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ロミオとジュリエットみたいにならないように

作者: きら☆

 俺は六月が嫌いだ。カレンダーを見ても両端以外に色違いの日付は存在せず、俺のステイタスは五月病を引き継いだまま六月を迎えることは紀元前から決定付けられている。梅雨つゆの時期でもある六月は俺の気分を大々的にブルー色に染め上げ、やる気というやる気が根こそぎ異空間へ持っていかれてしまったような気分だ。だから、六月というジュライは妄想に浸りながら、空を眺めることに限る。別に六月に限ったことじゃないが。

 授業も全て終わり、俺は校内の中庭へと足を運んだ。高校ここの中庭の構造は少し風変わりなもので、校舎からでは視認することのできない死角が多数存在している。俺ぐらいのベテランになれば、死角など一目瞭然。死角のひとつに当たる芝生に背を預け、俺は空に目を向けた。

 いい天気だ。

 今日は梅雨シーズンでの数少ない快晴。これは青空観察を趣味とする俺にとって平成の米騒動中のコシヒカリぐらい貴重な存在であり、大切な日だ。

 そんな俺のささやかな平穏を邪魔するようにひとりの少女――芹沢せりざわすずが俺の隣で座り込んで来た。空をひたすら眺めている俺が言うのもおかしなものだが、この芹沢すずは相当変わり者だ。

「なぁ、納豆なっとー好きかぁ?」

 あかぬけた表情で微笑みを浮かべる芹沢すず。意図不明な質問にはもう免疫がついている。

「いくら話題がないからといえ、その話の振り方は理に適ってない。それと少し黙ってろ。俺は空を見ているんだ」

「うちは好きやでー、なっとー。あのネバネバしてるところがなー、おいしーんやー。けどなぁ、テレビでなっとーがだいえっと効果があるって放送されてからなー、でぱーとに行ってもなっとーが見当たらなくなったねん。あのときは本気で泣いたでー」

 海馬組織に余計な情報が刻まれるのはごめんこうむりたい。

 ウワゴトを撒き散らす芹沢すずを気にとめず、俺は再び空へと視線を戻した。

「なぁ、おそら見ててたのしー?」

「ああ」

「なんでやー?」

「おまえが納豆好きな理由と同じだ」

 芹沢すずは少し考え込むように、むむむ、と頭を抱え再び口を開くまでに数分の時間を要した。

「おそらって、んまいんかぁ? ぜんぜんおいしそーに見えへんよー」

 ……。

「こう見えてもうちはなー、自分がふつーの人とちょいちゃうことぐらい自覚してるねんでー」

 自覚症状があってその振る舞いか。末期だな。

「せんぱいはいつもこんな場所におるけど、なにしてるんかー?」

「お前がそれを訊いて来たのは、今回でちょうど二百回目だ。オウムなら今頃政治家のように熱弁していたってなんもおかしくない」

「うちだって、そんぐらいわかっとるでー。せんぱいの話題が見つからへんからしょうがなく訊いとるだけやねん」

 じゃあ、話しかけるな。

「それはむりやぁ。高校ここに来てからなー、一日30分はせんぱいと話さへんとあとあと禁断症状が起こるんやー」

「じゃあ、土日はどうしてるんだ?」

「寝てるでー」

 答えになっていない、と言う単語が喉まで来たが、俺はその言葉を飲み込み黙する。

 芹沢すずはまるで汚れを知らない生まれたての赤ちゃんのような純粋無垢じゅんすいむくな瞳で俺を見つめ、にっこりと微笑む。見てる人全員が幸せになりそうな笑顔に、俺は一瞥し、すぐさま視線を逸らした。

