~⑨~
「後悔だけは……、しないように………」
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その日の朝はいつもよりずっと早く目が覚めた。気づくと祭りも2日目だった
「明日にはみんなとお別れしなきゃいけない。。」
だからこそ、時間を無駄にしたくないと思う気持ちが強かったんだろう。
「………これでいいのかな?」
結ったばかりの髪を鏡でチェックしていると、不意にドアをノックする音がした
-----コンコンっ-----------
「誰……?どうぞ入って」
「アラン……」
アラン
『……よ。起きてたか』
「うん。……お帰りなさい」
『ああ、遅くなって悪かった。。他の奴らも皆戻ってるから安心しろ。だらだら寝てるなら起こしてやろうと思って来たんだが……、起きてるならいい』
「あ………」
そのまま部屋から出て行ってしまいそうなアランに、私は思わず声をあげた。
「待って、アラン!」
アランは黙って振り返ったけれど、わずかに遅れたタイミングは、理由もなく私を不安にさせた。
くじけそうになる私は心の中で〔あと一日〕と唱えた。
迫る期限を思えば、もう怖いなんて言ってられない…
「お願いがあるの。……もし、良かったらでいいんだけど今夜………、少し時間をもらえない?出来れば、二人で話がしたくて」
私は多分、必死な顔をしていたと思う。きっとアランにもそれは伝わっていたはず
……困った顔をされたから。
私には長すぎる沈黙の後、アランは諦めたように目を逸らした。
『……よかったら、出来れば、でいいのか』
アランらしい言い方だ…と思って私は小さく笑ってしまう。
「……ううん。どうしても、だわ。……だめ?」
『……わかったよ。デュフル家の娘の権利として、それ位は聞いてやる』
「ありがとう…」
今度こそアランは部屋を出て行き、アリスは大きな仕事をやり遂げたような気分で深いため息をつく。
わざわざ今この時に〔デュフルク家〕を持ち出したのはアランなりの何かだろう
余計な思考を振り切る様に首を振り、頭を切り替えたアリスはアランだけじゃなく皆とも一緒に居れるのは後一日だと考えて言った「今日一日を、大事にすごさなくちゃ………」
鏡の前で自分に言い聞かせるように…
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「みんな、おはよう!」
いつも通りリビングには皆が揃っている…この光景が、本当に嬉しかった。
ジゼル
『おはよう、アリス。すぐに朝食にする?』「ありがとう、いただくわ!」
クロード
『朝から元気で何よりだ。でも少し意外だったな?』
「え?どうして?」
クロード
『君の事だから、てっきり寂しがって目を真っ赤に腫らしてるんじゃないかと。
……予想が外れたな。』
シャルル
『クロード。それではまるで、彼女がそうなるのを期待していた様に聞こえてしまうよ。』
アラン
『……事実、期待してたんだろ』
「そ、そうなの……?」
思わず怯えてしまう私にリディが大きく頷いて言う
リディ
『不謹慎よ、クロード』
クロード
『ちょ、ちょっと君たち!勝手に決め付けないでくれるか!?…君たちが僕をどう思っているかは今ので良く分かったよ。。』
アラン
『……ま、クロの腹黒は今に始まったことじゃねえしな』
クロード
『クロードと呼んでくれないかな、アラン』
アラン
『ああ、気が向いたらなクロ。』
クロードはアランの切り返しに完全にむくれてしまった。呆然とした表情でそっぽを向いてしまう彼に、
これはまずいと、私は慌てて割って入る。
「だ、だめよ。喧嘩しないで……!」
シャルル
『心配しなくてもいいよ、姫。これは単なるレクリエーションだ。アランもクロードも、相手に絡むのが癖になってるんだろうね』
リディ
『なるほど。確かにそうね、何かと相手に突っかかる発言が多くてよ』
「確かに……」
シャルルの見事なフォローに納得してしまう…
アラン
『……おい、何を勝手に決め付けてやがる』
クロード
『そうだ。随分と好き勝手な事ばかり言ってくれるな』当然二人は眉を吊り上げて文句を言って来るが…
シャルル
『ほらね。元気になっただろう?』
「………………」
そんな物騒な空気を、微笑みひとつで終わらせてしまうシャルルって、すごい。どういう反応をしたらいいのか分からず笑みを返していると-------。
今度は別の声が、この微妙な静寂を切り裂いた。
ジゼル
『さあ、どうぞ召し上がれ。騒がしいのが気になるようなら食事中は外に出しますけど?』
シャルルの微笑で消えかけた火種へわざわざ爆薬を投げ込むような一言に、場の空気が凍りつく。誰かが余計な事を言えば戦いの火蓋が切って落とされそうだ。
ど、どうしよう----
「ええと……」緊張感の中。。。
「い、いただきます……」結局言葉も思いつかず、美味しそうな朝食に没頭する事に逃げたのだった。。。
食事中も、昨日感じていたような寂しさはまったく感じられなかった。
まるで皆が会いに来てくれた最初の日に戻ったかのように、賑やかで楽しい空気が場を包んでいて------
私は幸福に満たされながら、美味しい朝食に舌鼓を打つ。……もしかしたら、これも皆の気遣いなのかもしれない……そう思いながら心の中で最大限の感謝を捧げながらその気持ちに甘えた……
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食後のお茶を飲んでいるとジゼルが呼びに来る
