閑話3・朝食と、城の食卓
前回閑話の領民視点に続きまして、今回は……短いです。
城の食卓、そのテーブルに置かれたグラスにはなみなみと乳白色の液体が注がれていた。それをグイッと煽ってゴクゴクと飲み干すと、彼女はおかわりと言わんばかりにテーブルに置いた。
朝の日課、となりつつある光景に城の召使いたちもそろそろ慣れた。
元来、このキリエ城に仕える彼らは順応性が高い。少しくらいの非日常や常識外れくらいは当然と受け入れる度量が養われているのだ。
何しろ年齢不詳のお館様(いきなり若返るってツッコんでいいんですかね?!)やよく物がなくなる厨房(誰かお腹減らしてる?)、誰もいないのに話し声がする(もしやココは幽霊城?!)なんて話が日常として起こればもう、慣れるしかない(ヤケクソ)っ!
城の主人であるキリエ侯爵も普通ではないが、このほど迎えられた花嫁も普通ではなく……ある意味、規格外だった。愛らしい容姿は遂に城主が噂通りの幼女趣味にでも走ったかと疑いたくなるほどに幼い。が、彼女曰く二十歳を過ぎているとのこと(自己申告なので真偽のほどは定かではない)。よほど 外見〔それ〕 がコンプレックスなのか、成長にいいと言われる煮干しや牛乳、毎日の運動を欠かさずにこなしていて成人女性には少々不似合いなほどに健康的な生活を送っている。
まるで、子どものような……とでも表現すればちょうどいい日常だ。
近々、城の女主人となるはずの彼女は、彼ら召使いたちの間では慈しむべき存在として愛でられている。
「チサ姫さま」
正式に結婚するまでは「奥さま」とも呼べず、だからと言って「チサさま」では味気ないとあって、召使いたちの間でこう呼ぶようになった。
当初、真っ赤になって照れていた未来の女主人はぎこちないながらも「なあに?」と返してくれる瞬間は、彼らにとって得難い至福の瞬間だ。
ふわふわとした黒い髪、澄んだ翡翠の甘えた目、ふくふくとやわらかそうな頬と艶のあるサクランボの実に似た唇。まさに朝日の下の天使にふさわしい少女(握り拳!)!
どちらかと言えば潤いに欠けるキリエ城に訪れた、唯一無二の癒しである。城主さま、意外と可愛いものが好きだったんですねっ!! 安心しました。
飽きもせずに牛乳を飲み、煮干しをつまんでいる彼女は不思議そうにうちふるえている召使いAに首を傾げた。
「おはよう」
食卓に城主が現れ、花嫁の傍にやってくる。
「侯爵さま」
彼女が恥じるかのように呼ぶと、彼はふっと微笑む。テーブルに置かれた空のグラスと、皿に盛られた煮干しを見ての、わずかに意地の悪い表情に整ったパーツは罪深い。なんですか、その妖艶さはっ!
「キース、と呼ぶのではなかったか? 我が花嫁。そう……約束したよね? ベッドで」
婚前の二人が、すでに寝室を共にしているのは周知の事実だ。チサ姫付きの侍女たちの報告では、鎖骨や胸、背中に情事の痕もあるらしい。幼気な女の子になにしてるんですか、このご主人は?! と思わなくもないが……いやいや、もうすぐ夫婦になるのだし。どうやら、一線は越えてないらしいし……と、親にでもなったような心持ちでヤキモキする。
ハッと口ごもり、「き、キースさま、おはようございます」と何を思い出したのか忙しなく瞬いて彼女は頬を染めた。
その頬に侯爵は躊躇うことなくキスをして、首筋に唇を添える。尖った歯が覗いて、言葉を紡いだ。
「ん。貴女の努力は称賛に値するな、今朝もじつに美味しかった」
と、妖しさ全開の城主があどけない花嫁の首筋をペロリと舐めた。……ように見えた。