~⑧~
『……………おい。そろそろ起きろ、朝だ』
「………?」
『寝ぼけてる場合じゃねぇぞ、起きろ。………起きねえと鼻つまむぞ』
「ふぐ………っ!?」
息苦しさと鼻の痛みで半ば強制的に覚醒させられた私は、あわててベットから身を起こす。
「な、なにするの、アラン!?」
アラン
『おまえが起きねえのが悪いんだろうが』
「だ、だからって……!」
アラン
『いいから起きろ、それともジゼルみたいに着替えの世話までして欲しいのか』私の思考が停止する。
………そもそも何故ここにアランが居るのだろう。…そして寝起きの私は、今どんな格好をしていたか---。
「きゃぁーーー!?」
アラン
『っと、そう何度も叫ぶなっ』
「ンぐ、………!!!」大きな手のひらが私の口を塞いでいる。
アランはジタバタと手を振って抗議する私を呆れ顔で見下しながら言った。
『出て行ってやるから、早く支度しろよ。……下で、皆待ってる』「-------?」
それだけ言って出てしまったアランを見送りながら、首を傾げる。……何だか、変な感じがした。
意地悪なアランはいつもだけど、そのわりに引き際があっさりし過ぎている。なにか、あったのかな…?
「とにかく、早く支度しなきゃ………」考えは後回しにして、バタバタと朝の支度を始めた。
「み、みんな…おはよう。」
ジゼル
「おはよう、アリス。今日はドライフルーツでパンを焼いたのよ」
あっ…いい香り~。カゴの中で湯気を立てる美味しそうなパンを見た瞬間、声をあげずにいられなかった。
ジゼルの焼くパンは大好きだ。はしゃいで食卓につく私をみてクスクスとリディとジゼルは微笑んでいた…
いつものリビング、いつもと変わらず美味しいジゼルの作ってくれる朝食。
変わらない一日が過ぎる-------。
木枯らしの風が哀愁を帯びた曲のように吹く今-------。
皆との約束の日まで残りが数日に迫っていた。誰が切り出すわけでもなく…あえて、普通にしてくれている皆…
「皆…今日の予定は?」その頃、私は気づくと自分から聞いていた。。最初は聞かれていた側だったのに、知らぬ間に毎日口から出ていた。
いつも笑って答えてくれていたがこの日は違かった---------。
シャルル
『今日はクロードと用事があって人と会ってくるんだ。』
クロード
『ああ。』
リディ
『ええ…私も少し出かけてくるわね』
「え…?」
アラン
『………』
「…アランも…出かけるの?」
アランはため息をつき目を細めて皆の方をみた。さらりと言われた皆の言葉に、私は目を見開いた
……そんな………残りが少ない日、一緒に居れる大事な時間なのに。。
誘ってくれる訳でもない-----。
急激に、突き放されたような気がする
ジゼルは変わらず家にいると言ったが少し気落ちしているアリスに紅茶を出して、そんな悲しい顔をしないでと苦笑いをした。
「うん………。」
次々と部屋を出て行く皆の後ろ姿。。
静かになってく部屋の中。。この場に満ちた静寂に、アリスが感じたのは猛烈な---焦りだった。
別に今までだって、ジゼルとお留守番や一人で皆が出かけるの見送ったりはしてきた……。でも感じる別れの迫ってるこの日に皆が出かけるのは耐えられなかった----------。次々とドアの閉まる音が、やけに耳に残る。
「……どうして?」
あと少ししか居られないのに…どうして私は一人でいるんだろう…
「…………………」
こんなのは嫌だと心の奥で叫ぶ、手を握り締めた。
最後に部屋から出るアランの背中をみた私はどうしても耐えれずリビングを飛び出す……
「まって、アラン!」
まさにドアを開けようとしていたアランを呼び止めてしまった。アランはゆっくりと振り返る---
顔を見ると、少し眉を上げてため息混じりに言った。
アラン
『…………どうした?出かけるって言ったろ』
「それは……。分かってるけど………」ふらりと出かけては何食わぬ顔で帰ったりしてきたアラン。。
------なのに、どうしてだろう。不安がこみあげ心細くて仕方がない。。
「どこに、いくの……?」
『心配しなくてもちゃんと戻ってくる』
「そうじゃなくて、アラン------」
わたしはそこで、言葉を切った。私を見つめるアランの眼差しにそれ以上言葉が出なくなってしまう…
「………悪いな。行ってくる」
視線だけで私の言葉を封じたアランはそのまま背を向け、出て行ってしまった。
「アラン……」
一人取り残されてしまったような寂しさがどうしても消えない。いつまでもドアを見つめる私にそっと触れる手があった。
「………?ジゼル……」
少し黙った後でため息をつくジゼル
ジゼル
「余計な世話だと分かってるけど……。そんな顔してるのを見ると気が引ける、話をしましょう?…アランのことよ」
「え…?」
戸惑いを隠せない私を導くように、ジゼルは私の背を押した。
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リビングに戻ると私を振り返ったジゼルは慎重すぎるほど慎重に口を開く。
ジゼル
『今は、私達を含めて…アランにも、一人で考える時間が必要なのよ…』
「考える時間……?」
