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親しい子となんやかんや

親しかった友達に迷惑をかける話。

作者: ほな

 玄関を開けてすぐ、体を覆う夜風が吹く。

「…ぅ。」

 秋の夜は寒いから、それなりに着込んだはずだが、それでも寒い。

 時間はまだ五時になるには少し早い頃。家族も、街もまだ眠っている時間。

 父にも母にも内緒で、一人。

 眠った街の中に足を踏み入れる。

「……ふぁ。」

 上手く眠れなかったせいなのか、頭の中がぼんやりする。身も心もぐちゃぐちゃに翻弄されてる最中だ。

 家を出てまだ数十秒でもう、外に出たのを後悔し始めた。でもやろうとしたのは私だから、我慢。

 眠気も無気力も、共に吹き飛ばす為にぶんぶんと頭を振り回した。

 右に、左に。

 頭が動く度に髪の毛が揺れ、頬を叩く。同時に夜の冷たい空気もまた、頬を叩く。

 叩かれるばっかだ。

 もう少し暖かい時にやればよかった。

「ぅわっ。」

 視界は暗く、明かりは少ない。だから階段があると知っても転びそうになるのは仕方ないのだろう。間違って踏み入れ過ぎた足はそのまま私の体を引っ張り、前に倒れそうになった。

 慌てて後ろの足を伸ばして、横に置いてた棒も握って、なんとか体を落ち着かせる。

「ふぅ……。」

 この一瞬で頭は眠気から目を覚ました。先程まで澱んでいた視界が綺麗になる。

 体は、驚いたのだろう。足が痛い。でもこれくらい、歩いてる内には治るだろう。

 そう思ってまた足を動かした。

 日が昇る前までは、あと一時間以内には行かなきゃ。

「…んー……。」

 少し、時間を誤ったみたいだ。

 あと五分で着きそうなのに、まだ一時間以上余っているのか。

 どうしよう。散歩でもする……のは駄目だ。夜風がとても寒く感じられる。

 だからと言って帰るのはなんか違う気がする。帰っちまったらもう出て来ない感じもする。

 じゃあ我慢するしかない。

 予定よりは早いけど、やっちゃおうか。

 電話しちゃお。こんな夜中に、きっとあの子もその両親も寝てるはずの時間に、迷惑かけちゃお。

「……ふぅ。」

 スマホの向こうから音が聞こえる。まだ相手が電話に出てなかった時に流れる、妙に人を緊張させる音。

 やっぱり寝てるから出ないのか。

 なら、出るまでかけちゃお。

 私を置いていった罰なんだからこれは。

「ぁ。」

 あと五回くらいはかけるつもりでいたらなんと、一回目で出てしまった。ちょっと残念。

「……ぁん…」

 なんか言ってたけど、聞き取れなかった。

 でも、それ以上何も話せなかったってことは、ただの寝言だったのだろう。

「……」

 静かに息をする音がする。

 何度か聞いた事がある、寝る時によくする音。

 すーって音がするように吸って、すーって音がするように吐くっていう、ちょっと不思議は呼吸。

 吸う時と吐く時の音が同じだ。

「もしもし。」

「…ぁ……もしもし…」

 わ、すんごい声。カッスカスやん。やっぱり寝起きはこうなんだよな。

 私も十五分とか前に起きたから同じく掠れた声がするのかも知れない。

「おはよ、朝だよ。」

「まだ真っ暗だけどぉ……?」

「私が起きたんだから、朝。」

「めちゃくちゃだな…」

 声から眠そうな感じが伝わってくる。

 こういうのを目指して電話したのだけど、流石に思った通りの反応過ぎて、なんだか申し訳ない。

 でも、悪いのは向こうだから。

「今日、見に来たんだ。」

「なにぃ…?」

「今日の朝は寒いよ。外に出る予定があったら、温かく着込んだ方がいい。」

「……?」

 いつもの、二人で約束していた場所に着いた。

 公園の、階段の途中。

 街の景色がちょっとだけ見えて、木々が見えて。

 ちょうど、日が昇るのも見える場所。

 ここから登ってくる日はきっと綺麗なんだろうって、二人で思っていた。

「こんな時間に……ぁ、もしかして…」

「多分、その通りだよ。」

 階段に腰掛けて、座る。

 昼間だったら人が多くて座るのは駄目だったのかも知れないけど、今は私しかいない。

 この景色を独り占め出来るのだ。

「そうなんだ……どぉ?そこは」

「寒いよ。」

「一人だから寂しいんだ」

「違うし。夜風が冷たいだけ。」

「あーぁ…一緒に見たかったな…」

「そうだよ。君が遠くに行っちゃったから。」

「私のせい…?」

「そう。もういい歳の大人が、家族に振り回されるとかおかしいのよ。」

「でも……うん、その通りかな」

 先程電話が繋がる前の緊張感は既にどこかへ飛んで行って、いつも通りの……二人でいた時の柔らかさだけが残っていた。

 電話越しとは言え、すぐそばにいるような感覚だ。

「わかったなら……戻れ。」

「いやぁ、無理。引越しは人生で一度で十分かな」

「じゃあ体だけ来い。服は買えばいいし、家は……なんとかなるんじゃないかな。」

「無責任だな」

 親しいからなのか、こんな感覚を私に与えてくれたから親しくなったのかは確かじゃないけど……

「君がそれを言うの?」

「…ごめんって」

 私はこの子が好きだ。

 友達として、人間として、大好き。

 だからムカつく。

 私がこんなに好きなのはきっと伝わったはずなのに、向こうも私のことを好いていたのに、行った。

 何も言わずにこっそり。

「……しの。」

「どうしたの、めり」

「いつ戻るの?」

「戻る………さぁね。その気になったらかな」

「ふーん。」

 なんか、ムカつく。

「もう切る。」

「もう?まだ真っ暗じゃない?日の出まではまだちょっと余ってるけど――」

 ムカついたから、電話を切った。

 眠気に溺れて何も出来ない声を聞くつもりだったのに、いつの間にか寂しいって言ってしまった。

 これじゃ、私だけ負けた感じだ。

「はぁ……。」

 日の出まではまだ、ちょっとだけ残ってる。

 でも空は明るくなり始めて、心なしか空気も暖かくなった感じがする。

「…帰ろ。」

 感じではないだろう。日が昇る時間なんだから、空気が温まるのは当たり前なのだ。

 不思議ではない。

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