腐女子な彼女たち
恐怖の時間だった。
彼女と、友達とその彼女の四人で過ごした時間はそう長くなかったはずなのに、猛烈な苦痛を味わった。主に精神面で。
「はい、ありがとう。次のポーズはねぇ、こんな感じでお願いしまーす」
見せられた絵は、ベッドで相手の足を持ち上げて身体を密着させるという、とんでもないものだった。堪忍袋の緒が切れた。
「何なんだよこれは! お前ら俺に何やらせたいんだ!?」
広くもないホテルのシンプルな一室で、真昼間から怒声が響いた。
「別に本気でやってくれなんて言ってないよぉ。服着たままでいいから」
「さっきのキスシーン(もどき)だけでこっちはいっぱいいっぱいだっつの!」
えええー、と唇を尖らせる双子は、朱音と葵衣だ。彼氏の俺から見てもパッと見区別がつかないほど、二人は良く似ていた。口元にほくろがある方が朱音で、俺の彼女だ。
ゴスロリチックな服装を難なく着こなして、ちょこんと座っているだけで独特の空気を醸し出す不思議な二人だった。
それが、自他共に認めるBL好きだと知ったのは、つい先日のことである。
世の中にそういう女子がいると知っていたが、まさか自分の彼女がソレだなんて、想像つくだろうか。
しかも、やたら可愛い双子なのに!
正直ショックは隠せなかった。促されるままに見た彼女らのSNSページは、コスプレ写真とイラストや漫画がずらりと並んでいる。コスプレは、まだいい。女キャラ中心で似合っている奴もあった。コメントとか見てると腹たってくるし、して欲しくないけど、まだ受け入れられる。
しかし、イラストや漫画は終わっている。見覚えのある版権キャラが、これまた男同士で絡み合っていた。中には女同士もあったが――、ぶっちゃけよう。あれはエロ漫画だ。俺の彼女は十八歳未満お断りな漫画を描いていた……! あまつさえ、二人はそれらの漫画を本にして売っている。信じられるか?
○○のオンリーイベント参加予定です!
××さんとの合同サークル名はこちら! みんなチェックよろしくです!
ふへへへへへwww 〆切間に合わないよ\(^o^)/
○○×●●も結構好きかも、と気付きましたw
カッとなってやった。後悔はしていない(・∀・)
今週のこのシーン、実はこんなだったんじゃない? あのセリフ意味深すぎるでしょ!
というような俺には理解不能な(〆切云々は何となくわかるか)単語やキモイ叫びが、ツイッターに並んでいる。アニメの実況もしている有様である。付き合って半年。その間、決まった時間になると連絡が取れなかったり、数回彼女が「旅行」に出ていたこともあったが、その正体がコレだ。どうやら漫画を描く同士の手伝いや、コスプレイベントにかり出されていたらしい。
つーか何なんだよ、このイベントって。コスプレって。同人誌? 販売? え? 何でそんな本とか売ってんの? 漫画家になりたいの? 何がしたいの?
頭がクラクラした。絵が上手いのは認めるが、世の中いろいろ間違っている。
「そもそも! ポーズ撮るだけなら俺と翔太でなくていいだろが! ガチホモなエロビデオでもなんでも勝手に観とけよ!」
「絶対嫌。BLはあんなガチムチじゃないの!」
「孝彦は見たことあるの? キッツイよあれ。生々しいのは嫌なんだって」
「生々しいっつーか、これは生そのものだろが!」
「あと、好きな角度で撮りたいの! あっちとかこっちとか!」
「知るか!」
予想外にブーイングのあらしだ。どうやらリアルホモ推奨している訳ではなく、二人はあくまで妄想を楽しんでいるらしい。つまるところ、創作なのだと二人は口をそろえた。現実にはないことを考えるからこそ良い。男を困らせたり、組み伏せたりするのが、とてつもなく楽しいらしいのだ。男女や女同士にはない倒錯感や背徳感がたまらない。同性同士であるがゆえの葛藤や、友情をこえた結びつきが萌えるのだ、と。
……わけわかんねー。
俺のアタマがおかしいの? 普通の恋愛でよくね? 何でキャラ同士くっつけたがんの? てか、そのキャラ恋人いるけどその設定ガン無視? 何がしたいの??