『そう。こうして再び人形として彼らは復活してあなたに会えて-----そこまではいいわ。
…アリスも同じだろうけど、彼達も…迫る期限を意識しているの』
鼓動が一つ、跳ねるように音を立てた。改めて口に出されると、とても辛い。
『今の私達は契約も関係なく、ただ純粋な意思と力だけでここに在るの…、特に、アリスと関係の深いアランには色々思う所があるのよ。私には皆の入ってる石が体には入ってない、期限というより私の場合は自分の力で持続しているけど…。』
まるで恨み言のように思えて、言葉を切る。
「………思うことって何?」
アランの考えてる事なんて、私にはまるで想像もつかない。
「期限が、あるなら…」
一度押し込めた言葉が、我慢できずに唇から零れ出る。。
「もうすぐこの時間が終わってしまうのなら。もっともっと、一緒にいたいのに」
そこまで言ってしまって、ハッと顔を上げる…ジゼルは困った顔をしていた--------
「………ごめんなさい………」自分が恥ずかしくてたまらない。
アランの行動を制限する権利なんて私にはない。なのに…どうしてこんなにワガママになってしうんだろう。
ジゼルの口からため息の様な笑みが溢れた。
「こんなにも求められる存在である事を、誇りに思うわ。私達も…そしてアランもね」
「ジゼル……」慰めてくれてるんだろうか、少し柔らかい表情に涙が出そうになった。
『一つ情報を教えるわ。リディ達が言ってたけど、、今回身体を手に入れて復活すること…最後まで反対していたのはアランだったそうよ』
「え?」ひやりと背筋に冷たいものが走る。
…………どうして?私にはあんなに待ち焦がれた出会いだったのに……。アランにとってはそういう事じゃなかった?迷惑だったということ?
『アランがなぜ、人形としての復活を嫌がったのか----アリスはそれを良く考えるといいわ…』
「……………」
ジゼルはそういうとリビングを出て行った。ごちゃごちゃの頭で何から考えればいいのか分からない…。
「アラン……」
とにかくアランは、帰って来るといった。
この家へ、ちゃんと帰って来ると---------。
残された時間はもう少ない。彼が戻ってくる前に私はアランの思いに少しでも気づくことが出来るだろうか…。。静かなリビングでアリスは切ないため息を漏らすのだった。
仕事をする気にもなれず、私は母メロディの写真とアランの服の生地を見つけた地下室でジゼルの言葉の意味をずっと考えていた。。
……ううん、考えなきゃいけなかった。
なのにどうしても出来ない、頭の中はアランで一杯だった------。
「初めて会った時は怖かった……」私はポツリとそう呟き、目を閉じる。エマの屋敷で初めて眠るアランと会った時の事をなんど思い返したか分からない。
あれが全て始まりだった、私にとっても、そしてアランにとっても……他のすべての人形達にとっても。
「怖かったのに……嬉しかったの」
友達になりたい-------
あの時の私は心からそう思っていたの。いつも意地悪で、
すぐにからかったり、突き放されてばかりだけど……。
それでも諦めようとは思わなかった。少しずつアランの事を知っていって、たまに見せてくれる分かりにくい優しさにも気づけるようになって---------。
ようやく彼の事を理解できた。「そう思った時には別れが近づいてるなんて……」
たとえわずかな時間でしかなくても、一緒に過ごせる事の喜びには何も勝てない。
「…………楽しかったの、すごく。アランと一緒に居る事が嬉しくて、声が聞けるのが嬉しくてもっともっと一緒にいたいって…………」
小さな声は、涙の気配に震えていく。………アランの真意はよくわからない。
だけど、少しずつ分かってきた事もある。この気持ちの正体。
今、私がアランの事ばかり考えてしまう理由………。
ぱたりと、胸元に雫が落ちた。
「………私だけ、なのかな。そう思ってるのは、私だけなのかな……?」
口に出せば出すほど不安が込み上げてくる。分かっているのに、怖くて……怖くて。
ぽろぽろと零れ落ちていく涙と、鳴咽を漏らす喉。
私は誰も居ない地下室で、ひとしきり泣いたのだった。
夜になっても皆は帰って来ない。食事の時間になったら必ずこのリビングに集まってたのに…。
今のこの静けさはどうだろう。
「…………」
ジゼル
『…静かね』「………うん。そうね、何だか変な感じ…」苦笑いをしてゆっくりと用意された料理を口に運んでいく、他のどんな食べ物よりも私の舌に馴染む味。
「………これ、とっても美味しいわ。どうもありがとう。」
ジゼル
『…ありがとう。私の方こそ、そう言ってもらえると嬉しいわ』
向けられた笑みに、私も笑みを返す。静かで、少し寂しくて
………でもこれも、きっと愛おしい時間。ずっと続けばいい---そんな願いを飲み込むように、料理を口に運び続けたのだった。
皆の不在で私の心に色んな感情を呼び起こしたけれど------
眠る時間が訪れる頃には、寂しさは覚悟に変わりつつあった。もうじきその時が来る---
それはもう変えられない事実だ。だとしたら一番大事な事は----。
「……最後に、何が言えるかよね」
明日には皆もきっと戻ってるはず。…私達は最後の二日をどう過ごせばいいのだろう。