ジゼル
『アリス。お店に素敵なお客様がいらっしゃってるわよ。』
誰かしら…??店に行くと意外なお客が立っていた------。
「…エマさま?!いらっしゃいませ。」
「こんにちはアリス、…今日はいいお天気ね?お祭りもとても賑やかだわ」
ビックリしたが久しぶりのエマを見てアリスはほっと安心した。今は何故だか、エマの笑顔が全てを悟ってる気がして…会いに来てくれて嬉しかった。
「そ、そうですね…。今日は町に御用が?」
「あなたの事が気になってて、近くを通ったから顔を見に来たのよ。あなたが曇った顔をしてると思ってね?」
そう言いながら触れるエマの手は温かくて、昨日までの胸のざわつきがそっと流される気がした…
いつだかエマの言っていた{甘い毒}の言葉がを頭がよぎる-----。
エマにお茶を出して椅子に座ると少しの沈黙の後エマが口を開いた
私の顔を見て目を細め呟く
「私の大切な妹。あなたもとうとう、甘い毒の味を知ってしまったのね…。あなたにそんな顔をさせてしまうのはアランかしら?」
困惑するアリスに優しく言葉をかけるエマ。
「アリス、アランに限らず……精霊人形というのはとても残酷な存在だと思わなくて?」
「残酷……、ですか」
「どんなに人に似ていても、人ではない。心を寄せても、伸ばした手の先の肌は冷たく、冷たい唇があるだけなの……あなたは彼らと接していて、それを悲しく思った事はないかしら……」
「……………」
すぐに否定の言葉が出てくるはずだった。そんなことない、ただ一緒に居られるだけで幸せ-----
そう言えると思っていた。
なのに言葉が出てこない。
うつむいたまま微動だにしない私の頬に、エマ様の手がそっと触れる。とても心地よい手。。。
「…言葉だけでは足りない…時があるのよ。こうして触れて、同じ熱を感じる事で癒される時もあるの…。
ねえ、今のあなたには分かるはずよ。孤独を知り、人を知り、自らの足で歩く事を知ったあなたなら---。
綺麗なお人形と過ごす夢の日々だけでは、決して満たされはしないことを。」
「エマ、様……」
ゆっくりと離れた手。
触れていた時に感じていた熱は、あっさりと遠ざかってしまう。私はそれを寂しく感じていた。
「夢から醒めてしまいそうになる度に、アランやお人形達はまた私を夢へと連れ出してくれた。それが、私の夢だったから-----けれど、人が生きていけるのは現実で、決して夢の中ではないのよ。だから私は夢から醒めたのだわ。……もしあのまま夢の中にいたとしたら、きっと狂ってしまったでしょうね」
エマ様の瞳には、何かを諦めたような切ない光が宿っていた。その正体を知るのが怖くて、でも、やぱっり知りたくて……
「エマ様は----」
私は少し震える声で、先を続けた。
「アランの事が、好きだったんですか……?」
「……あなたの言う〔好き〕が単に好ましいという意味であるなら、そうね。
けれど、もし別の意味なら答えはNOだわ」
エマ様は、そう言って微笑んだ。
「私は既に恋を知っているの、アリス。どれほど美しくても理想的な相手でも、恋には「熱」が必要であることもね-----------。
……例えば、彼とキスをしたとしても、私の唇に彼の熱は届かない。だって彼には体温がないのですもの…
庭に咲く薔薇に口付けるのと同じことよ。一方的で、限りなく虚しいキスになるわ」
テーブルに生けてある深紅の薔薇に視線を投げながら言う…その言葉には、少しの曇りもなかった。
「……だからこそ、彼は〔夢〕そのものなのかもしれないけど」
身動き一つできずに聞いていた私は、ゆっくりと振り返ったエマ様の視線にピクリと肩を震わせた。
その唇が何を紡ぎ出すか、分かってしまう。
「あなたはどう?……アランの事が好きなの?」
「………………」
恋、という言葉が何度も頭を巡る。
「…はい。きっと…でも……何だか怖いです。エマ様---怖いんです、とても。」
気づけば涙がこぼれていた。もっと一緒に居たいと思うこともアランが、触れる事も出来ない人形であると改めて思い知らされる事も……
「私……、どうしたら………?」
「そうね…」エマはアリスの涙を拭ってくれながら、何かを思い出すように呟いた。
「ある詩人の方が言っていたわ。恋をして--恋を失った方が一度も恋をしなかったよりマシである。と」
「え……?」
「…以前は恋を失うあの辛さに比べたら、いっそ何も知らないままの方が良かったと嘆いたものだけれど---
今は、理解できるわ。確かに私は、恋を知って良かったのだと」
そう言って微笑むエマ様の瞳が、あんまり優しくて----
「……多分あなたにも、遠からずそう思える日が来るでしょう。きっとね」
そして、外の祭りとは比べられない程に静かな時間が流れた----。
エマは席を立ち微笑むと夕日が差し込む窓を見て
「…ごきげんよう」とアリスの頬にキスをして店を出て行ったのだった。
「…エマ様。。」馬車が見えなくなるまで見つめアリスの心の中にはアランの名が響く。。
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夕食を済ませると、明日は皆とどうしても行きたい所があるといってアリスはお願いをした。
かつてルネの通っていた大聖堂に-----
町の守護神の黒いマリア像を見たくて、一年前…物言わない皆に呟いたあの場所へ---------
そして…明日は早く起きるからと部屋に戻り、アランを待つことにした。。