~最後のパイ~
朝になってもアリスの頭の中はすっきりしなかった。
二階から外を見るが、祭りの楽しい風景を逆らうようにアリスの胸の中は複雑な感情で一杯だ。
…私の母が、元々は精霊人形だなんて…
祖父に嘘をつかれていた寂しさと、彼の優しさが分かるから余計に辛かった。
きっと私が何も感じずに過ごしていたら、おじいちゃんはこの先も何も言わずに過ごしたし、そう願ってたはず。。
知らない方が幸せだと。。
幼い頃ルネに『両親は早くに病気で亡くなった』と聞かされ信じていたので、昨夜の話を頭の中で整理してベットの上に居るジゼルに話しかける。
「…ジゼル。…あなたも知ってたの?…私にもパパや曾お祖父ちゃんのような力がある…?メロディはどんな女性だったの?」
鋼色の瞳は何も言わない。
…私に、そんな力はないか…
深いため息をついて一階に降りた。
「おはよう…。おじいちゃん。」
「おはようアリス。」
いつもと変わらないルネにアリスは少し安心した。そして、いつもと変わらずテーブルにはオルガの焼きたてパイが並び朝食の準備が出来ていた。
「さぁ!食べよう。今日のスープも上出来だ。アリス、シナモンティーをいれておくれ。」「えぇ。いいわよ。」
舌に馴染んだスープを飲みながらアリスは今日の予定を伝えた。
「今日はエマ様のお宅に行く前に…お墓に行ってこようと思うの…。」
ルネは優しい笑顔でこたえる。
「あぁ。行っておいで。場所は昨日教えたね?一人で行けるか?気をつけて行くんじゃよ。」
「うん!大丈夫よ。庭のお花を摘んで行こうかしら。」
安心したようなルネを見て、アリスも気持ちが楽になった。
外の祭りを指してルネがアリスに聞く。
「アリスはお祭りに行かないのか?毎年わしは仕事で連れていけんかったし、それに大聖堂に行くから家を空けるせいで、お前が行けずにいるんだったら…」
「いいのよ!私ワインはまだ飲めないし、お酒なんてまだまだ早いわ。大好きな葡萄ジュースを飲んでる方が美味しいもの!!おじいちゃんは気にしないでミサに行ってきて?」
人形師の仕事で働きづめの祖父に、少しでも休暇をとって欲しくて毎年アリスは楽しみにしている。
「…そうか。今日は早く帰れるじゃろうし、今夜は牛肉のローストにしようかの!アリスも早く帰っておいで。」
「ほんとに!?夕食が楽しみだわっ!」
ルネを見送り、工房でドレス作りに熱中しはじめる。
…よーし!仕上がって来たわね、今日はエマ様のお屋敷には行かないで作業を進めようかしら…
軽快にミシンを鳴らしペースを掴んだアリスの手はとまらなかった。
小さい頃から遊びながら覚え始めた裁縫はルネも認める程の腕前になっており、自分より大きいアラン達の男性服も手際よく仕上げていったのだ。。。
「あら?もうこんな時間だわ…。そろそろお墓にいかなくちゃ。」
一息ついて時計を見ると、針がだいぶ進んでいたのでアリスは支度をし庭のお花を摘んだ。
ルネの書いてくれた地図を持ち、書かれた通りに行くとそこには二人の名前が刻まれた墓石が見えた。
「…あった…」
二人を覚えていないが、何だか懐かしい想いが胸をよこぎる。
刻まれた名前をなぞり花を手向ける(たむける)と…
「…お花だわ。おじいちゃん。。いつも来てたのね。。」
よく見ると墓石はきれいで、周りには庭と同じお花が植えてある。
それを見たらアリスは自分の胸に渦巻いていた感情の事など、どうでもよくなった。瞼の裏が熱くなりながらメロディの絵を見て「やっと会えたわね…私のパパ、ママ…。」
自分の起源を知ったからなのか少しだけ大人になった気がした。
空が暗くなり始め慌てて家に戻ったが、ルネは帰って来ない。
仕事の続きをしながら外を見ても、帰って来る気配はなくポツポツと雨すらちらつく。。
「…遅すぎるわ…何かあったんじゃ…。。」
そわそわしながらも、時計の針はどんどん進み遅い時間をさし不安が込み上げてく。
嫌な予感ばかりが頭を巡りアリスは雨の中外に出ていた、「…おじいちゃん…っ」
駆け出す足はドニエ伯爵邸に向かっていたのだ。
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空がゴロゴロと響き雨がアリスを打ちつける。