「なぁなぁあ、なんか話そーやー。ヒマやねん」

「話す理由がない。話題もない。何もない。お前はウザい。ヒマなら帰れ」

 これだけ罵っても、芹沢すずは笑顔を崩すことはない。屈強な精神の持ち主か、それとも馬耳東風なのか、どちらかといえば後者のほうが有力だろう。

「あ〜」

 芹沢すずは芝生に背を預け、両手両足を大の字に広げた。

「おそらの向こうに天国はあるんかなー?」

「もしかしたら、あるかもな」

 予想外の返答だったのか、芹沢すずは頭上に疑問符を浮かべる。

「お前の言う天国イメージはどんなんだ?」

「えーっとなぁ、あれやー、みんな白い衣服を纏っててなー、それで神様がいてー、楽しそうにやってるんや。きっとなっとー食べ放題に間違いないでー」

「なら、そうだろうな」

「せんぱいの天国も教えてーやー」

「……天国かどうかは別として、死後の世界は存在する、少なくとも俺はそう思ってる。だけど、これは俺一個人の認識であり考えに過ぎない。本当のところはなんとも言えん。輪廻転生りんねてんせい――人は死んであの世に行けば、それまでの記憶を忘却の彼方へ飛ばし、また生まれ変わる。どっちもどっちだが、まだ死後の世界よりかは幾分現実味を帯びている。しかし、人間がこの世を輪廻するとなると、今現在生きている人間たちは果たして何回生まれ変わってるのか、それに地球が滅びたらどうなるのか。天国にしろ輪廻転生にしろ、曖昧あいまい漠然ばくぜんとした概念だ。人間が認識できる範囲を超え過ぎている。死者は口を開かないしな」

「よーわからんでー」

 わからないと言うよりは、理解しようとしていない、そんな感じの返答だ。

「うちはアホやから、よーわからんけどー、人生たのしく生きろってことやろー?」

 あくびを噛み殺したような吐息を漏らし、芹沢すずは寝返りをひとつ打つと身体ごとこちらへ方向転換。

「せんぱいの言う『りーねてんせい』はうちは信じとうないわー。自分が自分じゃなくなるんやろー? そんなの絶対あかんでー。うちはうちのままでずっといたいねん」

「……誰だってそうだろ、あきらめろ。付け加えてお前は近付き過ぎだ。あと納豆臭い。歯磨け」

「………そうやなー、人間あきらめが肝心っていうもんなぁ」

 いつになく辛辣しんらつな表情で凝然と空を仰ぎ見る芹沢すずに激励の言葉でも掛けてやろうと思ったが、やめた。ここで優しくすれば余計な感情が錯綜さくそうするに決まってる。それにこいつのことだ、俺が心配したところで杞憂に終わるだろう。

 俺は空へと向き直り、後頭部を両手で抑えながら虚空を見つめる。

 予想通り芹沢すずが立ち直るまでに大した時間は要しなかった。しかしタイミングの悪いことで青空に誘われ、睡魔という使者たちが俺をお迎えになさったその時だ。朗らかな笑顔が俺の視界を埋め尽くし……

「納豆臭いし、顔が近い。離れろ」

「それは言っちゃあかんでー、ちょい気にしてるんやからー」

 すこぶる調子よさげに応じるのは結構なことだが、

「だから離れんか。第三者が見てたら教育上によろしくない噂が流れる。お前が噂の対象となるのが気に入らん」

 語気を荒げ主張してみたが、天真爛漫てんしんらんまんな少女は止まることの知らないマグロのようにゆっくりと近付いてくる。今までになかった斬新なケースだなと考えている俺は余裕があるからなのだろうな。

「ここ死角やろー? ならへーきやー」

「いいか、よく訊け。本来「平気」と言う単語は「大丈夫」や「問題ない」の意味合いは含まれていないんだ。いつもと変わらない態度やありさまのことを「平気」と言うんだ。わかったかおい、離れろ」

 俺は一体何を口にしているんだろう。

「うちはー、勘違いされてもへーきやでー」

 芹沢すずはそれだけを言うとあと数センチで激突というところで瞑目をし、顔の推進も制止した。

 誘っているのか? 

「……うちは後悔しとうない」

 そんなこと言われても、俺がアクションを取ることは無い。

「オーケー。落ち着いて訊くんだ。物事には順序がある。お前の今現在行っている行動はあと5つぐらい起こさなきゃいかんイベントを無視している。納豆で例えるなら、掻き混ぜる前にネギを入れることぐらい順序がめちゃくちゃだ」

「……それはあかんなぁ」

 芹沢すずの嘆息が、俺の頬杖をついた。臭い、同時に女の子特有の誘われる香りも漂わせているが、ここで惑わされるわけにはいかん。

 俺は仰向けという力が込めにくい体勢から強引に矮小わいしょうな身体をひっぺ剥がし、そのまま容赦なく芹沢すずを芝生へと投げ出した。身の自由と安全は確保。芹沢すずは芝生上をころころ転がりうつ伏せのまま。

