みじかい小説 / 039 / 二つのプリン
10月、よく晴れた日の午後のこと、いつものように園子はリビングでパソコンに向かっていた。
玄関のドアを半開きにしているので、心地よい風が足元を流れてゆく。
「だめだ進まん」
園子は思わずそう口にした。
「今日はもう休んだら?」
背後から声をかけるのはバイトから帰ってきた夫である。
スーパーに寄ってきたらしく、大きなビニール袋を冷蔵庫の前で広げている。
「おかえり直樹」
園子はパソコンを閉じ夫に向き直る。
「ただいま園子」
家族間でも挨拶はおろそかにしない。
このルールを、園子はことのほか気に入っていた。
園子が小説で新人賞をとったのは2年前のことである。
受賞後、次々と仕事が舞い込んだが、マイペースな園子はそれらをほぼ断り、食べていくのに必要なだけの量しか請け負ってこなかった。
この日の午後は、そんな全部で3本ある連載のうちの1本に取り組んでいた。
「今進めてる連載に障碍者を登場させたんだけど、がたんと人気が落ちちゃったのよね。残酷な現実よね」
椅子の背に肘を乗せて園子がぼんやりとつぶやく。
「読者は現実逃避できる虚構を求めてるんだから、あんまり身近な例を取り上げると現実味を感じちゃって嫌になるんじゃないかな」
直樹はいつだって真面目に答える。
「でも読者の共感って、現実味を感じさせることで得られるんだけどな」
園子は口を尖らせる。
「いかにリアルな虚構を構築するかで勝負しないと。現実そのものを書いてどうするのさ」
「なるほどねぇ。てか、直樹が書けばいいのに」
園子の唇はいよいよ尖る。
「はいはい」
直樹は片手にスプーンをはさんで、二つのプリンをテーブルの上に置いた。
「この印税が入ったら、引っ越して書斎を持つんでしょ。頑張って」
園子はプリンに手を伸ばす。
「ありがと」
心地よい風が、二人をつつみ、リビングの中をさあっと流れていくのだった。
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