昨日の話が頭を巡りながら、嫌な胸騒ぎが高鳴っていた。
「…ハアハアッ…お…じいちゃんっ…!」
夢中で坂を駆け上りドニエ邸に着くと必死にドアを叩く。
「…!!アリス様っ!!」
ドニが開けて叫んだ。
「早くお入りください。どうなされましたか?!エマ様っ!エマお嬢様~…!」
雨と涙でぐちゃぐちゃになったアリスにエマが駆け寄る。
「アリスっ!こちらへ来なさい!」
「…うぅっ…う…エマ様…遅くにごめんなさい。…祖父がっ…おじいちゃんが帰って来なくて…。早く帰ると行ってたのに…。」
アリスの青い顔からは、酷くおびえた声がもれる。
暖炉の前でエマが体さすり温めながら
「大丈夫よ…!大丈夫アリス…泣かないで。。この嵐だし外に出ないであなたは泊まりなさい。」
「…おじいちゃんに何かあったら…っ…私っ…。」
不安と恐怖が冷えたアリスの体をガタガタと震わす。
「ドニ!もっと毛布を…後温かい飲み物を持ってきなさい!」
深夜の風は強くなり強い雨が窓をたたく。
「明るくなったら使いを行かせるから、あなたはここに居るのよ…?…いいわね?」
「…はい…すみません…。」
ベットのある客室に通されそうになったが、アリスはアランやクロード達の居る部屋に居たいとお願いし、
エマは飲み物と毛布を置きドニと部屋の外に出た。
いろんなことが頭をぐちゃぐちゃにかき回し、アリスは人形達に向かい
「お願い…!皆、精霊なんでしょ?!おじいちゃんを助けて…。。私には…何もできないの?…」
返答などない部屋でアリスの声だけが響く。。
一睡もせず、ただ打ちつける窓の外を見つめて朝になるのを待つ。
ルネの話した真実が別れを悟ってのものではと、胸騒ぎがとまらない。
夜が明けて、屋敷の外でバタバタと物音がするとドニとエマが入ってきた。
「エマ様っ…!!」
「………。」
ドニもうつむき、エマの目は言葉にしなくても語っていた。………いや…いゃよ………
「…アリス……っ。…おじいさまはね…ルネ・デュフルク氏は昨夜、事故に巻き込まれて…」
アリスの息がとまる。鼓動だけが苦しく打ちつけ胸騒ぎの真相をアリスは受け入れられない。
「いやぁぁっ…!…嘘よぉ……そんなのうそよ、…きっと人違いだわ…私を一人にするはず…ないじゃない…っ…。」
初めて身分や何かを考えずにエマの胸に飛び込んで泣き叫んだ。
「---っおじいちぁぁぁゃん!!」
真っ白になる頭の中は叫ぶしか出来ない。
朝までの光景がぐるぐると回って急な別れなど考えれない中、約束した事だけが口にでる
「…っ…夕食作ってくれる…って、おじいちゃん言ってたもの…っ!!」
…まだ沢山教えてもらわなきゃいけない事だって、あるじゃない…
「…アリス…。」
エマの頬からも涙がおちた。。
細いエマの腕の中で泣きじゃくるアリスに、そっと語る。
「アリス…おじいさまは…、早く帰ろうとしたのね…いつもと違う道を使って帰宅中に地すべりを…。避けられなかったのよ…。のみ込まれる前に見た人は、間違いなくルネだったと…葡萄の箱を持っていたそうよ。。」
葡萄の箱……私がっ。。葡萄ジュースなんて言ったから。。
「おじいちゃん…っ…。」
二人は部屋を後にしてアリスを一人にした。
「会いたいよぉ…おじいちゃんっ…」
朝に戻りたいと数えきれないほど思い、昨夜の光景もずっと昔に感じていそぎまわる時をとめたくてアリスは噛みしめた唇から泣声をだす。
アリスはアランの眠る箱に行き、無理なお願いをした。
「アラン…精霊なら…ほんとに精霊なら、おじいちゃんを生き返らせてよ…。私…ほんとに一人ぼっちになっちゃったじゃない……。これからどうしたらいいの…?」
アランの頬に涙がおちる。ひとつ。またひとつ。アランの目からも涙が流れるように見えた。
現実ではなく夢ならにいいのにと何度も願いあまりに突然で急な別れに後悔しか残らない。
何時間そこにいたのだろう。泣き腫らして赤くなった目をエマが優しくキスをしてアリスを家に送った。
アリスの中にルネ過ごした日々と、ルネが話してくれた言葉がある。
---その言葉がこの先意味のあるものにとアリスは赤い目を擦り強くルネの言葉を信じた---