天国からの実況中継
貴方がいた部屋は、私一人では広すぎる。ふと、二人の朝食を用意し、彼の不在に気づく。なぜ、私だけがこの静寂に残されたのか。彼のお気に入りのティーカップが、音を立てて割れた。命の終わりを告げるかのように。シャリン……
「最近、私は後頭部が痛くなるの」と言うと、電話越しのかずまは「それは力の使い過ぎだ。未熟だからだよ」と得意げに笑った。私はムッとして「私は、かずまみたいな化け物じゃないだけ」と言い返した。かずまは「化け物ねえ。りつは、化け物なんか観えるようにならないよ。お前に観えるのは、お前の手に負えるモノだけだ」と意味ありげに言った。かずまとの電話を切ると、すぐにヒーラーをしているユキから電話があった。
ユキの彼氏の裕ちゃんは、去年、車道に飛び出して自殺した。ユキは、私が占い師を始めたと知って「なぜ、彼が自殺したか、観てほしい。もう一度、裕ちゃんと話したい」と言った。私は「ユキ……まだ気にしているの?裕ちゃんは元気そうに見えたのに、突然の自殺だったんだよね。裕ちゃんが死んだのはユキのせいじゃないよ」と何度言ったか分からないセリフを言う。忘れられないのも当たり前で、ユキは裕ちゃんと夢を共有していた。5年間の同棲生活は、結婚と一緒にお店を開くという希望で満ちていた。ユキは「だけど、私は裕ちゃんが自殺するのに、気づけなかったんだよ?」と強い口調で言い返す。
私にできるのか分からずに、目を閉じると、やけに明るい笑顔の男性の顔が浮かんだ。
私はその男性に「裕さんですよね?なぜ、自殺したんですか?」と聞いた。裕ちゃんらしき男性は「たまたま薬を飲んでフラフラしたときに、車にひかれちゃったんだよね。事故だよ」と答えた。
私はユキに「たぶん、裕ちゃんだと思う」と裕ちゃんの言葉を伝えた。ユキは「警察の鑑識でも、事故か自殺か分からないと言われた!裕ちゃん、成仏できているの?」と泣き出した。その途端、裕ちゃんの霊は本領を発揮しだした。
「イエーイ、元気か~、ユキ!
俺は今、天国にいるんだぜ!
クールだろ?」
ととても明るい。
私が半信半疑で「『イエーイ!クールだろ?』って言ってるよ。こんな明るい幽霊いるのかな?」と言ったら、泣いていたユキが爆笑しだした。驚いたのは私の方だった。
ユキは「あー、そういう奴!
いつも明るくて、ポジティブで!
本当に裕ちゃんだ!!
これ裕ちゃんだよ!」
と笑い転げる。
裕ちゃんは「哲に言ってやれよ。なんだよ、あの音。クールじゃない!」と続ける。
私はユキに「哲って誰?音って何?」と聞いた。ユキは興奮した様子で
「哲っていうのは、彼のバンド仲間でギタリスト!哲も裕ちゃんが亡くなってから、落ち込んでね……。うん、言っとく、言っとく!」と答えた。
私の頭の中には、細身のギタリストの後ろで、ベースを弾く裕ちゃんの姿が浮かぶ。
裕ちゃんは「これから俺が天国の実況中継してやるよ!天国はとにかくクールなんだ!BGMはこれでいくか!」と伝えてきた。いきなり脳内に流れる、洋楽のメロディー。私は洋楽に全く詳しくなく、「これがBGMらしいんだけど……」と鼻歌で歌った。
ユキはYouTubeで曲を検索し始めた。
「これでしょ?」とLineで送ってきた曲は、ニルヴァーナの「Nevermind」という曲だった。生前、裕ちゃんがお気に入りの曲だったらしい。私の頭の中には、曲が流れ、裕ちゃんがしゃべりまくるという、やかましい状態になった。
私に見えた天国は、三角形のピラミットのようなもので、頂上が光り輝いていた。
裕ちゃんいわく「人は死ぬとこうやって天国への階段を上っていくんだぜ!
俺はまだまだ下のほうにいるけど、いつかカート・コバーンに会ってやるんだ!
レノンはもう上の方だから、間に合うかな?」
と自分が立っている場所を指していた。
私は、りゅうちゃんに「裕ちゃんが登るのを助けてあげて」と命じた。龍は、まるで流星のように飛び、裕ちゃんを背に乗せ、飛び回った。まるでロデオのように、龍に乗る裕ちゃんは、子どものようだった。
そして「ユキに、その指輪、もう捨てろって伝えて。俺はユキに、俺のことを忘れて、前向きに生きていって欲しいんだ。ショップ開くって夢、叶えろよ」と寂し気な表情で言う。指輪は、裕ちゃんが生前、ユキに贈ったものだった。裕ちゃんが亡くなってからも、ユキは一日もその指輪を外していなかった。
ユキはまるで裕ちゃんに話すように「分かったよ。裕ちゃんとショップを開く夢、叶えるよ。指輪も捨てるね。最後に言うことある?」と鼻をすすりながら言う。裕ちゃんは「元気でな!アデュー!」と言って、手を振って歩いていった。
ユキは半べそをかきながら「本当に裕ちゃんらしかった。アデューは『アディオス!』の略で、いつも別れ際に言ってたセリフだよ。私、裕ちゃんのことは忘れられないけど、夢をかなえる!」と力強く言った。
後日、哲さんに連絡を取ったところ「最近、ライブでギターを弾いていると、後ろに何かがいる気がしてた。なんだ、あいつか!天国でもそんな感じなんだ。あいつらしいな。俺も前向きに生きなきゃな!死んだ奴に負けてられないよな!」と笑っていたらしい。
指輪を捨てたその日から、ユキの手は力強く輝き始めた。彼女は裕ちゃんの夢を胸に、新しい一歩を踏み出した。3年後の神戸……それから、お金を貯めたユキはヒーリングショップを開いた。多くの人を癒している。裕ちゃんの明るい「クールだぜ!」という声が聞こえてきそうな活躍ぶりだ。
「あんなに明るい幽霊がいるんだね」と私が京香に話すと、彼女は深刻な顔で「りつは、死んだ人しか観られないの?」と尋ねた。京香は、犬神使いの家系に産まれた3代目だ。犬神は、3代目の人間を祟り、滅ぼすという言い伝えがある。私が「分からないよ。生きている人は普通に話したらいいんじゃない?」というと、「私の母親はね……」と彼女は眉間にしわを寄せた。だが、すぐに話を打ち切って「何でもない。私は病院に行くね」と席を立ち、川沿いの道を歩いて行った。
蒼野りつき著X:@ritsuki_aono