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恋敵がやってきた!

 それは。

 予告もなくもたらされた、突然の来訪だった――らしい。


 キリエ侯爵とチサの結婚式が催されるまであと二週間を切った、とある昼下がりのこと。

 ガラガラとキリエ城に四頭立ての(見るからに)豪奢な馬車が入ってきて、城の住人を大層驚かせた。

 チサはと言うと俄かに騒がしくなった城内に訝りながら、リザに尋ねようとしたが彼女は全身からピリピリとした緊張感を漂わせ「チサ様はしばし此方でお待ちください」と暗にウロウロするなと釘をさされた。

 しゅん、となったチサにリザは申し訳ないと思ったのだろう、少し尖った空気をゆるめて微笑んで見せた。

「すみません、チサ様。ですが、お相手はおそらく ご公女 様です。あの方はその……気難しい方で……というより変わり者なんでしょうか。ある意味、難癖をつけては侯爵に言い寄ってくる ものすごく 傍迷惑な方なので無闇に近づかないことをお勧めします」

「……うん?」

 いま、ものすごいことを聞いたような気がする。

 と。

 チサは目を点にしたが、その言葉を発した男装の侍従は問い返す前に部屋から出ていってしまって結局のところ詳しい事情は聞けないままだった。

 ただ、理解したのは来客が大層身分の高い 女性 だということと、その人がキリエ侯爵にご執心だということだ。

 部屋の中でウロウロして、暴走しそうになる考えを落ち着けようと努力する。


 ご公女、ということは王家の血筋だということ。至極簡単な事実だけれど、男爵家のチサではひとたまりもない。

 もしや、式を挙げる前に侯爵に直談判して取りやめにさせようと来たのでは?


 考えれば考えるだけ、よくないことしか思い浮かばない。

 いけない! と思ってチサは頭を振り、別のことを考えようと方向転換する。

 あまり面識はない(男爵家は貴族の中でも下の方なので)けれど、ご公女とは三番目の姫のことだろうか?

 確か、一番上の姫さまはもう隣国に嫁がれているし、二番目の姫さまも有名な騎士さまと結婚したハズ。末の四番目の姫さまはまだ成人されていないし……三番目の姫さま、ってそういえばチサより二つほど上だったような?

 なんだ、行き遅れ仲間でないの。ちょっと親近感。

(ハッ! 恐れ多いわ、駄目駄目。……それにしても、あんまり為人〔ひととなり〕は聞かない方よね? お美しいのは絵姿で見て知っているけれど、求婚者も多いのに全部断ってるから男性嫌いとかの話もあったような?)

 でも、まあ、噂話なんてあてにならないしね……うんうん、と腕組みをしていい具合に本題を忘れた頃、扉が叩かれ、かの客人がチサとの対面を希望されていると伝えに来た。


(ひっ! しゅ、シュラバ!? きたーーっ)


 背筋を伸ばしてチサは「はいぃぃ」と裏返った返事を返すと、自ら小さな体を叱咤して部屋から出た。



   *** ***



 初めて見た公女さまは、美女だった。


 まさしく目の保養というか……真っ黒な黒髪はまっすぐでツヤツヤしていて巷で高価に取引されているという黒い水を思わせる(見たことないけど!)。細身なのに胸とか腰は色気を醸し出すのにちょうどいいボリューム、肌は健康的な赤身を含んだ透けるような白さ、スベスベしていて思わず触れたくなるけれど、気高い黒曜石の瞳を前に衝動〔それ〕を押しとどめる。

 賓客用の椅子に座った彼女は、侯爵の隣にちょこんと陣取ったチサにその目を細めると、紅をのせた形のいい唇を動かして厳かに宣った。

「ほう、妾〔わらわ〕を振って それ が選んだ娘とは笑止千万。逝〔い〕ね」

 ……すみません、ものすごく恐いこと言われました。泣いていいですか?

「エリーナ姫、何度請われようと私の花嫁はチサ以外無理です。お引き取りを」

「ふん、このヘタレ侯爵め。妾に恥をかかせて無傷で済むと思うのかえ? あの恥辱は忘れぬぞ。それにこの妾が諦めたと思うたか……馬鹿が。そなたと契りを交わし魔の眷属となる、人の身はとうに厭いたわ」

 くくく、とほくそ笑むご公女さまは、肉食獣さながらの凶暴さで侯爵に求愛した(コレ、求愛なのっ?!)。

「恥をかかせた、と仰られれば確かに我が身の不徳でしょう。しかし、アレは不可効力です」

 何気に気になる、恥をかかせた過去の出来事ってなに?

 なんだか、胸のあたりがチリチリモヤモヤっとしますよ。口には出さないけど……きっと、あとで聞いたら拗ねちゃいそうな感じ。むー!

 チサがムキー! となっている間も侯爵と公女の攻防戦は続いていて、どちらかと言えば公女のほうが優勢だった。身分的にも、彼女の方が優位なだけに当然なのかもしれないけれど――。

「諦めはせぬ。が、一応訊いておこう……妾は何故、振られたのじゃ?」

「振ったも何も告白された記憶すらありませんが」

 扇で口元を隠し流し目で訊く公女に、呆れたように侯爵がため息を吐く。

( ? )

「言うなれば、防衛本能でしょうか」

 チサの手を取り、彼は目線を伏せると「私はかなりの 臆病者 なので」と弱々しい微笑みを浮かべてキュッと強くその手を握りこんだ。

 小さな手は、男の手にすっぽりと包まれる。

 怯えてる? と感じたチサは侯爵を見上げ、ナデナデと彼の頭をいつものクセで つい 撫でてしまったのだった。



 チッ。


 公女にあからさまに舌打ちをされたチサは慌てた。

「なるほど、猛獣を手懐けたか」


「え? えっ??」


 も、もうじゅう? どこにいるの??