「じゃ、朱音と葵衣ちゃん二人の写真を俺が撮るってのは」
「私たちじゃ百合じゃない。というよりもう撮ってるよ」
おい、それ見せろよ。
「でも身体違うし、やっぱ楽しくないというか、なんか違うんだよね」
「色んな角度でも取りたいの。構図の資料が欲しいんだって」
「……じゃあ、俺と朱音が」
冷たい視線が突き刺さった。
ですよねー。
「……孝彦はまだマシだろうが……!」
呪いのような低い声がした。葵衣の彼氏である被害者その二、翔太である。男のくせに女顔の奴は、半裸になってうつむいていた。まるで凌辱を受けたように――いや、事実受けたようなものだ――震えている。狼の巣に放りこまれた羊のようだ。
しかしこの羊、やたら狼に従順だった。
嫌なら嫌といえばいいのに、無茶苦茶な注文に応じているのだから、訳がわからない。先ほども何故か「メガネかけてくれた方が萌えかも」という理解不能なオーダーに対応していた。……こいつ、目悪くないのに。
「中指で真ん中のブリッジを押し上げてみて。そうそう、あ、可愛いかも。こっちの角度からも撮ってみよ」
「メガネやっぱいいな~。普段メガネかけない人のメガネって萌えだよね~!」
なんでメガネ一つでそこまで盛り上がれるのか。だいたいメガネなんて、そこらじゅうにいるだろが。ちょっと見渡したら発見できる人種に、何故そこまで入れ込める?
そもそも俺は、朱音と葵衣で写真を撮るから来て欲しいと、誘われたのだった。はじめて双子の部屋に入れて貰えると、嬉々として参上したのだった。こんなカオスなシチュを予想できるだろうか。否、できるはずがない!
慣れないメガネをかけた翔太は、ギッとこちらをねめつけ、
「俺なんか『受け』指定だぞ! 文句言うなら変われ!」
受けとか攻めという訳わからんことも、今では何となく理解できるのが悲しすぎる。
「そもそも嫌だっつってんだよ!」
「俺だって!」
男に押し倒される役なんか泣くわ。男押し倒す役だって気色悪い。正直キツイ。
だが、奴らの求める絵面はこういうことなんだろう。翔太のほうが小柄で女っぽいから女役。女に間違われることは絶対ないだろうけど、俺と並んだら色白な翔太のほうが雰囲気も柔らかい。
ちら、と双子へ目を向けると、二人はそっくりな微笑みを浮かべていた。
「私的にはどっちでもいいよ? 一見攻めタイプが実は……ってのもたのしーっ」
「うーん、私は受けに従順な攻めとかもいいなぁ。想像すると」
「一見受けが責めって私大好きなんだけど。可愛いんだけどどエスなの」
「あ、それもいい! こないだ話してた○○と△△の、あの台詞って実はこういう裏があって、とか」
「ちょうど二人セットで動いてるシーンもあったよね。あの二人いいよね!」
きゃあきゃあと女同士話がはずんでいる。知っている作品のキャラ名も何気なく混ざり込んでいてギョッとした。ぬおおおお、作品を汚すな! 聞きたくない聞きたくない、聞きたくない! てか、どういう見方してんだよこいつら!? 普通に作品楽しんどきゃいいのに、何でそういう方向進むんだよ!
