~最後の夜~
「……………………」
とうとう夜だ。部屋で待つアリスは高鳴る鼓動を抑えるのに必死だった------
皆と一緒に居たい、という気持ちはもちろんあった。
けれど……今夜は約束があったから。。
……覚えていてくれるかな。
二人きりになって、私はちゃんと自分の気持ちを告げる事が出来るだろうか。。
未だ自分でも曖昧に濁したままの想い。。
けれど今夜には気持ちをハッキリさせなければならない----
静か過ぎる時間を、ただ待っているのはとても辛かった
……コンコン……
「アラン……?」
ドアが開き、アランが姿を見せた瞬間、私の緊張は最大限に高まっていた。
アラン
『………一応、約束は約束だからな』
「うん……」
『で?お前の話ってのは、なんだ?』
「え、と……」
急な問いかけに、私は戸惑う…。皆と一緒に過ごして居た時とは違い、アランの態度も心なしか冷たく感じられた。それが余計に私の緊張を加速させる…
アランは黙ったまま、私の言葉を待っているようだった。このままためらっていたら、あっさり立ち去ってしまいそうだ------。
「………ジゼルに、聞いたの」
立ち去られるのが怖くて、前置きなしに本題を切り出してしまった。。
「アランは、今回こうして私に会うことに、最後まで反対してたって…」
『……あのチビっ』
「ジゼルを怒らないでね。教えてくれたのは、きっと私の為だから」
苛立ちに顔を歪めるアランに、私は念を押しながらも----
その反応だけでもう答えが見えたような気がして、続ける言葉が少し震えた…
「……本当、なの?」
答えが返るまでのわずかな時間が私にはひどく、長く感じられていた。。
『……ああ』
アランはすがるように見つめる私から視線を外し、気だるげに頷く。
『今もそう思ってる。……俺達は戻ってくるべきじゃなかった』
「どうして……?だって私、すごく嬉しかったわ。ずっとずっと、会いたくて皆が動き出した時、これが夢なら醒めないで欲しい思ったくらい…」
『………だからだよ』 「え……?」
『ずっと一緒に居られる訳でもねえのに、無責任に期待させるような真似してどうする
確かにお前は、俺達に会いたかったかもしれない。それほど、寂しかったのかもしれない---
だが、お前は俺達がいなくても、祖父さんが居なくなってからも、ちゃんと一人でやってきたじゃねえか』
「アラン……」
『全部が順調じゃなくても、お前なりに頑張ってきたんだろ?』
少しだけ柔らかく響く声は、それだけ聞けばこれまでの私の努力を評価してくれてるように聞こえた。。
でも……とても嬉しいとは思えない。
アランの言葉が優しければ優しいほど、怖くてたまらなくなった。
『お前には、もう俺達は必要ない。理解してくれる人間だって傍にいてくれるじゃねえか、
いつまでも人形遊びしててどうする。今のお前に必要なのは、寂しさを紛らわせる造り物の人形じゃない…
お前と同じものを見て、同じように感じ、同じ時間を生きる。…生身の、人間だ』
「そんな……」それは明らかに、アリスを遠ざける言葉だった。言葉の裏に潜む、強烈な否定。
アランは私と過ごした時間を全てを否定してるのだと思い、強く首を横に振った。
「違うわ!アラン…。私、皆の事を。そんなふうに思ってない!作りものとか人形だからって、そんなの関係なく大事に…」
『…同じ事だ。事実、俺達は人形でしかないんだからな。それでも離れたくないって言うなら、それは…』
そこで言葉を切り、ためらうように視線を遊ばせる---そして。
『……ただの、依存だ』
迷いを振り切ったように呟かれた言葉は確実に私の胸を打ち抜いていた。その一言で全て切り捨てられた気がした
「……………」
動くことも、反論することも出来ない。黙って震えるアリスにアランは残酷な追い討ちをかける
『話ってのはそれだけか?なら、これで終わりだ…早く寝ろよ。』
「アラン、待って………!」
『話は終わりだ、と俺は言ってる。…じゃあな』
引き止める私の声は何の役にも立たなかった。残された私の頭の中には、〔依存〕という言葉がグルグル回っている。
………本当にそうなんだろうか。私はただ甘えたくて、一人になりたくなくて、彼を求めているだけなんだろうか
。
「ちが、う…」 瞼の裏が熱くなる。
喉の奥が引きつるように痛い…
気づけば私の頬が涙を伝っていた、大きく息が漏れる。……苦しい。
私に背を向けて去っていくアランの姿が、私を切り捨てようとする彼の言葉が。。
胸を締めつけて呼吸をも妨げる。……これが依存?
