プロローグ
フランス郊外にある小さな人形店。
品のある店の外からは高級な布で飾られた美しい人形達が見ている。生まれてすぐ両親を亡くし祖父に大切に育てられたアリスは人形の様に透き通った肌で、まるでミルクティの様な艶やかな髪をしている。
毎朝、隣の店からは焼き立てのパイが美味しいそうな匂いをさせ、向かいの花屋ではカスミソウと季節の花であふれている。
『おじいちゃん!今日はフルーツパイだ!オルガの焼くパイで一番好き』店の外に駆け出すアリスは、工房で人形作りをする祖父を横目に買い物に行くのが毎日の恒例になっている。
「アリス、ちょっと来てくれんか」祖父のルネは代々続く人形職人。アリスの父もまた、生前は人形師だった。
「どうしたの?おじいちゃんそろそろお茶にしましょ?オルガのパイが冷めちゃう。」
「前にアリスが作った人形を持ってきておくれ。」
…私の作った人形?どうしたのかしら急に。。「分かったわ。」
アリスは地下の階段をおり部屋に入るとアンティークの骨董品に重なった木箱をとりだす。
「ゲホゲホッ!凄いほこりだわ。私のドールを持って来いなんてまだ見習いの私はおじいちゃんにだって見せたくないのに…。絶対何か言われるわ…。」丁寧な彫刻をされた蓋を空けると、陶器のような白肌がドレスを引立たせ少女の美しいドールが眠っていた。
「私のジゼル…」初めて作った人形。兄弟も居なく両親も知らず育ったアリスはその少女をジゼルと名付け、不慣れな手で愛情を込め仕上げたのだ。
「…はい。持ってきたわ…。」「うーん。どれどれ…見せてごらん。」工房に戻るとルネは眼鏡を外しながら厳しい顔でジゼルを手に取る。
「ほーう。鋼色の綺麗な髪だねえ、それにドレスにピッタリの瞳をして。いい顔をしとる…。」
アリスは意外な言葉で驚いた。とても人形作りに厳しいルネは睫毛一本からドレスの細部まで何度も作り直し、他にお客様の依頼があっても一体が仕上がるまでは何ヶ月も注文を受けなかったのだ。
そんな祖父の仕事ぶりを知っているアリスは見よう見真似でルネが寝てから工房でジゼルを作り、人形職人の父と祖父から受け継いだ才能を発揮させていた。
「おじいちゃんホントに?!仕上がってからジゼルを見せるのが、私ずっと自信がなくてっ…」
「アリス見てごらん、愛らしいこの子もそこのショウウィンドウに飾ってる男の子も皆、美しいが私達人形師
に出来るのは完璧な土台を作り素敵な服を縫いドールに着せてあげる。当たり前の事だがね、けど…一番大事なのは、一番最初に愛情をあげる事なんだよ。お客様の手に届く前に人形師が命を注いであげるのじゃ。」
紅茶を一口飲んでルネはジゼルの髪を撫でた。
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カランカラ~ン。店の扉が開くと、エマ・ドニエが立っていた。
「ごきげんよう。」
エマは街の高台に住む伯爵令嬢だ。気品に溢れ社交界でもひと際目を引く女性だが凛とした瞳はいつも寂しい目をしていた。
「…エマ様っ!いらっしゃいませ。」
「こんにちはアリス。久しぶりね、ルネはお仕事中だったかしら?」
「いらっしゃいませ。エマお嬢様いかがなさいましたか?御用があれば、お屋敷に呼んで下されば…」
ドニエ家は先代から取引のあるお屋敷でエマはアリスの憧れの女性だった。
「エマ様、こちらへ。紅茶をどうぞ。。」何十にも重なる袖口のレースから細い手が出て紅茶を飲み始めた。
…エマ様ったらなんていい香りなのかしら、まるでビスクドールのような女性だわ…
綺麗に結われたブロンドの髪に深海の瞳がアリスの鼓動を早くする。
「庭のバラ達もいいのだけれど、アリスやルネと一緒に素敵なお人形達に囲まれて飲むお茶は格段にいいものよ?」
「嬉しい事を言ってくれる…!エマ様はお優しい方じゃ。」エマの豪華に装飾されたドレスに二人が見入ってると、作業台にあるジゼルに気づきエマが近づいた「まぁ。。何て愛くるしいドールかしら。。綺麗な鋼色の瞳だわ。それにドレスのレースがとっても素敵…」
「私が初めて作った人形なんです…。まだ見習いですのでエマ様のお持ちになってるのとは…」
ジゼルを手に取ると、アリスに向かい「ねぇアリス。人形作りは好きでしょう?伝わるわ。あなたの初仕事、私が依頼してもいいかしら…?」
「大切にしているビスクドールのお洋服を直して欲しいの。ほつれてしまって」
エマからの依頼なんて予想しなかったが、戸惑いながらも嬉しくて目を輝かせた。
「エマ様…本当に私でよろしいのですか…?」「ええ、もちろんよ。アリスに作って欲しいの。」
「おじいちゃんっ!どうしよう私、すっごく嬉しいわ!」
「エマ様、半人前ですがこの子なら素敵なドレスを作りますよ。私の孫ですから腕は確かじゃ。ハハハ!」
「お仕立てにはいつお伺いすればいいですか?」
「そうね…明日お願いできるかしら。」「はい!!」
その日、アリスは久し振りにジゼルを抱いて布団に入った。
「ジゼル…私、明日が楽しみエマ・ドニエの家に行って初仕事よ。どんなお人形かしら…」