかわります」

 微笑み合う魔王子と公女の応酬は、何故か二人が取り合っている(はずの)メイド・ルルゥの欠点を声高にあげつらうことだった。

 二人がやり合うたびに、傍らにいる彼女が可哀想なほど(ガーン)とか(ズーン)とか(しゅん)とか(るーるーるー)などの効果音とともに顔色を変える。


「おまえ」

「ルルゥ」


「ひっ! はいぃぃっっ」

 挙げ句の果てに、どっちを取るんだととばかりに肉食獣二人のにこやかにギラギラとした瞳で問い詰められた幼気な小動物は、ふるふるっと震えて怯えた目を泳がせた。

 あ、と目が合ったと思った瞬間。

「えっと。えっと! チサさま……チサさまにっ(だって、どっちもいま選ぶのは怖いんですっ!)」

「(ひーっ、こっちに振らないでよぉ)……わ、わたし?」

 えへ、と笑ってみてから、チサは(ルルゥさんってじつはものすっごくチャレンジャーなんじゃ……)と肝が冷えた。


 ぜったい、選びそうにない地雷を敢えて踏むあたり――ただ者じゃないわっ!!





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