こんなにも強く誰かを求める気持ちが依存だというなら---
「-----違うわ!!」
激しい衝動がこの身を突き動かす。
私の足は、真っ直ぐに彼を追いかけていた。
「待って、アラン!!」
裏庭の勝手口から外に出て行ったのを見た瞬間、私は声を挙げていた。
急いで後を追うが姿が見えない…。やだ…っ行かないで…いかないでよ…っ
静まり返った路地に人影はない、辺りを見回すも姿がなく向いた足はあのお墓の湖だった。。
「…アラン…?」
振り返った表情には苛立ちしか見えない。
『いいかげんにしろよ、話ならもう---』
「違うの!」睨まれたって気持ちはくじけなかった。。
息を乱しながら必死に伝えようと声を絞り出す。。
「違うの…、アラン。依存なんかじゃない…、この気持ちは、そんなのじゃない…!」
『……だったら、なんだっていうんだよ。少し頭を冷やせ、お前は期限が迫ってるせいで、焦ってるだけだ。
まともに考えられるようになれば、ちゃんと分かるさ。だから----』
「だって本当に違うんだもの!!」私の顔は、既に涙でぐちゃぐちゃだった。
お願い聞いて…少しでも伝えたい。。
「一人になるのが、寂しいからじゃない。一人になるのが、怖いからじゃない!
アラン、あなたが居ないことが寂しいの。アランが居なくなることが怖いのっ」
誰でもいい訳じゃない…一番伝えなきゃいけない事はそれだった。黙ったままのアランの表情はとても静かで、どんな思いかも分からない。だけど------。
私に出来ることは、真っ直ぐにこの気持ちをぶつける事だけだった
「だって、私……。アランが…あなたが好きなの……!」
出した言葉が音になった瞬間、自分の中で何かが弾けた気がした。曖昧な気持ちを口に出し恋という名を付けた事で胸の中にハッキリと熱が生まれる。
生まれて初めての恋をこの時しっかりと自覚していた。
だけど…
想いをぶつけられたアランは私の熱に逆らうように表情を凍らせていく。二人の温度差を示すように、冷酷な声が告げた。
『……バカか、お前は。俺が何なのか、よく分かってんだろ?どれほど良く似ていても、俺は人間じゃない。
この身体はっ!!』
「そんなの関係ない!どうだっていいもの……。だってアランはアランじゃない!」
この気持ちだけは否定されたくなかった。
「他のものなんていらない…。あなたがいたら、それでいいの……」
その一心で、アリスは叫んでいた。
「どうして?どうして、そう思うことがいけないの----!?」
全てが声になる前。。
腕を掴まれた、そう思った直後、私は身体事引き寄せられて-----。
驚く間もなかった。
強引過ぎる力…よろめく身体…。そして…押し付けられた唇。
私は目を見開いたまま、その凍えた感触を受け止めていた--------
柔らかな、けれど冷たい唇の隙間からは漏れる息さえない。
多分、ほんの一瞬だったのだろう。
けれどその一瞬だけで、私には分かってしまった…
アランが伝えようとしている事を、彼が私の想いを否定する理由…
これが全てなのだと、理屈ではなく現実なのだと………。
私にそう思い知らせる酷く自虐的なキスだった。
『…………わかれよ、たのむから…』
かすれた声が呟く。。。
『こうして触れてみりゃ、嫌でもわかる。今お前の前に居るのはただの造り物でしかないと
…そんなもの好きになってどうすんだよ。。今のうちに早く終わらせとけ…』
「……それでもいいって、言ったら?」
『……だから、俺はお前が本当に必要とするだろうものを…何一つ与えてやれねぇんだよ……』
「それでもいいから、傍に居たいって言ったら……?」
『………………………』