「つーかなんでベッドシーン!? お前ら彼氏にこんなことさせて楽しいか!?」
愚問だった。
「とっても楽しい」
「嫌がってるとことか、特にイイ」
頭を抱えたくなった。すると、がっちり腕を掴まれ、ベッドに押し倒される。ちょ、待て待て待て!? 馬乗りになった翔太は、乱れた服装のまま俺の両手を押さえにかかる。撮影に使用されているベッドが軋んだ音を立てた。
「翔太、お前嫌なんじゃねーのかよ!?」
「やりたくないけど、葵衣の頼みだから!」
「そこまでされてて葵衣ちゃん一筋なのってすっげーな!? つーか嫌なら嫌って言え!」
等と言いあう間にも、どさくさ紛れにシャッターの音は聞こえている。
朱音と葵衣が、それぞれデジカメを構えて写真を撮っているのだ。
もつれあって姿勢が逆転すると、「きゃーっ」という喜びの悲鳴が響いた。
「あっあ、二人とも止まらないでもっとやっちゃってよぅ。それで、孝彦はそのまま翔太くんにキスしてくれたら嬉しいかもっ」
「するか馬鹿! あとで覚えとけよ朱音」
「覚えておくから、翔太くんのメガネを孝彦が外して? それから、服脱がせて欲しいんだけど!」
「はあ!? 絶対しねえ、気色悪ぃ!」
凄んでみせてもまったくの効果なし。いったい何なんだ、このテンション。
異様になって腰が引ける。何が悲しくて彼女の前で男押し倒さねばならんのだ。しかも、それを激写されるなど。呪いか? 呪われてるのか?
何とか逃げることはできないか、と視線を巡らせたのがマズかった。組み伏せたはずの翔太が、隙を突いてのしかかってくる。耳元で囁かれゾッとした。
「逃さないからな、孝彦」
鳥肌が立った。死なばもろともというやつか!? 振り返ると、にたりと壊れた翔太がいた。……やべぇってこいつ、なんか洗脳されてねぇ!?
きゃあきゃあ叫ぶ双子たちをBGMに、こうして地獄の幕が開けたのである。
「それじゃあ翔太くん。このネクタイで孝彦の腕を縛ってくれる?」
ざあっと頭から血の気が引く音を、俺は確かに聞いた。
詳しい内容は言いたくない。頼むから思い出させないでくれ。
おつかれさまでーす。イイ絵をたくさんありがとうございましたー、とほくほく顔で写真会の終了を告げられたのは、それからしばらく経ってのことだった。その間の、あの濃厚な時間が双子の糧となり……俺にとっては恐ろしいことに漫画となって販売される日も……そう遠くない。
「孝彦、もう、いつまでも拗ねてないでよ。本が完成したらあげるからっ。ね?」
「いらん! 絶対いらん!」
一人暮らしの自分の部屋へ戻っても、深刻なダメージが回復していない。気がゆるむと部屋の隅で膝を抱えたくなるのは何故なんだ。自分が何をやったのか、考えたくもない。エネルギーを大量に吸い取られたような、えも言われぬ脱力感が、全身を支配していた。
「たーかーひーこー。もう、機嫌直してよう」
隣に座った朱音がぷくっと頬を膨らませ、寄りかかってくる。
「そんなこと言うならもう帰るけどいいの? せっかく来たのにな」
可愛いキャミ着てきたのにな、と上着も脱いだ。
ちらりとそちらを窺うと、ふふ、と朱唇に笑みを乗せた朱音と目があった。首筋から胸元への肌の白さに意識が傾く。
「あーあ、孝彦お疲れみたいだし、無理はさせらんないかなぁ」
立ち上がろうとした彼女の細い手を掴んだ。
翔太がさあ、葵衣ちゃんに逆らえないの、わかる気がするんだよ。だって朱音、中身が腐ってさえなけりゃ、美人なんだから。本当、中身さえアレじゃなかったら最高なのに。
ぐいっと手を引くと、朱音は簡単に腕の中におさまった。
「……ご褒美は、もらうにきまってる」
そして俺は男じゃなく、女をやっと押し倒す。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
テーマは『腐女子or男の娘』。三十分小説の、コメディチャレンジ作品でした。
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