無知と嫉妬と、恋敵
キリエ城に滞在して一か月が過ぎた頃、チサは己の身の上に突如訪れた怒涛の告白ラッシュに困惑した。というか、軽く落ちこんだ。
一か月が経過して、キリエ城の城主であるキリエ侯爵と、チサが結婚式を挙げることが正式に公示されたのだが……それからというもの、庭師の孫や城の厨房に野菜等を卸している商人の息子らが、こぞって彼女に「五年待ってよ!」だの「政略結婚なんてよくない」だのストレートに「好きなんだ!!」だの略奪愛めいた告白を口にした。
そもそも、この一か月の間に庭を駆け回り、厨房に出入りして彼らとやけに親しくなってしまったチサが悪い、のだろう――彼らは完全に、チサを 自分たちと同じ 年代の十二歳くらいだと思って、フワフワの黒髪と翡翠の瞳の「女の子」だと信じているのだ。
純粋無垢な子供なだけに、身分差も結婚前のもう少し大人ならば躊躇するだろうタイミングも関係なく守らなければ! という初めて芽生えた少女への淡い恋心と庇護欲に忠実に動いた結果だった。
「 ごめんなさい 」
と、謝るたびに自己嫌悪に陥って、少年たちの幼気な心を傷つけた自分にどうしてもっと距離を置かなかったのか、と後悔する。
いや、自分の見た目の「幼さ」を知ってはいたが、その年代に「受け」がいいなんて これっぽっちも 露ほども気づかなかったというか。これまで、告白を受けたことがなかっただけに「そんな、まさか……ネ?」という気持ちである。
ガックリ、とベッドの端に腰掛けるチサの肩を抱いて、侯爵がやれやれというふうに微笑んだ。
「また、されたの? 告白」
「はい……わたし、馬鹿でした。本当、申し訳なくて」
あんな子供を傷つけるなんて……とウルウルと目に涙が溜まって、視界が歪んだ。
(見た目はどんなでも、わたしは――大人、なのに)
柔らかな感触が目尻に、それから瞼に触れて息が止まるくらい驚く。
「あっ、あのっ!!」
「動かない、チサ。貴女のものは全部、私が引き受けよう。もちろん涙も」
にっこり微笑む侯爵にクラリとして、流れそうだった涙が止まる。
ペロリと頬を舐めた侯爵が「しょっぱい」とやけに嫌そうに呟くから、チサは頬を染めながらも笑ってしまった。
「しょっぱいのは、お嫌いですか?」
「そうでもないけど、泣き顔よりは笑顔のほうがいいね」
と、チサの顔を眺める。なんて物好きな方だろう……と見上げて、幸せな気持ちになる。
そう、とても幸せ者だ。この愛おしい方と結婚できる、わたしは。
だったら、この方がいいという笑顔でいたい。
本当に、幸せ、なのだから。
「キースさま、好きです。誰よりも」
チサとしては当たり前のことを、当たり前に言ったつもりだったけれど侯爵は少したじろいで、彼女の頬を撫でると深く息をついた。
「止まるかと思った」
「何が、です?」
「呼吸」
「 ! 」
大変だ! と慌てるチサのジタバタとする体を制して、そのモノのついでとばかりに寝台に押し倒した彼は、くすくすと無邪気に笑ってみせた。
きーやー、なんなの? その殺人的な艶めかしくも 可愛い 微笑みわっ!!
胸が、心臓が、バクバクッ。
「心配しないで、かなり――嬉しかっただけだから」
ようやく言ったね、と耳の後ろで囁かれ、(え?)と思った瞬間には食べられていた。
カプリ、となんだかいつもより深く執拗に吸われる。
だから。
訊くことはできなかったの。心臓が止まりそうって、きっと、こういう時のことを言うのねっ!
*** ***
そのあとも何度かそういうことがあって、チサは落ちこみはしたけれどそのたびに侯爵に慰められて長く引きずることはなかった。
けれど。
その裏で、純真無垢と言えば聞こえのいい少年たちが、怖いもの知らずというか、何というかで侯爵に洩れなく決闘を申し込んでいたり、律儀にも侯爵がそれにちゃんと受けて立って悉く返り討ちにしていたり――というのは、結婚前の彼女は知らない内緒の話。