「人間だからとか、人形だからじゃなく…私はあなたの気持ちが知りたい……!」
『……だから、それは』
「私は、アランが好き。アランの事が好きなの」
『アリス……おまえ…』
私を見つめる瞳はには、どうしようもないやりきれなさと諦めにもにた感情が浮かんでいた。そこに
追い討ちをかけるように気持ちをぶつける私は、身勝手なのかもしれないそれでも……。
「アランの傍に…いたい……。意地悪言われても、からかわれても、触れた唇が冷たくたっていい…
好きなんだもの………。ただ一緒に居たいんだもの…………!」
どうしても止められなかった。
自分の気持がコントロールが出来ない
「それじゃ、ダメなの………?」
否定されるのと同じくらい限りなく膨れ上がっていく自分の想いも……怖かった。
「この気持も……、迷惑なの………?」
沈黙が続きもう、アランを見ることが出来なかった…
『ああ………迷惑、だ』
「…………っ」
『----なんて。。。言えるかよ……この状況で』
涙に滲んでいた視界が、押し付けられた肩に覆われる。
頭の後ろに感じる優しい力の正体を、私はまだ信じられずにいた----。
「アラン……?」
『人の気も知らずに…バカのひとつ覚えみてに好き好き連呼してんじゃねーーよっ。。俺はお前ほど考えなしで無謀でもない。何の保証もねえのに闇雲にぶつかるなんて真似、出来るわけあるかっ……どこまで考えなし何だよ、このバカ…』
耳元で聞こえたその声は、もう凍えてない。
暖かく私を包み込んでいるアラン-----。どっと涙が溢れた…
今までだって、何度バカとけなされた事か分からないだけど…
この時ほどその言葉が優しく聞こえたことは、きっと無かった。
「バカでも、いいもの……それでもアランが--」
『ああ、もういい。それは十分聞いた。言えばいいってもんじゃねえだろ……少しは有難みってもんを考えろ』
聞き分けない子供に言い聞かせるように静かな声が私をなだめる。
「アラン……?」
『だから……、お前が何回言おうと、俺から返すのは一度だけだ』とくんと大きく鼓動がなった。
『ちゃんと、よく聞いとけよ……?』
隙間さえなくなるほど強く押し付けられて完全に視界が奪われた後----
『………おまえが、好きだ』
ひっそりとささやかれた言葉は、耳に直接吹き込まれる様にして私の中に届けられた。。。。
『わかったらもう泣くな。泣き虫。ここまで来たら、もう終わらせるなんて言わねえから』
笑いさえ含んだ声が、泣きじゃくる私をからかうように響く。
『泣き落としに引っかかったみたいで妙にムカつくけどな………傍にいてやるよ。ずっと。』
一度だけの言葉はまだちゃんと耳に残ってるのに------
何だか夢を見ているよなそんな気分で私の口元は緩んでしまう。
『………そうと決まったら腹をくくる。時間もないしな。。明日は教会だろ?一緒に行けないが先にいって待ってろ』
「……え?」
『…聞くな、今は黙って行かせろよ。。そういう訳でお前は戻って早く寝ろ?いいな。』
「…………わかった」
『…んな顔すんな。信用してお前は明日待ってろ。』
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部屋に戻ってもぼんやりと目を開けていた、
アランはそのまま出かけてしまい…
どこに行くかも何をするのかも教えてはくれないまま…
想いが通じ合っても一緒に居られなくなるのはやっぱり怖い。
それでも……。
「信じてるからね、アラン。」
アランは意地悪だけれど、決して嘘はつかないもの………
アリスは安らかな気持ちで今度こそ眠るために目を閉じた。。。。