「前兆もなく人に襲い掛かるのはやめろ。心臓に悪いこのうえない。俺にも心の準備というものが必要だし、何よりここは学校だ。最低限のTPОはわきまえとけ」

「せんぱいはうちのこときらいなんかー?」

 うつ伏せのままイコライザをいじくったように声を濁っている。至極当然のことだが、表情は窺えない。

「好きか嫌いかで言えばそれは間違いなく後者だな。何を考えてるかわからねえし、お前の行動は唐突過ぎる。特に納豆臭いところが生理的に受け付けん」

「うそはあかんでー」

 制服に纏わりついた雑草を払いながら、芹沢すずはゆっくりと立ち上がる。

「せんぱいがほんとうにうちが気に入らんかったらなぁ、せんぱいはもっとうちのことを拒絶するはずやでー。せんぱいはなんだかんだ言うといてうちを受け入れてくれていたんやー」

「黙れ、納豆」

「それに、うちはなぁ、まじめにせんぱいが好きなんやねんでー」

 思春期の男子どもなら胸キュンのひとつやふたつ起こしても咎められないセリフだが、あいにく俺にはパッシブスキル『女性不振』を習得済みだ。とゆうより芹沢すずに告白されたのが今回が始めてという訳ではないので驚きもさほどない。むしろ芹沢すずの大胆さに賛嘆の言葉を贈呈して挙げたいぐらい俺の精神は余裕を保っている。

「……好きなのは結構なことだ。誰を対象に恋に堕ちようがそれはお前の自由で俺が干渉する権利はない。だけどな、さっきの凶行はあきらかルール違反だ。俺が好き? 最初にそう言えばいいだろ」

「じゃあ、いまはいいんかー?」

 何故そうなる。

「うちはせんぱいに好き言うたでー、なら、いいんやろー? ちゅーしよーやー。なぁあ?」

「最高に下卑げびだな。断る」

「なら、ええわー。せんぱいのどあほー」

 俺は反論しようと開きかけていた唇を一文字に閉ざした。

 あっけなさすぎる。

 いつもの芹沢すずならば、あと半刻ぐらい能天気な顔つきでなにかとしつこく迫るはずだ。悪い物でも食ったのか? それともカニみそ程度の脳みそがとうとう無駄だと学習したのか? この際前者だろうが後者だろうがどちらでもいい。心の平穏が保たれた。この事実があれば芹沢すずなど気にするに値しない。

 再び俺は芝生に背を預けた。うつらうつらと眠気が襲い掛かり、

「寝たらあかんでー、死ぬでー」

 芹沢すずの出現である。こいつに悪気はないんだろうが、こう度々睡魔と奮闘中に起こされると何か黒い陰謀が働いていると疑ってしまう。

「まだ居たのか……さっさと帰れ」

「おひょらばっか見てへんでゲームでもしようやー」

 芹沢すずが呂律の回らない口調で喋る原因は、愛らしい口元でポッキーをくわえられているからだ。単純明快猪突猛進野郎だ。ポッキーゲームなら合法的にキスをすることができる――アホなりに頭を使ったのだろう。