「本人が認識する通り――だとすれば、さぞ 臆病な 猛獣じゃ。くくく、よかろう。今日のところは妾が退く」

 ふっと獲物を狙う肉食獣さながらだった眼差しを解いて、彼女はしゃなりと立ち上がると案内を促した。

 侯爵に呼ばれたリザが公女を丁重に扱い、扉を開けて退出するのを待った。

 去り際、それでも公女は慎ましやかに微笑んで、ニコリと念を押した。

「諦めたわけではない。式までじっくり 婚約者 を口説かせてもらうぞ、チサ」

 肉食獣の愉快そうな威嚇に、チサは侯爵の腕に縋って「だ、ダメですっ!!」と涙目で訴えた。



   *** ***



 至極興にいった様子の公女のホ、ホ、ホという喉をせりあがる笑い声が室内に響き、去っていった。

 むぅ、と我ながら子供染みた態度で返してしまったことに少なからず頬を染め、チサは縋っていた腕を放そうとしたが、逆に掴まれ……かと思えば、侯爵が後ろから抱きついてきたから狼狽えた。

 いやっ! 抱きつくっていうか、もたれられてるっていうかネ!?

 おーもーいーっ!

 コテン、と肩にかかる男の頭の重みに心臓が跳ねあがり、その背中に必死に腕を伸ばしてさする。

「だ、大丈夫ですか?」

「うん」

 ハァ、と深い息を吐いたキースは少し頭を持ち上げ、スリスリと彼女の首にすり寄る。

「ごめんね」

 と、彼は謝り、チサははて? と首を傾げた。

「何が、ですか?」

 謝られる理由が解からない。

 もしや公女さまとの不適切な関係(そんなの想像したくもないわっ)があったのだろうか、あるいはやっぱり婚約破棄(いや、やっぱりねとか思っちゃダメ!)とか……あ、謝らないでくださいよぅ!

 チサの不安そうな翡翠の瞳を見たらしい侯爵は、彼女の肩に頭を預けた格好で目だけを上げてフワリと笑いかけた。

「あの方とはそういう関係じゃない。って言うか、怖すぎてとてもじゃないけど食欲なんて沸かないな……そうじゃなくてね、不甲斐なくてごめんってこと」

「不甲斐ない、って?」

 どこかにそんな場面があったろうか? うーん、覚えてないけど。

「本来ならチサと会わさずにお帰りいただきたかったけれど、どうにもあの方は苦手でね。結局、君に甘えてしまった」

 また一つ、ため息をついて侯爵は頬を首筋にすり寄せる。

 キスをするみたいに吸いついて、味見をするみたいに舌を這わせた。

「血が、欲しいのですか?」

「うん」

「あの。甘えてくれちゃって、いいんですよ? キースさま。わたし、とっっても嬉しいですから」

 思わずニヤけるくらい、エヘヘ。

 人から甘えられる、なんて経験は今までになかったことだ。幼い外見から頼りないと思われがちで、どちらかと言えばコンプレックスに近い。

 そんなチサにキースは甘えてくれると言うのだ。こんなに素直に、子どもが母親を求めるみたいに……それが、嬉しい。なんて……おかしいだろうか?

 ふふふ、と侯爵は笑い、チサを見る。

「チサらしいなぁ、そういうトコ」

「え? ぅきゃっ!」

 後ろから抱きつかれていた格好から、肩と膝裏に腕を廻され持ち上げられた小さな彼女は悲鳴を上げた。

「き、キースさま?!」

 二人掛けの椅子に座った彼の上に横抱きのまま座らされ、真っ赤になる。

 時々、こういうふうに扱われることはあったけれど、まったく慣れない。目を上げれば至近距離に侯爵の整った顔があるし、そのアメジストの瞳は何かを求めるみたいに真剣だ。

 何を求めてるか、なんて分かりきっているけれど。

「安心して、もう十分甘えてるから。可愛すぎだよ、チサ。今すぐ食べちゃいたいくらいだ」

「? いいですよ?」

 いつもの食事だと思いチサは答え、キースは困ったように笑んだ。

 けれど、答えたあとすぐに目を閉じた彼女はそんな彼の複雑な表情を見ることはなく、首筋にチクリと走る痛みしか感じなかった。


 あとで、唇をキースの親指が触れ、「猛獣使いには敵わないな」と顎を持ち上げられながら皮肉っぽく言われても何のことだかサッパリで、「猛獣ってどこにいるんですか?」と至極真面目に訊いてしまった。

 だって、本当に分からなかったんだもの! しょうがないよねっ。

 侯爵はそのチサの返答にかなりお気を召したご様子で、ひとしきり笑ってから「今日の夜くらいに、わかるんじゃない?」と額と額をコツンと近づけ、間近で困る彼女を満足そうに見つめた。


 その夜? 猛獣……なんて、出なかったわよ。

 もしかして、からかわれたのかしら――ねぇ?


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