「せんぱいはこっち銜えてーなー」

「……」

 ポッキーの先端を指先で掴み、そのままy軸方向に力を込める。小気味良い音とともに巧くチョコレート部分だけが折れた。俺はそれを口の中に投げ込む。うん、美味い。

「どあほー、それはあかん、あかんでー」

 ぶつくさ罵る口調とは裏腹に、その表情は何故か生き生きしている。俺は無言のまま。

「まあ、ええ、今日はこんくらいにしといたるでー」

 芹沢すずは月一ぐらいの割合で耳にする常套句じょうとうくを嘆息とともに吐き出し、臨席ならぬ臨芝生にごろんと転がる。

「こうしてるだけならええやろー?」

「寝込みを襲ってこなきゃな」

「えーっとぉー、さっきのは気の迷いっちゅーかー……なんちゅぅかぁ……そうやぁ、せんぱいのせいやねん。せんぱいが怖い話するからいけないんやー」

 言い掛かりもいいところだ。俺がいつ震え上がるような怪談話を語ったと言うのだろうか。

「まさか天国の話が恐かったのか?」

「……そうやでぇ」

 あたかも恥辱を受けたように頬をりんご病患者顔負けなほどに赤く染め上げた芹沢すずは、ぼそぼそと消え去りそうな声で語を継いだ。

「うちはなぁ、ああいう話は苦手やねん。いまがしあわせでもなぁ、いつか堕ちる日があると思うと……恐怖に駆られるっちゅうのかなー? ようわからんけど、こわいねん」

「それは人間なら当たり前のことだ。安心しろ。死を恐れてない奴がいるとすれば、そいつはどっかの狂信者かヤバイ薬やってトチ狂った奴ぐらいだ」

「せんぱいはこわくないんかー?」

「恐いさ。だが、同時に死への知的好奇心もある。死後の世界に何が待っているかを俺は確かめてみたい。科学的に立証すれば何も存在してないだろうが、人間には未知の部分もまた多い、現に科学的立証を得ることのできない事柄もまちまちある。俺が死んで何もなければそれで終わり、あれば俺は死の概念の真相を射抜くつもりだ。そのときの俺が俺であると仮定しての話だが」

 多数の疑問符を頭上に浮かべる芹沢すずは見ての通り理解できていないだろう。

「……まあ、人生一度きりだ。こんなところで時間を潰すよりは、もっと他のところで楽しんだほうがいい」

「うちはせんぱいのいるここがいちばん好きやでー」

 それだけは自身を持って言える、そんな感情を感じるほど反射的に芹沢すずは答えた。

「……なら、好きにすればいい」

「言われへんでも好きにするつもりやー」

 のんびりとした口調で応じる芹沢すずからは、恐怖の色はすでに見られない。単純な思考。良く言えば素直。さきほどの話などこいつの記憶媒体からは取り除かれているのだろう。もし芹沢すずが国際保護を受けても、俺はなにひとつ疑念を抱かない。現代日本に置いてここまで純粋な人間がいるとは思えないからな。

 なら、俺は何故芹沢すずを拒絶するのだろう?

 こいつはアホな当変木に違いないが、才色兼備の「才」を除く色兼備であることに変わりない。いっそ芹沢すずの好意を受け入れてしまった方がお互いのためになるかもしれない。

「それはない。絶対に」

 自分の疑問に声を絞り出し、俺は応じた。

「すうすう」

 ふと、隣を覗いてみれば芹沢すずはだらしなく「よだれ」を垂らしながら寝息を立てている。年頃の女の子とは到底掛け離れている子供じみた寝顔だ。

「お前は何故俺に付きまとう?」

 返事が返ってくるはずはない。ただただ芹沢すずは寝息を立て、時折寝返りを打ったりなどしている。

 芹沢すずに魅入っている自分に気づき、俺は俊敏に立ち上がった。そろそろ太陽も山の稜線に引っ掛かる頃合だ。夜空を鑑賞してみるのもいいが、その頃には職員の誰かに追い出されているに違いないだろう。

 きびすを返すと同時に芹沢すずの呟きが俺の鼓膜を刺激した。

「…………せんぱぃ……うちは……ぁきらめへ、んでぇ……」

 一瞬狸寝入りと疑ったが、口元から零れ落ちる「よだれ」は寝たフリでは到底出せない量である。俺は芹沢すずに歩み寄り、ブレザーを痩身な少女に脱ぎ捨てた。

「風邪引くんじゃねえぞばーか」

 俺は小さく呟き、学び舎をあとにした。



 下校中、芹沢すずの笑顔ばかりが脳裏によぎることに、俺は愕然がくぜんとした。

 恋愛小説を書こうと思いその結果これです。一応主人公はツンデレのつもりなのですが、普通にウザいです。

 他の作者様の恋愛短編小説をちらちらといやらしく拝見させてもらいましたが、今回私の書いた小説はあまりにも場違いな雰囲気を醸し出しまくりではないのかと。

 だが、それがいい! とゆう読者様が存在するなれば、感想のほどよろしくお願いします。

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[一言] 面白い人間関係だと思いますよ、独特のテンポで進むのが良くスッキリと読めました。
[一言] だが、それがいい! 今のところ和み系?に分類されるんでしょうか。これからどう話が振られるのかが全く予想もつきません。 作品自体が読み切り作品としても十分いけそうなのは、キラボシさんの文の特徴…
[一言] だがそれがいい、すずちゃんの純真さがいい、先輩はどうでもいい。
2007/03/11 22:08 こっぺぱん
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